探偵にはなれない

野菜生活

プロローグ

これが君がこの写真部に入部した理由だ」

声を荒げるでもなく、かといって誇ることもなく僕は淡々と目の前の女の子に真実を告げた。彼女はその形のいい唇を戦慄かせ何か言い返したそうにしていたが結局彼女の芯の強い凛とした声が聞けることはなかった。少子高齢化の影響で後館のもう使われていない教室を部室の一つとして当てがわれた写真部の部室には中央に置かれた長机と僕と彼女が使っている椅子、そしてもう使われなくなって久しいにも関わらず未だ誰も片付けることのできていない机と椅子のセットが未練がましく置かれているだけだった。彼女はしばらく目を伏せ、俯き年頃の女子らしくかなり短く上げたスカートの裾を握りしめていたが意を決したように顔を上げると真っ直ぐに僕の目を見返してきた。

「幻滅した?」

「別に幻滅するほど君に期待した覚えはない。強いていうならばこの世に完璧な人間などいないことを知れて良かったくらいかな」

そうか、君らしいね。そういって苦笑する彼女の顔はただただ悲しそうだった。彼女はうーんと1つ伸びをしたあと陽気にくるりと回ってみせた。

じゃあね、もうここには来ないよ。最後に僕には一度も向けたことのない100点満点のテンプレートに当てはめたような笑顔を残して戸口の方へ歩いて行った。埋め込み式の取手に手をかける直前少し彼女は躊躇したように見えたがさらに何かを言うわけでもなく古く建て付けの悪くなった引き戸をガラガラと大きな音を立てながら開け、黙って立ち去った。もうすぐ海の中へと沈む太陽の熱さがただ彼女の悲しそうな背中を見送ることしか出来なかった僕を責めているようだった。

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探偵にはなれない 野菜生活 @sakunori

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