日曜日の猫

橘 永佳

第1話

 月曜日、山の本屋の本の中では、猫は目が覚めたのに、黄色で織られた木綿のタオルにもう一度もぐりこんだところだった。


 火曜日、小さな海の学校の赤い辞書の中では、猫は遅い朝食で、トーストにブロッコリーのペーストを山盛りにしてかぶりつき、半熟卵とカフェオレで流し込んでいた。


 水曜日、大きな海に浮かぶ島の青い石碑の文中では、猫は新しい散歩路を探して港際まで足を伸ばしていた。


 木曜日、大きさも形も色も音もバラバラの人々が入り乱れる都の雑誌の中では、猫は歩きつかれて茶色の屋根の上で一休みしていた。


 金曜日、森に囲まれた集落に忘れられた黒灰色の手帳の中では、猫は遅くに帰ってきて、家人を起こさないようにこっそりと裏口の戸をくぐっていた。


 土曜日、白い雪の大地で語り継がれる詩の中では、猫は火の消えた暖炉の上で静かに丸くなった。


 猫たちは、緑色と金色の刺繍が施された薄い麻織りのしおりをおそろいで持っていて、だから、月の光のない新月の夜には、大陸の中心の砂漠の蜃気楼の中に集まってお茶を交わすことが出来た。



 あるとき、黄色い月曜日の猫が言った。


「日曜日の子はどうしているのかな?」


 他の猫たちの動きが、水の中にいることを思い出したかのように、つまずいたように止まった。


「そういえば、そうだよね。日曜日の子には会ったことがないや」


 赤い火曜日の猫が呟いた。皆にはそう聞こえた。何しろ、シナモンの効いたリンゴのパイをほおばりながらだから、彼女の声は今ひとつ聞き取りづらかったのだ。


「どうしてかな」


 青い水曜日の猫が、ポットに入った新しい紅茶を運んでくる。蜂蜜と、木苺と、ざくろと、木蓮の香りが彼女の手元からかすかに立ち上っていた。


「考えたことがなかったね」


 茶色い木曜日の猫は星の間にぶら下げたハンモックから動こうとしない。彼は樫の木のテーブルセットと美しい磁器のティーセットを用意する係ですっかりくたびれているようだった。


「探してみるかい?」


 黒灰色の金曜日の猫が、眼鏡の位置を直しながら月曜日の猫に尋ねる。そしてカップを手にしてから、「もっとも、自分から来ない子を見つけるのは難しいし、野暮なことだとも思うがね」と付け加えた。


「別に強制するつもりなんかはないよ」


 月曜日の猫が慌ててかぶりをふった。


 と、真っ白い土曜日の猫の、のんびりしたかすれ声があがった。


「会いたければ、会えるがね」


「へっ? そうなの?」


 パイを両手に持ったまま、火曜日の猫が振り返る。


「ぅむ。しおりがそろった新月の夜に、冷たい霧が敷き詰められた中で、寝ぼけたセミの鳴き声が三回響くと、空から細い麻の糸が降りてきおる。それをたどれば、最後のしおりの元へたどり着くからの」


 土曜日の猫は、至極ゆったりと応えた。それから、大儀そうにカップへと手を伸ばす。カップの中身はほとんど残っていない。それに気づいて、彼はちょっと悲しそうな顔になった。


「おいおい、そんなこと滅多にないじゃないか」


 ハンモックに身をうずめながらも、木曜日の猫が肩をすくめた。


「まあまあ、別に慌てる話でもないし」


 土曜日の猫のカップに新しい紅茶を注ぎながら、水曜日の猫が軽く笑った。それから、自身のカップにも紅茶を足す。


「じゃあ、まあ、気長に待ってみましょうか」


 水曜日の猫にカップを差し出して紅茶のお替りをもらいながら、金曜日の猫が話を適当にまとめて、また猫たちは勝手気ままにくつろぎ始めた。



 それからほうき星が空を二回横切って、モミの木が二回枯れた後の新月の夜、冷たい霧の中にセミの鳴き声が三回響いたとき、土曜日の猫が言ったとおり空から細い麻の糸が降りてきた。


 おのおの身支度をして、お茶の残りを水筒に移してお菓子を包み、まるで螺旋階段を昇るような足取りで、猫たちは糸をたどって進み始めた。


 水の星のバイオリンと金の星のフルートの演奏を楽しみ、火の星の独唱に聞き惚れて、木の星の太鼓に踊りながら、土の星と天の星の草笛に耳を傾け、海の星の琴の音色に感じ入りつつ、闇の星の静けさに衣を正して、月の胡弓を後にした。


 その先、何もない万有の地に、日曜日の猫はいた。


 彼女は、美しい所作で、自分の身の丈ほどの、紫水晶で出来たセイヨウトネリコの若木を作っていた。


 水晶を削るたびに、その細かなかけらが光となって散っていき、たどり着いた先で小さな芽となり、滴となり、火となり、砂となり、病となり、死となった。


 小さな欠片たちが、小さな世界たちが、次々と生まれる。


「わぁ、きれいだね」


 月曜日の猫が嬉しそうに声を上げた。その声で、日曜日の猫は、初めて猫たちの登場に気がついたようだった。驚いた様子で振り返り、一瞬固まってから、直後にはトネリコの若木の向こうに隠れてしまった。


 気まずい時間が、ちょっとだけ流れる。


 やがて、おずおずと向こうから日曜日の猫が顔をのぞかせた。そして、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、小さく口を開いた。


「は、はじめまして」


「はじめまして」


 優しい声が六つそろう。


 水晶の粉が煌いた。

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日曜日の猫 橘 永佳 @yohjp88

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