第六話

 不可解なことは続くものだ。

 次の日の放課後、週末に向けてたまには街の大きな本屋さんへと出かけようと玄関で靴を履き替えていると、たまたま来たらしい長瀬くんとばったり出会った。

 いつも通り、彼は人の良さそうな笑みで軽く手を挙げた。私もいつも通り、軽く会釈して答える。


「綾瀬」

「えっと……何か用事?」


 びっくりした。まさか話しかけてくるなんて。

 しかし話かけてきたわりに、彼は言いづらそうに口を噤んでいる。早く言えばいいのに。本当に何の用事なんだろう。


「俺、最近本読み始めたんだけどさ、お薦めとか教えてくれないかな? どんなの読めばいいかわかんないんだよね」


 なんだ、そんなことか。私はほっと胸をなでおろした。


「うーん、長瀬くんは今まで読んだ本の中で特に面白かったものってある?」

「……いや、ないな。授業以外では今までほとんど読んだことなかったし」


 と、いうことはあの短編集もあまり好みではなかったということかな。むむ。そうなると一気に難しくなった。私が面白いと思った小説を素直にすすめるだけじゃ駄目ということだ。


「じゃあせめて好きなジャンルとか……。ファンタジー、SF、ミステリ、恋愛とか、色々あるけど興味あるのはある?」

「強いて言えばファンタジーか? 映画なら結構好きだぜ。例えば――」


 そう言って彼が挙げたのは、どれも世界的に超有名な作品だった。確かに面白いし、私も原作は読んだことはあるけれど……。


「ごめんね、その辺だと私もあまりお薦め出来るほど知識がないかも。力になれそうにないや」


 きっと長瀬くんが好きなのは超王道ファンタジーだ。そして私はそれほどその分野に明るくない、というか超有名作しか知らない。

 申し訳ない気持ちが胸に広がる。せっかく頼ってくれたのに。

 意気消沈した私の姿を見てか、彼は焦ったような顔をした。


「あ、そうなのか? 悪い。じゃあ綾瀬が面白いって思ったもの教えてくれよ。俺の好みなんて別に考えなくていいからさ」

「でもそれだと、きっと長瀬くんは楽しめないよ?」

「いいから、いいから。別に楽しむために読みたいわけじゃないし」


 じゃあ何のために読むのかな? 首を傾げつつも、私が過去に読んだことがあって面白かった本のうち、少しジャンルを長瀬くんの好みに寄せたものをいくつかお薦めした。多分好みとは完全には合致していないが、つまらなくて途中で放り出すことはないだろう……ないと思う、多分。


 私のあげたタイトルをスマホのメモに入力している彼を見て、ふと気が付いた。――今薦めた本、多分図書室にはない。


「ごめん、今薦めた本、友達に借りて読んだやつだ。……図書室にはないと思う」

「そうなん? わかった。じゃあ本屋行って買ってくるわ」

「あ、それなら私、ちょうど今から行くつもりだけど一緒に行く?」


 言ってから気が付いた。何言ってるんだ、私。ついつい咲良と話しているときと同じ感覚で誘ってしまった。

 そんなつもりで誘ったわけではないけれど、彼はこう見えて結構ガードが硬い。女の子と遊びに行くときは絶対に他の男友達も一緒じゃないと行かないと聞く。多分モテる彼なりの処世術なのだろう。

 だから多分断られる。いや、それ自体は別にいいんだけど。変なふうに思われたら嫌だな。ちょっと話しかけたら、調子に乗って誘ってきたイタい女とか思われたらどうしよう。

 それにもし彼に気まずい思いをさせてしまったら、それもまた嫌だ。今回は一応、彼が聞いてきた側だ。状況的にも断りづらそう。

 ――よし、やっぱりさっきのはナシって言おう。その方がいいよね?


「ごめん、やっぱり――」

「マジ? いいの? じゃあ行こうぜ!」


 彼の言葉と重なって、私の声がかき消えた。

 ――え? あれ? なんで?

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