第7話 男らしく振らせてよ…心からの別れ

雛は、しんと付き合いながら、しんの知らない事が、…雛が、本当はすごくしんに酷い傷をつけるかもしれない…。

何だか、考えてしまうのは、あの日、一年前の終わり、脳みそを覗き込んでみた何かの記憶の欠片を雛は今もまだ探している日々だった。





それを置いてでも、雛たちは燃えるものがあった。

そう。今年は、雛、加奈枝、絵里にとって、とても大切な年だった。

高校最後の、吹奏楽の大会がある。高二の時も、全国大会に進んだものの、銀賞で終わってしまったのだ。今年こそ、金賞を取る!と、三年の部員は張り切っていた。そして、今年の自由曲ある。その曲フルートのソロがある。三年のフルートは五人居たが、二年間の実績を認められ、1stパートを、つまり、ソロを雛が担当することになったのだ。

気合が入る雛。一年から続けている、昼休みの練習を屋上でやっていた。

…もちろん、観客が一人、必ずいたのだが…。


「♬♩♫~…」

と、ソロパートを重点的に練習していると、

「くかー…」

と声援が必ず聴こえる。

雛は声援がするたび、壁の裏側へ回り込み、観客兼、に聞くのだ。

「うぁ…すげー気持ちよく寝た…」

「お目覚めですか?」

「ん…」

と言うと、上半身を起こし、



「あんた、なんか…良い…。聞いててマジ親父と行ったオーケストラ思い出すわ」

「本当!?」

いつも、『よく寝た』とか『気持ちよかった』とか『春眠暁を覚えず』とか、季節外れの感想が飛び出してくる眠りの感想しか言わなかった芯柄が、今日はいつもと全く違う感想を言ってくれたことが、雛は素直に嬉しかった。



しかし、その風景をある人物は見ていた。



高校最後の大会がやって来た。全国までは来ることは出来たが、問題は、金賞を取れるかどうかだ。一昨年も昨年も届かなかった金賞。雛は指揮を見ながら、今まで人一倍練習してきた技術とこころで、目一杯、課題曲、自由曲の二曲が終わり、

「ふぅ…」

と深呼吸とすると、高校の大会ではまず起こらないスタンディングオベーションが起きた。その瞬間、部員全員、涙が止まらなかった。


そして、結果は、喉から手が出そうなくらい欲しかった、金賞だった。


その演奏を聴いていた芸大の講師が、雛のソロを聴いて、推薦の話が決まった。


人より早く受験が終わり、加奈枝と絵里に無理にならない程度に、遊んだり、勉強に付き合ったりして、高三の秋を過ごした。


もちろん、しんとも、うわべは上手く行っていた。

それは意外な展開で終わりを告げる事になる。



ある日、加奈枝がお昼をどうしても一緒に食べたいと言うので、しんのお昼を断り、屋上で久しぶりに三人で食べる事にした。


「私、轟君に告白したい」

突然の加奈枝の告白したい宣言に、二人は驚いた。

「あ…あたしも…したいと思ってた」

と絵里までもが、雛の度肝を抜く、告白宣言をしたのだ。

「うん。しよう!二人で!!」

「うん。どっちが選ばれても恨みっこなしで。もちろん二人玉砕って場合も大いにあるから、その時は雛、慰めてよね!!」

どんどん話を進める二人に、雛は、理不尽にも、嫉妬した。

この屋上で、雛と芯柄は友達と言う枠…いや、友達にも近づけずの関係だったが、ある意味、恋人のしんより、フルートの良し悪しでは芯柄にはずいぶん助けられた。それは、動かし難い現実だった。

だから、雛に二人の告白を引き留める事なんて出来なかったし、今更何も言えない。


だって、雛には恋人がいる。しんがいる。



こうなる事が怖かったんだ。芯柄の事を好きになっていたのに、それを加奈枝や絵里に言う事が出来なかったし、しんに告白されて、OKと言ってしまった時の罪悪感と後悔はきっとここから始まったんだ。それに気付いたのは、たった今、だった。だけど、

「二人とも頑張ってね!!」

それ以外背中を押す以外、出来る事はなかった。



放課後の屋上。


「♫♪♩~♬~…」

二人は今頃、芯柄に告白しているだろうか?

どちらかがOKをもらっただろうか?

それとも、玉砕か…。


そんな事を考えながら、屋上でソロコンサートをした。

雛は、ふとした違和感に、演奏をやめた。

何だか微かに人の呼吸が聴こえる。

(まさかね)

そんなドッキリないと、壁の裏を覗き込んだら、

(嘘!!!)

そこには、芯柄がすやすや寝息を立てていた。

(加奈枝と絵里、呼んでこなきゃ!!)

と、咄嗟に階段を降りよとしたが…。

(ごめん…。二人とも…。聞いたらすぐ知らせるから!!)



「轟君、とどろきくん!!」

いつもなら、一言で眠りから覚めて、眠れた判定をしてくれるのに、今日はこんなに怒鳴り声も混ざりながらだが、起きない。

「ん…ひぃ…ちゃん…」

(ひぃちゃん…?)

その言葉の後に、芯柄が寝顔でだけど、初めて笑った。

すると、愛想のない芯柄が一度も見えた事の無かった、隠れえくぼが頬に浮かび上がった。


「うおっ!!」

がばっと起き上がると、

「俺、今なんか言った!?」

「え?別に」

「あっそ。なら良いけど」

気にすぎかも知れないが、顔が少し赤い。

「あ…そう?って言うか、お昼休みの私たちの会話、聴いてたんでしょ?じゃなきゃ、放課後、用事もないのに屋上になんて隠れないでしょ」

「聴いてたんじゃなくて、聴こえちゃったの!それに、いつ俺がどこで何しようが勝手じゃん」

「あの二人、傷つけたら許さないから!ちゃんと約束してよね!」

そう言うと、フルートをしまって、二人のもとへダッシュした。


それはそれは、痛い痛い、こころで。


屋上に二人を連れてくると、意外にもちゃんと芯柄は立っていた。

二人は緊張しまくって、両手が震えている。

(頑張れ、加奈枝、絵里)

壁の裏側から、雛は心を傷んで、一体自分は何がしたいんだろう…。

そんな心情だった。

「あ…あの、私たち、一年の時から轟君の事好きだったんです。私たちは、もう話し合ってどちらが選ばれようが、どちらも選ばれなかろうが、覚悟は出来てるんで、気持ちだけでも伝えられたらって…思って。す、好きです。付き合ってください!!」


二人は言い切った。しかし…。

芯柄は、ブスッとして、こう吐き捨てた。


「なんで女子って何するにも徒党組まないと動けないわけ?そう言うのきしょい」


二人は青ざめた。と同時にその場で膝をついて泣きだした。

「でも…私たち…」



ぱぁぁぁぁん!!!



反対側にいた雛が、とんでもない怒りの足音で、そしてすごい形相で芯柄のもとに歩み寄り、芯柄の頬をひっぱたいた。



「傷つけないでっていったよね!?約束したよね!?なんでそんな酷い事が言えるの!?さいってい!!!」

「二人とも!こんなやつ、好きになる価値もない!行こう!!」


三人がそこからいなくなろうその時、


「…どっちがだよ…!先に約束破ったのそっちだろ!!」

そう言うと、三人を抜き置いて、下へ行ってしまった。

(え?約束?私と轟君が?)


一瞬、加奈枝と絵里を忘れ、約束を破ったのは雛の方と言われた事に気を取られていたが、すぐに、二人に駆け寄り、

「大丈夫!?二人とも!」

「うん…。大丈夫。ああ言われるのも想定内だったし。ね?絵里?」

「うんあたしらは大丈夫だよ」

「そんな!こんな時こそ親友頼ってよ!あたし、もう一回ひっぱたいてこようか?」

「ふ…。一発で良い。雛がひっぱたいてくれたから、すっきりした」

二人は目にも見えそうな傷を隠すように、笑って見せた。

こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。

「それより、雛、高田君と帰る約束してるんでしょ?早く行かなきゃ!」

「こんな時に…」

「良いの。高田君と雛には、あたしたちの分も幸せになって欲しいから」

「そうそう!あたしらは平気だから!」

平気…とは全く思えなかったが、しんが大事な話があると言っていたのは確かだった。

「…加奈枝…絵里…。…うん。じゃあ、行くね。悪口なら、明日いくらでも聞くから!じゃあね!バイバイ!」

そう言うと、雛はしんの待つ校門へ急いだ。

「しんちゃん!ごめん!遅れちゃった!」

「…許さない」

「へ?」

思わず目が点になった…気がした。

一年半、ずっと優しくて、喧嘩など一度もした事の無かったしんが、一体どうしたと言うのか…。

「しんちゃん?」

「別れよう。雛」

「え??え…どうして?私、何かした?」

「ううん。俺がした。俺が雛に無理させてた。分かってたんだ。雛の本当の好きな奴…」

(……)

否定しなきゃ…。何か良い…言い訳。雛は黙りこくって、とうとう何も返せず、会話をしんに進めさせるしかなかった。

「雛の好きな奴って、轟だろ?」

何も言えない。そうだから。真実だから。嘘も間違いもない、雛の本当に好きな人…それは、轟芯柄だったから。


「フルート、あいつの為に昼休み、ずっと吹いてたんだろう?見てたんだ。ずっと。でも、それでも、もしかして、俺になびいてくれるかな?ってちょっと期待してたんだけど、ダメだったみたいだね。ごめんね、雛。無理させて」

「ちょ、待って!」

「それに!!」

雛の言葉をはじき返して、しんはギリギリだった。

こんな気持ちの時に慰めでもされたら、雛を嫌いになりそうで怖かった。

「それに…俺も無理してたんだ。どうすればあいつを超えられるか…そればっか考えて、全然余裕なかった」

「しんちゃん…」

「最初、俺良い男だったろ?だから、最後も男らしく振らせてよ」

「…」



「別れよう。雛」



「うん…」



「じゃあな」

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