帰る場所
冷たい汗がゆっくりと背中を伝っていく。私の影がいびつな形にゆらゆらと揺れている。何かが後ろに立っているが、呼吸音や物音ひとつない。
身体は徐々に震えが酷くなり、段々と呼吸が早くなっている。荒い呼吸音を隠すように口を手で押さえながら、ゆっくりと後ろを振り返る。少しずつ振り返るたびに心臓が飛び出しそうな音を立てる。
ゆっくりと、ゆっくりと後ろを振り返る……
「……いない」
振り返ってみた先には何もなかった。先ほどと同じように何もないただの一本道だった。薄暗い街灯に電柱、街灯から外れた場所は闇の中のようだった。すぐに後ろを振り返っても何もないのだ。
辺りを見回しても先ほどの影はどこを見てもいなかった。街灯の明かりと影だけがこの道に存在しているようだった。
何もないことに安心してしまい、全身の力が抜けて座り込んでしまった。足は血が抜けたように冷たくなっており、ガクガクと震えていた。手も同様だ。まるで、全身の血が抜けたかのように全身が震えていた。
何かわからない、見えない恐怖によってこんなに身体が震えるなんて知らなかった。ホラー映画を見てもここまでなったことはなかった。必死に落ち着かせようとその場で
どのくらいの時間が経っただろうか。だいぶ落ち着いてきて、身体の震えもなくなってた。蹲っていても何も起こらなかった。何も怖くないのだとやっと理解したのだ。
ふと、あの影を最後に見たのは自分の影と一体化していた時だったことを思いだした。つまり、自分の下に存在するのでは……せっかく落ち着いてきた震えがぶり返しそうだったが、目を閉じて両親の事を考えた。もう何も思いだせなくなっているが、最後に見た両親の顔を思いだす。明日、会う。だから、こんなところで怖がって動けないでいる暇はないと……
恐怖、不安、すべてを胸に押し込むように気合を入れ、視線をゆっくりと地面に向ける。
「……ない」
先ほど確認した周りの景色と同様に、下を見ても影一つ無かった。どこを見ても街灯の明かり、街灯に当たっていない場所は影、闇の世界が広がっているだけだ。
早く帰ろう。明日になれば両親に会える。何度も何度も謝って、今まで大切に育ててくれたこと、見守ってくれていたことの感謝の気持ちを伝えよう。今まで話せなかった分、声が枯れるくらいたくさん話をしよう。
時間があったら、久しぶりに友人の家にも行ってみよう。いや、時間は作るものだ。必ず。
必ず会って、友人にも謝ろう。もしかしたら、実家を出て一人暮らしをしているかもしれない。そうしたら、次に帰省する日をご両親に教えてもらって自分もまた実家に戻ろう。
もし、友人に会える機会が遠いのであれば、私が先に地元の人になるかもしれない。両親と距離が縮まったら、実家に戻ろうと思っている。今の仕事先は実家からそう遠くない。実家に戻ったら、両親にやっと親孝行ができる。何をしてあげれば喜んでくれるか、今の私だとすぐには思いつかない。だけど、これから徐々に知っていけばいい。知ったら、すぐに何でもやってあげよう。
これからの幸せな日常を頭の中で描きながら、私はまたゆっくりと歩き始めた。
自分の家の方へ。
真っ暗な道の方へ――
おいかけてくるもの 紗音。 @Shaon_Saboh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます