おいかけてくるもの
今、影が動いた気がする……いや、気のせいかもしれない……
自分の見間違いかと思い、影をじっと見つめていた。しかし、影が動く気配はない。
影のほうを見つめながら一歩後ろに下がってみる。しかし、影は動かない。
さらに一歩、もう一歩と後ろ向きに歩いて立ち止まるも影は動かないのだ。
気にしすぎたのかもしれないと安心した時だった。影が一歩近づいてきたのだ。
一歩、もう一歩と自分が進んだ分を戻すかのように距離を縮めてきた。街灯に照らされてできた影が徐々に闇の中へと消えたのだ。まるでこちらを警戒するようにゆっくりと向かってきて消えたのだ。
一歩、二歩、三歩……
先ほどの影の動く速度を予想しながら、次の街灯の明かりを見つめていた。
七歩、八歩、九歩……
すっと、街灯に影ができた。体に緊張が走る。
自分が後ずさった距離よりも影が近づいてきているのだ。だが、まだ街灯二つ分の距離がある。何が近づいているのかもう少し待ってみてもいいかもしれない。そう思った時だった。
影が勢いよくこちらに近づいてきたのだ。まるで、獲物を捕らえるかのように影が走ってきたのだ。私は悲鳴を上げて前に向き直り、全速力で走りだした。
前に不審者がいるかもと想像した時とは違い、今回は追われているのだ。人でも、幽霊でもない、影に。家までの帰路とは異なる道に出てしまったが、そんなことを考えている暇はない。
とにかく逃げなければ、少しでも人通りのある場所、とにかく明るい光のある場所へ行けば大丈夫だとそんな気がした。もしかしたら、先ほどと同じように気のせいで自分の思い過ごしなのかもしれない。一人でいるから変なことを考えてしまうだけで、会社帰りの人や、夜遊びが好きな人達がいれば、なんてことはないただの日常が帰ってくる。そんな気がしているのだ。
段々と息が苦しくなってきた。そろそろ影も遠くなったのではと視線を後ろに向ける。影は自分と同じ速度で向かってきている。そんなことがあり得るのかと、恐怖で身振りしつつ前を向いて必死に走り続けた。
もう振り返る余裕もなく重い足を必死に動かしている状態だ。だから影が今どこにいるか確認できていないのだが、もうじき私の影に追いつくのではないかと思う。そう感じるのだ。
一歩、また一歩――
今まで幸せに生きていたのに、ずっと平凡でつまらない人生だと思っていた。何か刺激があれば楽しいのにと思って悪いこともした。先生や両親に怒られても反抗しただけで、自分という存在がそこにいるような気がしていた。
今だって、転職して最初は幸せでも、徐々にそれが日常化していきつまらない人生になってしまうかもしれない。何かしら、刺激があるといいのにと思っていた。何か一つでも秀でていれば、人に褒められたり尊敬されたりするのではないかと悩むこともあった。
だが、今この時、如何に平凡な人生が幸せだったのかと実感している。
とうとう足に限界がきたようだ。いや、足だけではない。すべてが限界なのだ。
まるで冬の寒さに体温を奪われて、身体の感覚が無くなってしまったのと同様に、走っている足、腕、呼吸、思考、すべてに感覚がないのだ。まるで他人の身体で走っているようなそのような感じだ。だが、髪の毛や自分の影には神経が宿っているかのように感覚が鋭くなっている。髪からは風を感じ、自分の影はおいかけてくる影を感じているのだ。
息をしているのか、していないのかもわからない状態で、ただひたすら前に向かっているような不思議な感覚だ。目からは生温かい水が垂れ、一瞬だけ頬に感覚が蘇るが、すぐに無くなってしまう。
寒い、もう駄目だ……
徐々に身体の力が抜けて、その場に跪いてしまった。感覚のない身体に荒い呼吸、だがそれも自分がやっているのか、人がやっているのかわからなくなっていた。
少しずつ呼吸が落ち着いてきたとき、自分が街灯の真下にいることに気付いた。
影は一体化していた。
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