1 城塞都市オグレス=ガルズへの来訪(3)

「ただいまー」


「戻ったよ」


 僕の声に合わせるように続けられたグレンさんの一言、それに後押しされるようにして玄関の扉を開けると、開けたすぐそこに立っていたリネット姉とはち合わせる形になった。


「おかえりカイル。グレン殿もお帰りなさいませ」


 ほんのわずかに微笑んで――いるのが分かるには相応の年月が必要な程度には分かりづらい笑顔で――迎えてくれるリネット姉。


 グレンさんと似たような男物っぽい黒服に濃紺のショートヘア、ハスキーボイスに切れ長の目。

 普段からして無駄口無し愛想笑い無しなので、コワいお兄さんに見られないのは、もう美形の特権としか言いようがない。

 男装の麗人というよりもまんまイケメンにしか見えない黒服の下は、表面は軽装でも実は身体強化系の魔術具でガッチガチに固めてあり、刀を持っている限りは常に臨戦態勢だったりする。


 リネット姉がその気になれば、次の瞬間には僕の首は飛んでいるだろう。


 抜き手も見えず、斬られたことも気付かないうちに。いや、微動だにしなければ、もしかしたらすぐには首も落ちないかも。

 オグレス=ガルズ傭兵ギルド5強の一角、“死神の刃グリム・リーパー”の二つ名は伊達じゃない。


 そのイケメンもとい“死神の刃グリム・リーパー”から、微かに漂っていた柔和さが消えた。

 微塵も混じりっ気無く厳しい顔が向く先は、僕とグレンさんの後ろだ。


「こちらが、今のグレンさんのお住まいですの?」


 グレンさんの背後からのぞき込むように訊くニコラお嬢様の、その視線が傭兵ギルドトップランカーとかち合う。


「……ッ」


 お嬢様の息が詰まる。

 無理もない、出会い頭にぶつかる視線としては折り紙付きのインパクトのはずだ。気の弱い人なら気絶しても不思議じゃない、ではなく実際6人は気絶したことがある。


 ただ、いつもなら一方的な蹂躙じゅうりんになる――そのつもりが全く無くてもKOしてしまうんでリネット姉は内心凹んでいる――けれど、今回は互角の相手がさらに後ろに続いていた。


 ニコラお嬢様の背後、セシル騎士の目がバッチリ開いてるっ。


 素の状態でも撃墜スコアを持つリネット姉と、ほぼ魔獣に睨まれているのと変わらないセシル騎士の睨み合い……。


 イ、イタタタタタ痛イッ! 空気痛い! 冷たい!


 仕えるお嬢様を威圧されたと思ってやり返しているのかもしれないけれど、リネット姉は、まあ確かに気に入らないとは思ってるだろうけれど、威圧してるつもりは無いから、むしろケンカを売られたと思ってるぞコレ!

 つまり、お互いに売られたケンカを買ってるつもりの、引っ込みつかないやつだ!


 両者、無言……っ。


 じりっ、とリネット姉の左足がにじり下がる。

 じりっ、とセシル騎士がニコラお嬢様の前へとつま先を進める。


 割り込む長身の影。


「居候させてもらってるんだよ」


 ニコラお嬢様に応えるように話すグレンさん。張りつめた空気など意にも介さず飄々ひょうひょうと、といった感じで、でもリネット姉もセシル騎士も刺激しない程度に、二人の視界を遮らないで滑り込む位置取り。


「そ、そうなんですの?」


 緊迫した空気から息継ぎしたみたいに、ホッとした声を出すニコラお嬢様。

 つられて僕も大きく一息。どうやらお嬢様は普通にお嬢様で、実は歴戦の武人とかいう裏設定は無いみたいだ。何となくホッとした。


 最後尾にいた、つまりセシル騎士の後に続いていたマクファーレン騎士が、セシル騎士の肩に手を置く。ちらりとそちらへ目を向けてから、セシル騎士が剣気を納めて剣の柄から手を離し――


 ――って、抜く直前だったの? 見ればリネット姉も刀の鯉口を切ってるし!

 冗談抜きで一触即発だった、あっぶねえ。


 一応、両者ともに矛を収めたものの、まだ残る緊張感。リネット姉とセシル騎士の無言の牽制合戦は水面下で継続中……って、僕が気づいている時点で水面下でも何でもないよね。

 奇妙に影の薄いマクファーレン騎士からも、そこはかとなく困惑した気配が見えなくも……あ、何となくこのお方の表情が分かるようになってきたかも? もしかして、それ、困った顔なんですね?


 居心地悪い感じ。そこに、救いの声が僕らの耳に届いてきた。


「あらあらぁ、二人が帰ってきたのかしら? 姉さん?」


 玄関の向こう、自身の声に手を引かれるようにドアから追っ付け現れる雰囲気の柔軟剤、もといこの場の救世主ライラ姉。


 無邪気な、ひょいっと顔をのぞかせるような軽やかな動きなのに、不思議と優雅というか、おっとりとした印象がある。

 表皮表情装飾装備所作佇まい雰囲気まで、つまりは外面は総じて鋭いリネット姉をまんま反転させたかのような女性、それがライラ姉だ。

 リネット姉の双子の妹とは思えない――と言うとライラ姉から一晩お説教コース(※リネット姉がいかに素敵な女性であるかを朝まで滔々とうとうと語られる)を頂くことになるので間違っても口には出せない――ほど、とにかく柔和な印象。

 少し垂れ目気味な目元は柔らかく、唇も少しふっくらとして、頬のラインも眉も、まあとにかく直線が無い。姉妹で共通の濃紺の髪も、ライラ姉の長髪は波打つように、ふわりふわりと柔らかく揺れる。


「グレンさん、カイル、お帰りなさい」


「ああ、ただいま」


「た、ただいまライラ姉」


「ん~? どうしたの、ひきつった顔して?」


 僕と目線を合わせるように少しだけかがんで、ライラ姉が少し首を傾げる。

 それから後ろの3人に気付いて、「ああ、グレンさんの仰っていたお客様ですね?」と手を打ってから、藍色のロングスカートの裾を軽く摘まむ。


「ライラと申します」


 簡素ながらも美しく、優雅ながらも自然体で、さらりと一礼するライラ姉。

 毒気抜きとして抜群の微笑みとのコンボで、実は毒気どころか骨抜きになった方々は数知れなかったりする。


 その上、さらに連続コンボ追加。


「ミ?」


 ライラ姉の髪の毛の中から小さな、手のひらに乗りそうなサイズの子が顔を出した。

 それに合わせるように、ライラ姉の背後から小さな、こちらは普通にちっちゃな子が無言で顔を出す。

 手乗りサイズの子は人懐っこそうに、ちっちゃな子は人見知りしながらおずおずと。


「あら! 可愛いっ!」


 思わず黄色い声となったニコラお嬢様。

 ええ、ええ、そうでしょうとも、この2匹を初めて見た女の子はみんな同じ反応をしますので。


「この子はアルラウネのあーちゃん、この子はアラクネーのくーちゃんです」


ライラ姉が頭上のちびっ子ことアルラウネを指で撫でながらにこにこと笑うと、アルラウネが前へ進もうともぞもぞする。ライラ姉が「ん? ご挨拶したいの?」と水をすくうように手を広げると、そこへぴょこんと飛び降りて、ライラ姉の真似をするようにお辞儀をした。


「かーわーいーいーっ!!」


 今日イチの弾む声を受けて、調子に乗りやすいアルラウネが思いっきりドヤ顔を決めた。

 興味津々と伸ばされたニコラお嬢様の指先へ、自分から頭をすり付けていく。


 ぎくしゃくしていたニコラお嬢様周辺の空気が心底ほんわかとなった。



(続く)

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