プロローグ(3)

 その一言に合わせて、エリーとエアザットを包むように光の柱が現れた。

 エリーの下方、床に4つ小さな杭のようなものが打ち込まれていて、それを頂点として光が立ち上っている。

 魔法陣がかき消され、振り返るエリーの動きがぎこちなくなり、エアザットに至っては刀を構えたまま停止し落下し始めた。

 視線を戻しながらエリーが軽く呻く。


「……このための目眩ましか!」


 斬撃の中に紛れてグレンが床に撃ち込んだのはエアザット開発者自身の手による特製の結界針だ。

 紡がれる空間内から外へ一切の魔力を放出させ、かつ空間内の魔力制御を阻害する効果がある。

 “一切の”とは言葉通りの一切合切、故にエアザットも行動不能になったのだ。


「この思い、受け止めてくれるかな?」


「こちらにも選ぶ権利はあると思うんだがね?」


 自由落下するエアザットからかかるグレンの声に、エリーがにやりと笑って返す。

 一瞬エリーの魔力が爆発的に膨れ上がり、次の瞬間、結界針が4つともガラスが弾けるように砕けた。

 そして、その涼やかな音色を合図に、二人が弾けるように動き出す。


「行くぞ!」


「来い!」


 自由落下からそのまま推進力全開で突進するグレン。

 眼前に巨大な鉄球のごとき魔力の塊を作り出すエリー。


「“弧影こえい 双月そうげつかさね”!!」


超重力塊abyss maker!!」


 交差する両雄、炸裂する轟爆。

 グレンの奇襲には曲がりなりにも耐えた玉座の間が、いやその向こうまでが吹っ飛ばされた。

 粉塵にまみれる、半壊された城。その埃の靄の中からは、さすがに巨大な人影の方が先に姿を現した。

 特製の装甲とはいえども許容量を大幅に上回ったのだろう、欠けやひび割れだらけのその有様は、まるで数年酷使したかのようだ。刀などもう根本からへし折れている。

 それでも、仮にも五体満足であるあたり、エリーに比べれば無傷と言っても良いぐらいだ。

 続いて現れたエリーは、もう人の形とも言えない有様だった。頭と左肩、そして左腕しか残っていない。ちなみに頭も右側頭部を少々削られているので無事とは言い難かった。

 そんな貌でも、悪魔は何も変わらない。


「ちょおっとだけ遅かったか。私もなまってたね、合わせられると思ったんだけどなあ」


 ダンスでパートナーとタイミングが合わなかったとかじゃないんだがな、とグレンは胸の内で呆れた。

 人間とか魔獣とか関係なく、常識的には死体もしくは瀕死以外の何者でもないはずの貌で、まるでステップに失敗したみたいに苦笑するエリー。


「それにしても、実の刃と風の刃を同時に、私に当てる瞬間に重ねるなんて、いったいどうやったんだい? どちらも君が出会い頭に撃ち込んできた剣戟と同等だったよ? 君の渾身の一刀、マルチタスクで実行できる技じゃないだろうに。実は君は二人いるのかな?」


 朗らかに楽しげに語るエリー。

 そのほぼ死体の悪魔を前に、それでもグレンは動かずにいた。

 絶好のチャンスにも、とどめを刺すだけにも見えるというのに。


 ――それなのに、弱った気配が全く感じられないのだ。


 軽く肩をすくめて見せて、グレンが答える。


「合わせてくれる風姫がここに居るんでね」


 機を窺うつもりで相手に合わせたグレンの返し、しかし、これまで続いていた軽口の叩き合いが、このときは起きなかった。


「……風姫? それは、そこにシルフィードがいる、ということか?」


 その声に、グレンは即答出来なかった。

 打って変わって冷静な、機械的と言っても良い平坦な口調だった。

 グレンの背筋を冷や汗が伝う。


「……ああ、そうだ」


「証明したまえ」


 グレンの低い声に、すぐさまエリーが事務的に被せてきた。

 証明と言われても、と困惑するグレンの頭の中に鈴の音のような声が響く。


「……って本当か、フィー!? それは……いや、そう伝えればいいんだな?」


 端から見れば完全に一人芝居だが、グレンと同化しているフィーことシルフィードが実際に言葉を発することはあまりない。

 たいていはグレンの頭の中にダイレクトに言葉を響かせるのだ。

 エリーは瞬きもせず待っている。

 グレンは改めてエリーへと視線を向けた。


「『10番目の問いの答えは、共にあろうとする意志です。お母様』だそうだ」


 伝言を伝えながら、グレンの口調には怪訝さが如実に表れていた。

 それはそうだろう、風姫こと風の善霊シルフィードは風を司る神グレイアムの権能が形を取ったものとされている。

 悪魔の力が形を取ったものは悪霊のはず、なのに、その善霊本人が悪魔を母と呼んだのだ。

 常識を真っ向から否定されたグレンを前に、母と呼ばれた悪魔は目を見開き、ゆっくりと相好を崩し始めた。


「……素晴らしい。素晴らしいっ、実に素晴らしい! その答えの正否は問題ではない、人造の疑似生命体が自ら思索し選び取ったということが素晴らしいのだよ!」


 狂気的ともとれそうな笑顔を弾けさせるエリー。

 グレンには何のことだか皆目見当がつかず、しかし、そんなことにはお構いなしにエリーは独り納得して、そして天を仰ぎ見た。


「今日は何と佳き日だろう、遙か昔に送り出した子の一人が、帰ってきて成果を示して見せた……嬉しいね、これは嬉しい、こんな感慨は本当に久し振りだ」


 そしてグレンへと向き直った。

 少し削れたままの顔に満面の笑みが浮かぶ。


「その子は君と共にあろうとしている訳だね? 答えにたどり着いたのは君のおかげでもあるのかな? ならば心より御礼申し上げよう。敬意と感謝のしるしに、以降は全霊を以てお相手する」


 その言葉が終わるや否や、頭と肩と腕しか無かったエリーに、一瞬で体が生えた。

 削れた顔も元通りの美貌となり、全身に幾何学的な模様が何重にも浮かび上がる。

 あふれ出す魔力の余波をかわすかのように、グレンのエアザットが距離をとった。


「さあ、生命維持優先モードはオフだ。今の私は削りきればちゃんと死ぬよ。それが君の立場では最良の報酬だろう? ただし、その分が攻撃にまわるのには十分留意したまえ」


 へし折れた刀を捨て、背から射出された刀を取り構えるエアザット。

 これで、最後の1本。


「さぁラストダンスだ、楽しもうグレン君」


「ならば取って置きの剣舞、存分に味わえ」


 エリーの周囲、頭上を頂点とし4カ所に、三角錐の頂点に超重力塊が出現。さらに被せるように、一回り大きい三角錐も出現。

 それらの引力に引きずられ、内側の面と外側の面に挟まれた隙間で、引き裂かれるように見えない何かが歪み始める。


 青眼に構え直したエアザットの刀の周囲に風刃が6つ出現。ただし斬撃ではなく刃として、精緻に、安定的に浮いている。


 エリーの周囲の歪みが弾ける。

 エアザットの合計7つの刃が閃く。


臨界突破abyss breaker!!」


「“弧影こえい 止水しすい三日月みかづき七枝刀ななつさやのたち”!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る