第6話 好き?嫌い?好き?嫌い?

夏休みが終わり、始業式の日、雛は心に返事をした。


「よろしくお願いします」

「本当!?ありがとう!!」

屈託のないその笑顔を見てしまった。

その瞬間、罪悪感で死ぬほど、どこでもドアでブラジルに行きたいくらい、素覚ましい後悔が押し寄せて来た。

これからラブラブな二人になるはずなのに、いっぱい遊んで、いっぱい楽しんで、いっぱい笑って…。

それを、心となら出来ると思ったから、だから、付き合おうと決めたのに、急に、

〔本当にそれで良いの?大丈夫なの?〕

こころの中は決心が崩壊しつつあった。もう、してたのかも知れなかった。


「ん?中島さん?どうかした?」

「え?ううん!何でもないよ」

「これからよろしく」

またこの屈託のない笑顔が、雛の体中を締め付けた。




「え―――――!!付き合う事になったの!?」

「し――――――――――――――――!!!声でかい!二人とも!」

「あ、ご、ごめん。でも高田君ならすごくモテルし、嫌味ないし、頭も良いらしいし。そっかー。おめでとう」

「うん。ありがと」

しかし、加奈枝は雛の顔色を見逃さなかった。

「何?どうかした?あんまし嬉しそうじゃない顔に見えるけど?」

「え?」

思わず雛はドキッとした。

「や、なんか、付き合うの初めてなんだよね。でも、あんまり…ていうか、ほとんど話したことないのに、大丈夫かな?って…へへ」

「何だ!一緒に居る内に距離なんてあっという間に縮まるって!ねぇ!絵里!」

「そうだよ!私たちなんて轟君を鑑賞物にするしかない地味なJKだよ?彼氏できただけで十分羨ましいのに、そんな小さい事で悩まないの!」

「そうそう!」


二人の励ましを得て、少しむねが軽くなった雛は、お弁当は中庭で心と二人で」、食べる事にして、帰りも、途中まで一緒に帰る事にした。


付き合って初日、お昼を食べ終えると、

「私、フルートの練習屋上でするから、行って来ていい?」

「うん!もちろん!じゃあ、また帰りね!」


笑顔でその場を立ち去ると、雛は思った。


これは一生続く気の遣い合いになってしまう…。

少なくとも、高田君の前で笑う事が出来なくなって、理由もはっきりと分からないのに、多分、高田君を前にいつか、泣いてしまう私が見える。



そんなことまで見えているのに…。


屋上へ行き、『糸』をふき終えると、


「ぐ―…」

何とも味気のない声援が聴こえた。

裏っかわの壁を覗くと、

「やっぱり…」

そこには気持ちよさそうに、芯柄が寝ていた。

「どっち?うまかった?へたくそだった?」

呟くと、芯柄が薄目を開けた。

(やばい!)

そう思い、立ち去ろうとした。

「ん…あぁ…あんたか」

ずっと名前すら知ってもらえなかったのか…と、少し機嫌が悪くなる雛。

「あんたじゃないよ。中島雛ってちゃんと名前あります」

「さっきの曲、中島?」

「…うん」

「やっぱしな。よく眠れた」


それだ。雛が切れた理由。一体寝ている時と、寝ていない時、どっちが賞賛されたのだろうか?

「もうチャイム鳴るよ。起きなよ?」

そう言うと、雛はさっさと階段を降り、教室に戻った。

まだ眠っていたい芯柄だったが、大きなあくびをして、芯柄も教室へ戻った。


その日、掃除当番の雛は、ゴミ箱を抱え、階段を下りていた。

すると…コケた。

二、三段階段を踏み外し、ゴミはばらまくわ、スカートはめくれるわで、誰もいなくて良かった…と思った瞬間、ゴミ箱の死角に、誰かいた。

芯柄だった。

「何すっ転んでんの?パンツ丸出しで」

「え!?嘘!!」

慌ててスカートを直した雛。

「中島…あのさ…」

言いかけて、芯柄は口を結んだ。

その直後、

「中島さん!大丈夫!?」

「あ、高田君…」

「さっき窓から見えて、走って来たんだけど、ケガとかしなかった?」

「あ、うん。全然平気。ありがとう」

「おい!お前!転びそうになったら助けるのが男だろ!?」

「は?気が付いた時にはもうすっ転んでたんだよ。あんたこそ誰だよ?」

二人は睨み合いに発展してしまった。

「俺は中島さんの彼氏だよ!」

(!?)

芯柄は『ぐっ』と胸が痛くなった。

(言わないで!!)

雛も胸が『ぐっ』となった。

雛は思った。……思ってしまった。


!!と…。


「そっか。悪かった」

そう言うと、芯柄は玄関に向かって去って行ってしまった。


「なんなのあいつ。立てる?中島さん」

「うん…ありがとう。私は大丈夫だから、高田君部活の時間でしょ?

私もこれ捨てたら、部活行かないと。だから、遠慮しないで部活行って」

「でも…」

「本当、大丈夫だから」

「うん…じゃあ、帰りね」

手を振りながら階段を下りて行く心を見つめ、胸が苦しい雛だった。


この訳の分からない胸の痛みを、薄々気付いてる雛だったが、今更、しんに別れを切り出す勇気もなく、身動きが出来なかった。


しかし、その時、何だか記憶の端っこに置いてきたようなもやもやが垣間見えた。




身動きが取れないうちに、知ってる人が少しづつ増えた、雛としんの仲。


それでも、しっくりこない雛。

確かに、しんは優しいし、サッカーは本当にうまいし、雛を大事にしてくれた。


しかし、時が経つとともに、しんへの想いの量と自分が放っている量があまりに差がある気がしたまま、二年が過ぎ、高三の春がやって来た。

クラス替えはなく、加奈枝、絵里とも一緒のままだった。一緒のままなのは芯柄もだった。


相変わらず気怠そうに、クラスともそんなに馴染んでると言う感じではなかった。だが、当人はそんなことを気にもとめず、今日も授業中、大きなあくびを連発していた。


そんな芯柄に間違いなくある…そんな想いが零れ出さないように、必死で芯柄への気持ちに蓋をした。


あの日、一年の終わり、芯柄が一体なぜ雛の記憶の中で動いたのか、その中身を、見たい自分と、しんへの裏切りになりそうな…イヤ、きっともう裏切っている、悲痛な胸の痛みに、それでも、しんには、言えなかった。

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