第十六話
「え?! それで返事してないの?!」
「だってぇ……」
咲良とカラオケに来てから約二時間。
歌いたい曲もそれなりに歌い、ちょっと休憩がてらデザートメニューを頼みつつ、お喋りに興じていた。
と言っても、どうやら私と長瀬くんのことが気になっていたらしい咲良から問い詰められているという構図であり、私は楽しむどころではないのだけれど。
今の話題は先日のテスト初日の朝のこと。
『テスト期間終わったら、どこか遊びに行かない?』
このメッセージに対しての私の返事だ。
『まだ遊びのことは考えられないし、テストが全部終わってから返事するね』
一応、了承の返事をもらい、何度か取り留めのないやり取りを交わしてはいるので、連絡自体を無視しているわけではない。
そしてテストが終わったのは今日なのだから、まだその話題に触れていないのも不自然ではない……はず。
ただ、そろそろ返さなければいけないことはわかっている。常識として。
「そこですぐに『行きたい!』って飛びつけばよかったのに」
「そんなの無理無理無理! 死んじゃうよ。心臓がもたない」
「でも今のこの状況、遊びに行くにしても断るにしても、文栞の方から意思を伝えなきゃいけないんだよ? その方がキツくない?」
「う……」
そう。そうなのだ。
一応発起人は彼の方なのだが、返事を寝かせてしまった上、もう話題も別のものに移っている。
そうなると私はこれから『遊びに行きたいな』とか『ごめん、やっぱり遊ぶのはちょっと……』とか、そういう返事を長瀬くんにしなくてはならない。というか、そもそも断る選択肢はない。罪悪感やらもったいなさやらでそちらの方が憂鬱だ。
だから受けるしかないんだけど……これって私から遊びに誘うのとほとんど変わらないんじゃないだろうか。
あぁ、もう! 自分の選択が恨めしい。あのとき素直に受けてさえいれば、こんな事態にはならなかったのに。
「どうしよう……咲良……」
「どうもこうもないでしょ。行きたいんでしょ? 素直に言いなよ」
「それは……そうなんだけど……」
「大体なんでそんなに後ろ向きなのかわかんないな、私は。この状況で断られるわけないんだから、あとは羞恥心だけの問題でしょ? 『行きたい』ってたった四文字送るだけで終わるんだからさっさと送っちゃいなよ」
「そうだよねぇ……」
言われるがままに、スマホを取り出してメッセージ画面を開き、文字を書き連ねていく。
『この前の遊びの件、ぜひ行きたいです。いつにしますか?』
こんな感じだろうか。でも、これを送るのか。
これを、私が、長瀬くんに、送るの?
やはり勇気がでない。こういうところはずっと何も変わらない。変わらなきゃいけないと思ってるのに。
「送れた?」
「ま、まだ」
「ふぅん。文章は書けた?」
「書けたけど……」
「じゃ、見せてみ。変なところないか見てあげる」
咲良の言葉に頷き、スマホを渡す。スマホを受け取った咲良は数秒ほど画面を見てから「大丈夫だと思うよ」と返してきた。
私は「あ、ありがとう」と受け取り、画面に目を落とすと、メッセージは既に送られた後だ。
「え?」
思わず咲良の顔を見ると、明後日の方向を見ながら飲み物を飲んでいる。
これは……確信犯だ! わりと正しい意味での!
抗議の声をぐっと我慢する。どうせ送らないといけなかったし、送るつもりだったのは間違いない。
むしろここまで引っ張った自分が悪い。
「あ……ありがとう」
「お礼を言われることではないかな。勝手にしたことだし。でも、そろそろ慣れなよ。これからもずっと逃げ続けるわけにはいかないでしょ?」
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