休日出勤

「旭、せっかくのお休みなのにごめんね」

「唯華ちゃんがお仕事なのは残念だけど、夜ご飯楽しみにしてるね」

「うん。ごめん」


 靴を履いた唯華ちゃんが振り返って、心底申し訳なさそうに土曜日に出勤となってしまったことを謝ってくれる。困り顔の唯華ちゃんも可愛くて好きだけど、やっぱり笑って欲しいな。


「ああもう、そうやってまた謝る。1人だとやることないし、梨華と悠真と居られて嬉しいよ。私がちゃんと面倒見られるかは心配かもしれないけど……」

「その心配はしてないかな。ありがとう」


 唯華ちゃんの部署は休日出勤の可能性があることが分かっていたから、事前に休日保育の登録をしていたらしく、今日は保育園の予定だった。私から、休みだから面倒を見るよ、と提案したんだし気にしなくていいのに。


 朝から唯華ちゃんが居ないのは大丈夫かなって心配はあるけど2人とも懐いてくれているし、大丈夫だと信じたい。


「お迎え行くからね」

「うん。ありがとう」


 帰りにご飯を食べようと約束していて、梨華と悠真は唯華ちゃんの会社に迎えに行く、というイベントをすごく楽しみにしている。


「気をつけて行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」


 仕事に行った唯華ちゃんを見送って、寝室を覗けば2人ともまだぐっすり眠っていたから、そのまま寝かせておく。朝起きて唯華ちゃんが居ないって泣いちゃうかなぁ……



「あーちゃん」

「梨華、おはよう」

「おはよう。ママは?」

「ママはお仕事行ったよ。夕方お迎えに行こうね」

「あ、そっか」


 梨華は唯華ちゃんが仕事だって思い出したのか、すんなり受け入れてくれた。さて、次は悠真か……


「ママは……?」

「悠真、おはよう」

「ゆうま、おはよ!」


 起きたら寝室に誰もいなかったからか既に半泣きの悠真が起きてきて、唯華ちゃんを探して部屋を見渡している。あー、これは泣きそう……


「悠真、ママはお仕事だから、梨華とあーちゃんと居ようね」

「ママもういっちゃった?」

「うん」

「まま……」

「ゆうま、ゆうがたママのおむかえにいくんだよ!」

「はやい?」

「はやいよ! おひるたべたらすぐ! だよね、あーちゃん? おひるはママのおべんとうもってこうえんにいくんだよ!」

「ままのおべんとう!?」

「んー、お昼食べてから5時間くらいかなぁ……普段の保育園のお迎えよりは早いよ」

「はやいね!」


 よく分かっていなさそうだけど、唯華ちゃんが用意してくれたお弁当効果と、梨華のおかげで本格的に泣き出す前に落ち着いてくれて助かった。


 アウトドア用品も一通り揃えたし、忘れ物をしないようにしっかり準備しないとね。


 ********

 第三者視点


「田中さんすみません、数年前の内容なのですが、ここの意味が分からなくて……」

「あ、これか。分かりにくいよね。これはね……」

「そういうことなんですね! ありがとうございます!」


 前の席の田中唯華さんは昔からここの拠点で働いていたんじゃないかと思うくらい、復職されてから即戦力で、後輩メンバーから頼りにされている。


「早苗ちゃん、どうかした?」

「今日も美人だなぁって」

「心配して損した。視線が気になるんだよなぁ」

「目の前の席は誰にも譲りませんよ」

「小山係長、早苗ちゃんが席替えしたいらしいですよ~」

「ちょっと唯華さん!? 係長も頷かないでください!!」


 ノリも良いし、美人で仕事が出来て、サバサバしていて女子から好かれるタイプの女性。仲良くなった頃に、唯華さんと結婚出来た旦那さんは幸せ者ですね~と何気なく言えば、苦笑しつつ離婚したことを教えてくれた。

 唯華さんと結婚しておいて浮気したという元旦那さん、後悔してるんじゃないかな……唯華さんは未練とかないのかな?



 今日やらなければならない仕事を終え、土曜日だし早めに帰ろうと帰宅準備を始めれば、唯華さんも同じタイミングだったのかPCを閉じたところだった。


「唯華さん、帰り電車ですか?」

「ううん。今日は義理の妹が迎えに来てくれるんだ」

「そうなんですね! お子さんたちも来ますか?」

「うん」

「会いたいです!!」


 義理の妹さんはよく話に出るし、お子さんに会えるのも楽しみだな、と思いながら色々話をして会社を出れば、可愛い子供の声が聞こえた。


「ママだ! おかえり!」

「悠真、ただいま」

「ママのお友達?」

「そう。早苗ちゃんって言うんだよ」

「早苗ちゃん!」

「悠真くん、こんにちは」

「こんにちは!」


 可愛い……これは可愛すぎる。走ってきて、唯華さんの足にぎゅっと抱きついた男の子が私の名前を呼んで、にっこり笑って元気に挨拶をしてくれた。


「唯華さん、悠真くん可愛すぎます……!」

「ありがとう。上の子と義妹いもうとも紹介するね。梨華、おいで。旭もちょっと来て」


 少し離れたところで、行っておいで、と女の子を促していた義理の妹さんは私も? と自分を指さしつつ、こっちに向かって歩いてくる。

 スラッと背が高くて、ショートカットのかっこいいお姉さんは、目が合うと笑いかけてくれた。笑った顔が悠真くんとよく似ていて、血の繋がりを感じさせる。


「早苗ちゃん、長女の梨華と、義妹の旭。梨華、このお姉さんは早苗ちゃんって言うんだよ」

「こんにちは」

「早苗ちゃん? こんにちは!」

「初めまして。田中旭です。義姉あねがいつもお世話になっております」

「こちらこそ、唯華さんにはとてもお世話になっております」


 梨華ちゃんも笑顔で元気に挨拶をしてくれて、義理の妹さんは丁寧に頭を下げてくれた。義理の妹さん、いい声でびっくりした。低めの心地よい声。


「ママ、りかとゆうまね、いい子にしてたよ!」

「してた!」

「あーちゃんとね、ピクニックしたの」

「テントでおひるねした!」

「偉かったね。旭、ありがとう」

「私も楽しかったよ。今度は一緒に行こうね」


 一生懸命話すお子さんたちに向ける視線が2人とも優しいし、お互い微笑み合う姿はなぜかそわそわしてしまう。

 名字も同じで、事前に知らなかったら違和感なく家族だと思ったかも……そんなこと言えないけど。


「早苗ちゃん、この後ご飯行くんだけど良かったら一緒にどう?」

「ご予定無ければ、是非」

「え? いえいえ、お子さんたちも寂しかったでしょうし、水入らずで行ってください。お誘いありがとうございます」

「そっか。じゃあまた今度ね」

「はい。それでは、楽しんでくださいね。お疲れ様でした」

「お疲れ様。気をつけてね」

「はい。失礼します」


 4人に背を向けて歩き出せば、楽しげな声が聞こえてきて、振り返れば唯華さんが悠真くんを、義理の妹さんが梨華ちゃんを抱っこして笑いあっていて、幸せな家族って感じの光景になんだか心が温かくなった。


 休日出勤なんて、と朝は最悪の気分だったけれど、終わってみればこんなに幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。また会えたらいいな。

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