1 城塞都市オグレス=ガルズへの来訪(2)

「これは何事ですかお嬢様?」


 ゴロツキの背後からの声。

 女性の声なのは間違いないんだけれど、これまたずいぶんと通る、滑舌のはっきりした声だった。


 野次馬の一部が自然と割れて現れたのは、甲冑の騎士だった。

 ライトブラウンの髪を後ろでまとめて、もの凄くデキる女性っぽい雰囲気で、目が開いていると思えないほどの糸目じゃなかったらデキすぎて怖いぐらいだ。

 全身くまなく、ではなくて動きやすさのためか所々が省略または軽量化されてるっぽい鎧だけれど、白銀の輝きはそもそも素材からしてモノが違うのが一目瞭然。

 王都の護皇12聖騎士団所属の上位騎士と言われても納得できる佇まい――いやちょおっと待った、胸当てと小振りの円形の盾の真ん中のアレ、盾に金貨の刻印って聖騎士団の刻印! それっぽいとかじゃなくて、本物だ!


 女性騎士は不運なゴロツキの真後ろまで歩み寄って、でもゴロツキを通り越して女の子へと溜息を吐く。


「まったく……この区域の顔役へのつなぎを依頼する間だけだというのに。貴方も何をしているのですか」


 女の子への小言、かとてっきり思ったんだけれど、いや、僕だけじゃなく場の全員がそう思っただろうけれど、最後の『貴方も』は違ったらしい。

 女の子の後ろに影――というよりも後ろの宵闇から人影がヌッと溢れ出てきた。振り返りつつ「うおっ!?」とたじろぐゴロツキどもの気持ち、僭越ながら良っく分かります、はい。


 いやホント、どっからわき出てきたの!? って言うぐらいに影が薄っ! 薄いのにデカっ!!


 パニクったみたいな言い方だけれど、間違ってるわけじゃない。言われなければ気づかなかったほど存在感が薄いんだなこれが。女性騎士と同じ材質の白銀の鎧、それもこっちは完全な全身甲冑で僕の身長よりデカそうなゴツい盾も持ってるのに。僕の2倍ぐらい背が高いのに。

 そしてとっても武人らしい面立ち——人相が悪いって意味ではなく、優男ではないってことで。というか、普通にかっこいいですよこのお方。やや赤みがかったブラウンの髪に切れ長の強い目が印象的で、それを上回るほどに無表情が印象的なんですけれどね。

 こっちの男性騎士の盾にも、盾に金貨の刻印が入ってる。つまりこちらも聖騎士ってことだ。

 見るからに厳つい巨躯の男性騎士は、その見た目に反して物静かなのか、代わって女の子が胸を張って答える。

 

「ロナルドは悪くないわ。迷子がいたから送ってあげるように私が言ったの。貴女が戻るまで待ってればいいだけなんだから。そうでしょ? フレデリカ。そうしたら、この方達がグレン様の居場所を知っていると仰るから」


 頬を膨らますと余計に幼さが強調されて、愛らしさが数割増しになる女の子。

 この女性騎士と男性騎士、聖騎士が二人も直接護衛にあたるってことは、相当良いところのお嬢様なのは間違いない。少なくともオグレス=ガルズこんなところに居るような家格じゃあないはずだ。

 女の子のセリフに、女性騎士は軽く小首を傾げる。


「ほう、知っているのですか?」


 それだけなのに、ゴロツキの一人が何故か「ひいっ」って震え上がっ――違う、いつの間にか剣が喉元に突きつけられてる!?

 いつの間に手に剣を? 全く気づかなかったっ。

 ゴロツキを挟んだ位置にいる女の子からは見えないらしく、何も気づかないように普通に会話のキャッチボールが継続していく。


「そう仰ったのよ。だからお話を伺おうとついて行ったら肩をつかまれて――」


 慌ててゴロツキ達が「あー!」とか声を上げたけれど時すでに遅し、女の子のセリフをしっかりと聞き取ったらしい女性騎士の剣先がさらに迫る、を通り越して軽く刺さった。


「ほう、お嬢様の肩を?」


 女性騎士が一気にドスが利いた声に、だけじゃなく加えて、糸目だったのがバッチリ開いてる。


 って、怖っ! 目キッツいな、魔獣に睨まれてるのと変わんないぞアレ?


 何気に男性騎士の方もそこはかとなく存在感が増して……いえ失礼しました、ガッツリ存在感増してますね? 何なら威圧感になってますね? 

 つか、さすがの巨体、ちょっと怒気っぽいのが混じるとスゴいことになるのなっ。もう横の従魔と同類に見えてしまうぐらいだ。


「た、たたた助けてぇ……」


 もう魔獣に囲まれたような状態になったゴロツキどもが声を震わせる。

 けれど、僕も含む野次馬一同としては、現実的にも心情的にも、はっきりいってどうしようもない。助け船を出す気にもならない、ただの自業自得だ。


 ――だ、けれども。

 それはそれとして連絡を、っと。


 グレンさんと打ち合わせた通り、マルチプレートの魔術式の一つを起動、あらかじめ記述してあったメッセージをグレンさんの元へ送信。

 これで数秒もすればグレンさんが到着するだろう。その数秒間にお陀仏なら仕方がないし、グレンさんに微塵切りにされるならそれも仕方がないってことで。

 まあ、そもそも自業自得なんだし、助かるかどうかまでは知ったこっちゃないんだけれど……


 出来ることがあるのにしないってのは後味悪いから。


 とか思ってたら、


「ありがとな、カイル」


 と、いきなり名前を呼ばれて頭に手を置かれた。

 上げているゴーグルが少しずり落ちる。目を上げれば、そこに長身の黒い影が立っていた。


 ワイルドなダークブラウンの髪、一見細身だけれど超筋肉質な身体、腰には刀という剣を帯びた黒い軽装の剣士。

 貴族というイメージからはかけ離れた鋭い黒い目、なんだけれど、薄く傷跡の残る左目は濃く深く透明な蒼。オッドアイではなく魔力で構成された義眼で、リアルな造形であり、かつ美しいガラス細工のようでもある。


「グレンさん!」


 相変わらず速っ! ホントに秒で到着されるとやっぱりびっくりする。

 それに、ただ速いだけじゃない。咥えた煙草の火は普通に点いたまま、半分ほど残った状態だ。

 ふざけた速度で移動しているはずなのに。


「で、これは……絡んだバカがいたわけだな」


 状況は一目で把握したらしく、グレンさんが煙と一緒にため息を吐いた。


 煙草の火が消える。

 グレンさんが空気を止めたらしい。

 吸い殻を捨てて、そして前へ一歩。


「そこまでにしないか? セシル殿。それにマクファーレン殿も」


「……レッドグレイヴ卿」


 現れたグレンさんに三者三様の反応。

 女の子は「グレン様!」と喜色満面。

 女性騎士はむしろ警戒するように女の子とをグレンさんの間に位置取る。

 男性騎士からは怒気がすっと消えた。


 女の子に「やあ、ニコラちゃん」と笑いかけてから、グレンさんは、盾と細身の剣を構え直す女性騎士へ目を向けた。


「……見ての通り害意は無いよ、フレデリカ・セシル殿」


 軽く手を広げつつ語りかけるグレンさんに、セシルと呼ばれた女性騎士は微動だにしなかったけれど、やがて剣をゆっくりと下げた。


「……卿がその気なら、我々の首などとうに落ちているでしょうしね」


「謙遜だな。円卓36席の“ソーン”のフレデリカ・セシル殿と、“要塞フォートレス”ロナルド・マクファーレン殿をそう易々と斬れるわけもない」


 円卓36席といえば護皇12聖騎士団の最高会議の別名で、教皇猊下がまだ若年の現在、実質この国の最高意思決定機関。

 つまり、血統も実力も超一流と認められた騎士たちの一角ってことだ。


 驚いた初めて見たよそんな雲の上の人っ!


「それこそ謙遜ですね。“颶風ぐふう剣鬼けんき”と畏れられた卿との力量差は理解していますよ」


 剣を納めるセシル騎士。剣がどうこうよりも、目が糸目に戻ったことでずいぶんと迫力が納まった。

 こう見ると、目が開いているのと閉じているのとで全っ然違うもので、目を閉じているともう長閑のどかって思えるぐらいだ。さっきまでは糸目状態でも厳しそうに感じたぐらいなんだけれど。

 一方、巨漢のマクファーレン騎士の方は、めっきり気配が穏やか……というか気配が無いところまで戻ってた。さすがにもう気づけないなんてことはないけれど、不思議と威圧感が全く感じられない。見た目の圧は強いはず、なんだけれど。


 雰囲気が落ち着いた感じになって、そこここのゴロツキたちがこそこそとかつ迅速に散っていく。

 同時に、ニコラと呼ばれた女の子がグレンさんへと飛びついた。


「会いたかったわ、グレン様!」 


「おっと、お転婆は相変わらずだな。淑女としてははしたないんじゃないか?」


 力強くうなずくセシル騎士をよそに、お嬢様は「意地悪ね」と頬を膨らませてから、身を離してスカートを摘まみ優雅に一礼した。


「ごきげんよう、グレン・レッドグレイヴ卿……これでよろしいかしら?」


 グレンさんは「ご機嫌麗しく、レディ」と返礼してからくすりと笑い、そして真剣な顔になった。


「で、突然こんなところまで指名手配犯に会いに来た理由を聞こうか」



(続く)

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