第2話 世界の合言葉はジョン・健・ヌッツォ
「──という訳でいつもの食パンと、ジョン・健・ヌッツォ2つ下さい。 あっ、後レジ袋も。」
愛しき嫁さんに買い物を頼まれた俺は、馴染みのパン屋でいつものパンと流行りの品を頼むが──
「・・・何言ってんの? ○○ちゃん・・・・? 幸福の絶頂のあまり、前から外れてた頭のネジが、とうとう全部外れちまったのかい・・・?」
パン屋のおばちゃんは怪訝な顔を浮かべると同時に、俺を屠殺場に出荷される家畜を見るような目で見つめてくる──解せぬ。
「・・・いやいや、おばちゃん。今流行っているじゃん、ジョン・健・ヌッツォ。知らない? コンビニやパン屋で買えるって言うから、わざわざここに買いに来たんだけど? ──もしかして、この店では売ってない感じ?」
「・・・だから何なんだい? ジョン・健・ヌッツォって──あ~あ!!ハイハイ、分かった、分かった!! ”マリトッツォ”のことね!! ったく、あんたはホント捻くれた覚え方するわよね~!? 」
どうやらおばちゃんはようやく閃いたようで、手を叩きながら、俺に笑顔を向ける。そして──
「残念だけどウチじゃ扱ってないよ。アンタの大好きな、いつものクリームあんぱんなら売ってるけどね。 大体、古臭いウチの店が流行りの品なんて取り扱うと思うかい? アタシの長年の勘から言わせてもらえば、あの手の流行りなんてどうせ直ぐに過ぎ去るし、アレを作るための生クリームの原材料代だって、結構バカにならないんだ。」
なるほど。確かに納得がいく理由だ。
「へぇ~、そうなんだ。じゃあ、ジョン・健・ヌッツォはいいから、いつものクリームあんぱん2つ頂戴。」
「・・・全く、そっちの方が覚えるの難しいだろうに。 大体、”ッツオ”の所しか合ってないじゃないか。言い辛いったらありゃしない!!」
「俺にとって”ッツオ”って付く単語と言ったら、ジョン・健・ヌッツォなんだ。これは仕方のないことなんだよ、おばちゃん。」
「・・・・あ~あ、ハイハイ。分かった、分かった。」
呆れかえったおばちゃんが、手際よく品をレジ袋に詰めると、俺は代金をすぐさま払い、そそくさと店を後にする。
仕方ない。嫁さんのために、ヌッツオの奴は近くのコンビニで買おう──ジョン・健・ヌッツォを買うのも案外楽じゃない。
そう思いつつ、俺は近くの「ヘヴンズ・イレブン」に入り、目当てのジョン・健・ヌッツォを2つほど購入する──何だ。よく見たら、ただクリームがたっぷり詰まっただけの劣化クリームあんぱんじゃないか。
何でこんなもんが流行るんだよ? いつものステマか?
何となく味の想像がつくし、これならおばちゃんの店のクリームあんぱんの方が10倍美味いと確信できる。
てか何だよ”トッツオ”って? ”トッツオ感”なさすぎだろこのパン?
”トッツオ”って名前が付くなら、もうちょい”トッツオ感”を出せよ、”トッツオ感”をさぁ・・・。
ジョン・健・ヌッツォを見習った方がいいよ? マジで?
ジョンと健とヌッツオだぜ? 3つの人格持ちの挙句、ヌッツオだよ? ヌッツオ?
名前からして”ヌッツオ感”満載じゃん? というか存在そのものが”ヌッツオ”。
ク〇リをキメたのは、多分健が悪いよ、健が。 ジョンとヌッツオは無実だ。
というか俺、何回”ヌッツオ”や”トッツオ”って言った?
平均成人男性が一日に発言するであろう、”ヌッツオ”および”トッツオ”指数を大幅に超えた気がするぞ?
そんなことに思いを巡らしつつ俺は、愛しき嫁の待つ自宅へと帰還するのであった。
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「ただいま~。 買ってきたよ、ジョン・健・ヌッツオ。」
「あっ!おかえり~♡ 疲れてるところゴメンね? 大変だったでしょ? 今、紅茶を入れるから、一緒に食べよ?」
可愛いうえに気遣いもできるとか、天使か──いや、大天使だな。今日から昇格。
おめでとう摩耶ちゃん。
目指せ、熾天使。果ては反逆して唯一神──いや、それだと、
・・・
そんな事を考えながら手洗いを済まし、テーブルに座して待っていると、摩耶ちゃんが紅茶の入ったティーポットとティーカップ一式を持ってきた。
慣れた手際で彼女が紅茶を注ぐと、室内に茶葉の豊潤な香りが漂う。
そして、彼女は紅茶をテーブルに置いた後、袋から目当てのジョン・健・ヌッツオを取り出す。
「それじゃあ──」
彼女は満面の笑みでジョン・健・ヌッツオもといマリトッツオを手に取り、俺もそれに続く。
「「いただきます」」
「「・・・・・・・」」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「「・・・予想通りの味だね。これ。」」
うん、知ってた。こんなもんだよね、流行りの品なんて──もう二度と喰わねぇ。
やはり、クリームあんぱんが正義。今日、改めて俺はそう確信する。
「も~う!!何となく予想はしてたけど、ちょっとショック~!! テレビの特集で、みんながベタ誉めしてたから、少し期待してたのに~!!」
ジョン・健・ヌッツオの購入をワクワクしながら待っていた、嫁さんの失望はかなりデカいようで、少しお怒り気味のようだ。
う~ん、怒っている嫁も可愛い。大天使か?
「まぁ、そんなものだよ。テレビなんてさ。 いい勉強になったじゃん。」
「む~っ!!もう、しばらくはあのテレビ見ない!!」
「ハハハ──そうだ! 今日の”晩飯”何にする?」
「・・・う~ん、まだ冷蔵庫に”お肉”は残ってるけど、”お肉”ばっかじゃあれだから今日はお魚にする?」
「じゃあ、刺身かな──あっ! 折角だから”ジョン・健・ヌッツオ”でも喰いに行く?」
「も~う!!また変な覚え方してる~!! ”マリトッツォ”でしょ~? それはもう食べたからいいよ~!!」
「──違う。そっちじゃなくてガチの”ジョン・健・ヌッツオ” 口直しに丁度いいだろう? 刺身にして喰ってみようよ? 案外美味いかもよ?」
「外食ってこと?──たまにはそれもいいかもね! じゃあ、夕方になったら”居場所を探し出して、一緒にそこへ向かおうよ!” あたし、そういうの得意だし、慣れてるんだ~。」
「よし、決まり!! じゃあ、今日はジョン・健・ヌッツオの踊り食いだ!! 夕飯も決まったことだし、夕方までゆっくりしよう。」
「うん!! 楽しみだね!! どんな味かな~、ジョン・健・ヌッツオ?」
「どんな味だろうね~? ジョン・健・ヌッツオ? ──喰いごたえがあればいいけど。」
俺達夫婦は、そんな他愛のない会話をしながら日中を過ごし、夕方頃には予定通り”外食”へと出かけ、その日は何事も無く、無事に終わった。
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──その翌日
「・・・・おはよ~」
起床した俺は、寝ぼけ眼で嫁に朝の挨拶を交わす。
「あっ!おはよ~!! 昨日はお疲れ様!!」
挨拶を交わし、ふと居間に置かれたテレビを見ると、何かの事件だろうか? 特集が組まれ、ニュースキャスターらが深刻な顔でニュースを読み上げている。
「──お伝えしていますとおり、アメリカ国籍のテノール歌手 ”ジョン・健・ヌッツオ”さんが、今朝、自宅で死亡しているのが発見され、駆け付けた警察は現場の被害状況から、何者かに殺害された様子だと──」
見れば、例の”ジョン・健・ヌッツオ”が何者かに殺害されたという訃報であり、他のチャンネルを回して見ても、テレ東を除く殆どの局が、そのニュースを独占して伝えているようであった。
「「・・・・・・・・・・」」
「「──あんまり美味しくなかったね、ジョン・健・ヌッツオ 。」」
「やっぱ、下処理をしていない生は駄目だね~。 俺には癖が強かったわ。」
「早く解体して持ち帰った後、下拵えをしておくべきだったかもね? そうしたら、癖は消せたかも・・・。ゴメンね?」
「いや、いいよ。刺身なんて言った俺が悪かったんだ。次からは気を付けるよ。」
やっぱ、ジョン・健・ヌッツオは駄目だな──もう二度と喰わねぇ。
そう決意した俺は、嫁さんの用意した朝食を有難くいただくのであった。
──終わり
相屍相愛 @kabriri0036
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