最終話 眷族のお仕事


「……………………小鶴井こづるい様。…………小鶴井こづるい様」

 なんだか女性の声が聞こえる。


 どうやら俺は眠っていたようだ。

 俺がまぶたを開けるとそこには——


「おはようございます、小鶴井こづるい様。ご気分はいかがですか」

 目の前にはカワイイ女の子の顔があった。

 頭には不思議なツノが生えている。


 そうだ、確かこの子は夢魔むまのサキュバスって言ってたな。




 俺は1時間ほど前、営業先でヘマをやらかしたんだ。

 それで、なんとなく会社に戻りにくかったんで、この辺りをブラブラ歩いてたんだ。

 そんな時、このカワいいサキュバスさんと出会って、フラフラとこのお店の中までついて行ったんだ。



小鶴井こづるい様、いかかでしたか? 私がご提供致しました『デキル男』の夢は?」

「ええ、とても素晴らしかったですよ。なんだか本当に自分が敏腕コンサルタントになった気分でしたよ」


「そう言っていただけて、ホッと致しました。私は別名『淫魔』のサキュバスですので、エッチな夢をご提供するのは得意なのですが……」


 リクエストする夢の内容を問われた時、俺は『仕事がデキル男』の夢を見せて欲しいとお願いしたのだ。仕事で失敗した直後だったんで、なんだかエッチな夢を見る気分じゃなかったんだよね。



「いえいえ、本当に気分が良いです。今ならなんだって出来るような気がしますよ」

「そうですか。そう言っていただけて、私も嬉しいです。それでは受付へどうぞ」

 俺はベッドから起き上がり、サキュバスさんに連れられて受付へ向かった。



「本日は初めてのご利用ですので、『初回無料サービス』を適応させていただきます」

 あっ、やっぱり『初回無料サービス』は実施してたんだ。


「こちらのサービス券をお渡ししておきますので、次回ご利用の際にはこちらのサービス券をご提示くださいませ」


 サービス券にはこう書かれていた。


『あなたの “おやすみ” 全力でサポートします!


 新感覚リラクゼーションルーム “ムマムマ夢魔の館”


 次回利用時 2割引券』


 次回は2割引なのか。よく考えてるな。ひょっとして、本当に敏腕経営コンサルタントと契約してたりして?

 でもネーミングセンスは皆無だな。これじゃあ、労基局の人が来る前に、風営法担当の刑事さんが来ると思うぞ?


「またのお越しをお待ちしております」

 そう言って、受付付近でにこやかに挨拶してきたのは、ツノの生えた男性だった。

 あっ、この人たぶん亜隈出あくまで しょうさんだ。

 実在の人物…… いや悪魔だったんだな。

 顔は笑ってるのに、メチャクチャ怖いんですけど……


 俺は店の出口へと向かう。

 いやあ、本当に良い夢を見せてもらったもんだ。

 でも…… いくら良い夢を見たって、現実の俺はダメダメサラリーマンなんだよな……

 会社に戻りたくないな……


 そんなことを考えながら店の外に出ると——


 店の前には、なにやら楽しげなポスターが貼ってあった。

 カワいいサキュバスの女の子たちが、キャピキャピした様子ではしゃいでいる画像が貼り付けられている。


 本文を読むと——



『私たちと一緒に働いてくれる方を募集しています!


 待遇 : 1日1回、素敵な『夢』を提供します。


 お客様に提供するサービスと同質の『夢』が、毎日あなたのものに!』


「へえ、良いんじゃないか」

 毎日こんな気分が味わえるなら、いっそ転職するのも良いんじゃないか?

 たとえ夢でも、毎日こんな楽しい気分が味わえるなら、それはそれでいいんじゃないか?



 期待しながら続きを読む。すると——





『業務内容 : 眷族けんぞく


 ……おい、眷族は業務じゃないだろ? それに職種でもないぞ?



 その続きには——


『誰にでも出来る、簡単なお仕事です。ぜんぜん痛くないですよ!』


 ……おい、文章がおかしいだろ? いったい何をするつもりだよ。



 更に続きを読むと——


『賃金・労働時間等 : 要相談

 好きな時間に好きなだけ働けます!』


 賃金については記載しないのか……

 やっぱり眷族けんぞくには、給料を払わないつもりなんだな……



 そして最後には——


『まずは気軽にご連絡下さい!

 採用担当 : 亜隈出 翔(あくまで・しょう) 』



「ふぅ……」

 俺は大きく息を吐いた。そして——


「やっぱり人生、夢ばっかり見てないで堅実に生きるのが一番だな」

 俺は自分に向かって、そう言い聞かせた。


 そして俺は会社に戻って、ちゃんと謝ることにした。

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『眷族』は職業に入りますか? 大橋 仰 @oohashi_wataru

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