プロローグ(2)

 調子は変わらず、しかし、その芯にはごまかしを許さない真剣さを据えた悪魔の問い。

 若干の間を緊張をもって沈黙したが、グレンも調子を変えずに応じる。


「記憶だけの方さ。残念ながら肉体はこの世界の純正品だよ」


 言葉回しはやや自嘲的ともとれるが、口調自体に含んだものは感じられない。事実、鬱屈したものはもうグレンの中ではそれなりに片づけられている。

 が、存外に、悪魔の方が苦虫を噛み潰したように口を歪めた。


「『残念ながら』か。君たちの社会は未だに転生者を虐げているようだね。全く、自分たちの勝手で異世界から召喚しようとしといて、肉体ごとの転移に失敗したからといって打ち捨てる。その辺りは1000年経っても見事に進歩していないとは、いっそ清々しいね」


 思いの外はっきりと表される嫌悪感に、グレンの方が面食らった。

 が、しかし。


「よくご存じで。そしてお説ごもっとも――だが」


「ふむ、それはそれとして、『これも仕事』かな?」


 グレンの言葉の続きを、エリーが引き取った。


「話が早くて助かる」


「何、こちらこそ願ったり叶ったりさ。何しろこの数百年、ずうっと退屈していたんでね。むしろこちらからお願いしたいところなんだよ」


 朗らかに微笑むエリー。しかし、それとは裏腹に、半分斬られた体に莫大な魔力が膨れ上がってくる。

 刀に走るひび。息吐く間もなく刀身全てがひび割れる。


「簡単に終わってくれるなよ? グレン君」


「善処しよう」


 その一言と同時に、エアザットの両肩の装甲が跳ね上がる。開いた中の魔術陣が微塵の遅滞もなく閃光を噴く。

 灼熱の赤い熱線が2本、エリーを飲み込んだ。

 刹那遅れて響く轟音と衝撃。玉座の間の壁を砕き貫いて蹂躙するその反動で後ろへ飛び退きつつ、グレンは砕けた刀を捨てる。

 その動きに合わせて予備の刀が背から射出、即座に手にとって構えた。

 元々、奇襲での弧影こえい 三日月みかづきに鋳物の刀身が耐え切れるとは思っていなかった。故に予備を背中に外付けしてあった。

 これで、残り2本。

 ゼロ距離からエリーに打ち込まれたのは炎系遠距離攻撃魔術具“炎竜の咆哮”。城や砦に据え置いて複数名で使用し、巨大魔獣や、魔獣のスタンピードを迎撃することに用いられる代物だ。しかもエアザット開発陣謹製、最高品質の逸品である。

 つまりは、城塞の大砲を2門ぶっ放したわけだ。極良品のを、接触状態で。

 それでどの程度効くのか――グレンの意識はその一点に集中していた。

 聞こえてきた声は、長閑だった。


「うーん、これは一体どういうことなのかな?」


 被害状況に変化無し、どころか斬った傷が順調に回復しつつある。

 エリーにとってはただのインターバルに過ぎないようだった。


「魔力の増幅や出力といった基幹システムに比べて、今のはあまりにもお粗末すぎる。数世代分の溝がある新旧の技術が混在しているね。基幹システムの技術レベルならこれぐらいは出来るはずだんだけれどな」


 軽く服をはたきながら、不思議そうに小首を傾げるエリー。

 ただそれだけなのに、その瞬間、グレンは猛烈な悪寒を感じる。

 エアザットの出力全開、ありったけの魔力を防壁展開と横への回避運動へ注ぎ込む。


 絨毯のパターンのような模様が宙に浮かぶ。

 同時に閃く白色の熱線。


 エアザットの、グレンの居た位置を貫き、その後ろの壁を貫き、悪魔の城を貫き通して夜空に白い軌跡が走った。

 瞬時に壁が高熱で溶けた。まるで熱した鉄串を突き刺されたバターのように。

 全力で張った防壁は触れてもいないのに高熱で焼き切れていた。

 明らかに炎竜の咆哮の上位互換。何の予備動作も溜めも無くあっさりと上回ってきたことに、さすがのグレンも驚きを隠せなかった。

 しかも魔術具無しで、ときた。

 見たこともない、模様のようなパターン。おそらくは、あれは悪魔の用いる魔術陣なのだろう。グレンが一度だけ見たことがある、秘術として保存されている魔術陣とはまるで別物だが、それが最も現実的な解答だ。


 ――なのだが、規模が異常だ。


 悪魔は魔術具を必要としない、かつ威力の次元が違う“魔法”を操ると伝えられてきたが、どうやら誇張は一切無かったようだ。


 受けに回ったら瞬殺確定である。


 回避運動から止まらず、いや、さらに加速して玉座の間を飛び回るグレン。

 ただ、“飛び回る”というよりは、10体を超えるエアザットがあちらこちらと陽炎のように現れては消えるように見える。


「おっ? まだ速度が上がるのか、突入してきた時は力を抑えてたんだね。魔力回路を描くこともなく空気操作が発動しているあたり、鍛錬とかで魔力回路を体得したタイプかな? 発動も速く練度も高い、そしてこの高出力。君自身の魔力量も人間の域を超えていそうだね。しかし、高速移動だけではこうはいかない。これは根本は体術、独特の歩法なのかな?」


 また機嫌が良さげに戻ったエリーが興味深そうに眼前を見渡す。

 どうにも、目前の出し物を楽しむ雰囲気なのが癪に障るところだが、興味を引いている限りはグレンのターンだ。

 出し惜しみをしている場合ではない。

 続けざまに放たれる、無数の風の刃。

 無尽蔵とすら思える刃が部屋中の床を、壁を、天井を、容赦なく削りまくる。

 その渦中で、エリーは一人納得するかのようにうなずいていた。


「そうそう、これが君の本領だね。一撃一撃が十分に重く鋭い。そしてこの数、積み重ねた修練が見えるようだ」


 嫌みのない純粋な賞賛だが、グレンにしてみればやはり喜べたものではない。その風刃の連撃は結局エリーに届いていないのだ。

 通じない技を誉められても意味はない。

 が、通じないのはグレンにとっては想定通り。

 そしてそれはエリーにとっても同様だった。


「さて、目眩ましとしては十二分に効果的だけれど、次は何を持ってくるのかな?」


 エリーが楽しげに口の端を上げるのと同時に、エリーの頭上にエアザットが出現する。

 予想通りと言わんばかりに仰ぎ見るエリー。

 悪魔の魔術陣、いや魔法陣が宙に描かれる。


「真っ向勝負かい?」


「そんな度胸はないさ」

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