第8話 長い長い時を超える、約束

『別れよう、雛』


そう言うと、しんは校門から早足で人混みに消えてった。

きっと、泣きながら。


雛は最初からしんこころの葛藤に全く気が付かなかった。

それも、酷い話だ。

「こんなひどいやつ…何で一年半も付き合ってくれたの?私もらってばっかで…好きって言ってないのに…言ってくれてた…。ごめん…しんちゃん…」


『別れよう』なんてこんなに優しく言える人居るんだ…。私、酷かったのに。付き合い始めた頃から、このさよならまで、しんを好きだと思ったことはなかった。自分が泣くなんてずるい…。

そう思ったが、雛は部屋で泣いていた。

きっと、雛が隠していた罪悪感や後悔も、しんにはバレていたのだろう。

好きな人と付き合える。それは、誰もが羨む青春からの宝物。


しかし、二人の恋の熱量の違いが生まれたら、それはもう両想いじゃない。

彼が、彼女が、何処かに落としてしまった好きのレプリカ。

そこに、未来の二人はかたどられていない。



しんに告白された時、いや、もうすでに持って行かれてしまっていたんだ。

ひたすら、昼寝をしながら、自分のフルートを褒めてくれる、あんな変な奴が好きだった。



その日以来、時間が許す限り、屋上でフルートを奏でても、芯柄はは現れる事はなかった。

そして、三年生は自由登校になってしまい、芯柄に会う事が出来なくなってしまった。

登校している珍しい三年生に混ざって、雛も登校してみたけれど、芯柄を見つける事は出来なかった。



自由登校になって一週間目の早朝、雛が大学入学の準備のため、部屋の片づけをしていると、”たからばこ”と歪な子供の文字で書かれほこりをかぶった箱が出てきた。


「ふ。懐かしい。何が入ってるんだろう?」


開けてみると、ビー玉や折り紙の鶴、へたくそなお姫様の絵。

そして最後に出てきたのは、全く見覚えのない赤いミサンガだった。

「なんだろう?これ」

自分でどんなに考えても、思い出そうとしても、全く記憶にない。

けれど、なぜか特別な宝物の様で、仕方なかった。

それを宝箱の一番下に、大事にしまったんだろうな…とそこまで想像できるのに…。

仕方なく、雛は、母親に、”覚えてない”だろうな…と思いつつも聴いてみた。

「ねぇ、お母さん」

「ん?なぁに?」

母親がピーナッツぼりぼり音を立てて食べながら答えてくれた。

「この赤いミサンガ…私、全然記憶にないんだけど、お母さん…知らなよね?」

半分無理、と思いつつも確認した。

「あぁ!」

思いがけない反応に雛は期待した。

「それ、あんたが三、四歳の時、森で会った男の子にもらったって言ってたわよ?」

「え?男の子?」

「何?あんた覚えてないの?あんたが森の川に入って遊んだなんて言うから、危ないって言って、もうその森には行かせないって言ったら、一週間くらい

「シン君ー!シン君と遊ぶのー!シン君のお嫁さんになるのー!シン君に会いたいから行かせてー!!ってうるさいくらいギャーギャー泣てたわよ」


(シン君…?)


じわりじわり…雛の記憶の引き出しが開き始めようとしていた。


…。


「ひぃ…ちゃん」

突然芯柄の顔が浮かんできた。そして『ひぃちゃん』呟いた後の夢の中にいただろう芯柄の寝顔での笑顔の深いえくぼ…。


「…もい出した…。思い出した!!」

思い出した、そのつぎの雛の猛ダッシュ。

母親も驚くほど勢いよく外に飛び出し、気が付くと、雛は長野行きの新幹線に乗り込んでいた。

赤いミサンガを握りしめて。

長野に着くと、電車とバスとタクシーとでなんとかあの森に辿り着いた。


森の中は昔とほぼ変わらなかった。川沿いに登って、やっと四歳児になれた。


「確か…この辺のはずなんだけど…」

息を切らしながら芯柄の姿を探した。

全然間違いかも知れない。いつ来るかわかんないのに、いない確率の方がきっと高い。でも、ミサンガを左手に結んで、どうか、切れて、芯柄と逢えます様に…。


ソワソワしすぎて、雛は河原で石に足を取られ、すっ転んだ。

「もう…またぁ?冷たい…最悪…。芯柄…会いたいよ…」

そう口にした瞬間。

「大丈夫?ひぃちゃん」

その声は…その一言は…、

顔をあげると、そこには、芯柄が立っていた。

「よくすっ転ぶ奴だな。ほれ」

と右手を差し出した。

「とどろ…シン君?轟芯柄が…シン君!?」

雛の手をつかみ、雛を起こすと、二、三歩芯柄は後退した。

「そうだよ。

そう言い、にっこり微笑むと、深いえくぼができた。

雛は、左手の、ミサンガを見せながら、

「お嫁さんに…してくれるんだよね?」

と芯柄に確かめた。

しかし、さっきのえくぼが引っ込み、しかめっ面になった芯柄。

「付き合ってもくれないの?」

「忘れてたくせに?」

「う…ごめん…」

「お友達の告白、俺の前でお手伝いしたのに?」

「本当にごめん!」

「彼氏まで作ったくせに?めっちゃ悲しかったなー」

「どうも申し訳ございませんでした!」

「どうかなぁ…ほっぺ叩いてくれちゃってるなー」

「もう!これくらいで勘弁してください!」

雛は必死で謝罪を繰り返した。

「しゃーねーなー」





そしてじりじりと距離を詰める二人。


二人の指が絡んだ時、ミサンガがプチッと切れた。

「お―――――――――――――――――!!!!」

二人でびっくりしながら、お互い最後の一歩を詰め、

そっとキスをした。


こうして、二人は十四年越しの再開を果たしたのだ。



青春という、春の真ん中で。

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二度と逢えない…?でも、僕はいつまでだって春の真ん中で君を待つ。 @m-amiya

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