1 城塞都市オグレス=ガルズへの来訪(1)

 最後の悪魔“怠惰のエリー”討伐――。


 イーティニス再聖歴688年4月7日夜。人類の悲願とされた偉業が、ついに成し遂げられたのがつい一月ほど前のことだ。

 希代の天才と謳われる聖皇国宮廷付研究所長コンラッド・トレイナー導師が発明した“神の写し身”エアザットを操って、風姫シルフィードから加護を受ける異端の騎士グレン・レッドグレイヴが悪魔の居城を強襲、城のあった場所がクレーターと化す激戦の末に見事撃滅せしめた、と言われている。


 これは紛れもなく世紀の大事件で、祝賀祭が今日まで続いていたって不思議じゃない話なんだけれど、現実はそうなってない。

 むしろ国としては混乱中だ。

 理由は簡単。悪魔を討伐した英雄が、何故かそのまま王都へ急行して、宮廷付研究所を全て、完膚無きまでに木っ端微塵に破壊し尽くして逃亡してしまったからだ。


 人類の英雄かつ指名手配の重犯罪者――それがグレン・レッドグレイヴの今の肩書き。


 そして、そのグレンさんに頼まれて、目下人探しの真っ最中……なんだけれどこれが難しい。

 第一、手がかりがアバウトすぎる。『ロウアータウンのどこかに到着しているはずの貴族風の女の子』って、オグレス=ガルズの無法地帯ロウアータウンは夜を迎えると喧噪が凄くて、とても人を探せるようなものじゃない。

 しかも、ロウアータウンはオグレス=ガルズの実質6割を占める広さだ。その中から貴族風の女の子ってだけの情報で探せってのが、そもそも無理な話なんだけど。


 城塞都市オグレス=ガルズ。

 イーティニス聖皇国の西方の国境に位置する、国内でも指折りの大都市だ。

 小高い丘の上半分を丸ごと削って創られたまさに城塞であり、その西に広がる魔獣の大陸を睨む人間社会の門番。

 人間の世界の終着点かつ魔獣の世界の入り口である境界の街。


 取り敢えずオグレス=ガルズ西側の急斜面――つまり魔獣の世界と直に顔を付き合わせているエリアだ――に広がる、ごちゃごちゃとした、無節操な、ルール無用で積み上げられた建物群の間を血管のように張り巡ってる道を走り回ってはみている。


 宵闇手前あちらこちらの灯りで照らされた、自分勝手に振る舞う木やら石やらレンガやらでツギハギされた景色のせいで目も回ってしまいそうだ。


 ここそこの飲み屋から騒ぎ声が響き渡り、往来を屈強な傭兵たちが行き交う。

 一方でその脇道の暗がりでは、灯りの下では出来ない取引が横行して、食いつめて夜盗同然になった奴が孤児達を狩ったり、逆に狩られたりと、全くもって穏やかじゃない世界が広がる。

 まさにそれこそがオグレス=ガルズ、なんて呑気なことを言ってられるのはリネット姉とライラ姉に養ってもらっているからで、兄貴が死んだときに引き取ってもらえなかったら……まあ、チビの僕じゃ狩られる側だったな、うん。


 それにしても、どう考えても見つかるとは思えない。グレンさんは「目立つだろうからすぐに分かる」って言ってたけど――


 ドォン!


 唐突な爆発音で、思わず足がもつれかけた。

 ロウアータウンでは一晩に何回かは聞く音だけど、それはそれとしてやっぱり意識は持って行かれるもので、煙が上がってる方へ目が向いた。


 前方で少し上の斜面辺り、雑居住宅っぽいところが吹き飛んだらしい。

 またイヤミな騎士団付傭兵と貴族嫌いの傭兵が乱闘し始めたか、アヤシイ取引の品が暴発したか、ならず者同士の縄張り争いが激化したか、とか思ってたら、そのどれともそぐわないキレの良い声が響き渡った。


「ちょっと何ですの!? 貴方方、人をバカにするのもいい加減になさい!」


 金属を打ち合わせたように雑味のない、でも耳を刺すように響くこともない、通る声。明らかにこの場に似合わない口調。もしかして、と思って駆けつけてみたら、当たりだった。


 旅用なのか、薄絹とは真逆だけれどどう見ても良い生地の服。

 赤白茶色の配色のコーディネートは赤を基調にして華やかに、スカートの縁とか袖口とかにあしらわれた金糸銀糸の刺繍がさらに華やかさを追加して、それでいて上品さが損なわれていないあたり、よっぽどセンスの良い一流どころの仕立てだと思われる。

 腰の左右に吊ってあるちょっと大きめのウエストポーチがちょっとミスマッチだけれど、同じ人が仕立てたのか、そこまでは悪目立ちしていない。


 刺繍の金糸とそろえたような、絹糸みたいに軽やかにたゆたう輝く金髪。お人形のように整った可愛らしい顔に、形の良いライトブルーの瞳。


 絶対この子だ。


 間違いない、というか間違いようがないぐらいに目立ってる。

 オグレス=ガルズの貴族街、通称シティにいる貴族をさらにグレードアップしたような雰囲気が浮きに浮きまくってるし、何よりその横に居るのが周囲を威圧しまくってる。


 居るのは、青白い半透明の光の獅子だ。


 額の一部にだけ付いているアクセサリか何か以外は全て魔力で構成される体、魔術具から顕現したいわゆる“従魔”の特徴なんだけど、それが全身に及ぶとなるとこの子の魔力量は一流どころ顔負けってことだ。

 しかも大型の獅子ってことは、魔術具の素材になった魔獣はS級の魔獅子、通称“ネメア”。

 あらゆる攻撃に尋常じゃない抵抗力を示す超タフな重戦車で、異名持ちの傭兵パーティーでもなければ逃亡一択の巨大魔獣。さすがにずいぶんスケールダウンしているとはいえ、全身顕現である以上は能力は完全再現されているはず。


 不撓不屈ふとうふくつの化身が高らかに吠え、空気が震えた。


「この子は有能な護衛ですわよ? 私に危害を成す者には容赦しない――ね、メネ?」


 半透明の毛並みを愛しそうになでる女の子。

 どうも彼女はチビの僕よりも小さそうな感じがする――というか小っさいなホントに――故に横にいる従魔がさらに大きく見える……んだけど、予想外の可愛い愛称に調子が狂う。


 が、それは野次馬たる僕たちの話で、不幸にして絡んじゃったゴロツキ達は冷や汗ダラッダラだ。


「いやいやいやいや、冗談、冗談だって」


「こう、場を和ませるためのスキンシップってな」


「そうそう、かるーい、なあ?」


 必死の弁明。そりゃあこの街なら通常とっくにお陀仏なのに、まだ死んでないんだから必死にもなるだろう。もしかしたら九死に一生拾えるかもしれない瀬戸際なんだから。


 でも、残念なことに9.5死になったらしい。



(続く)

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