第2話

 翌朝トロポットが目を覚ますと、暖炉の前でリスとハリネズミと、ウサギとタヌキと、熊と山男が丸くなって眠っておりました。そうして昼になっても夜になっても目を覚ましませんでした。

 トロポットはみんなのために一日中、暖炉の火を静かに灯し続け、いつ誰が目を覚ましても大丈夫なように毎日パンを焼いて、いつでもスープを温めなおせるようにしていました。

 リスとハリネズミは八日目の昼にいちど目を覚まして食卓につき、

「またホウレン草のパンだね」

 と言いながら、スープもおかわりして食べました。

 トロポットはちょっぴり期待して、それとなく星占いの本をテーブルの上に置いてみたのですが、ふたりとも眠そうに目をこするばっかりで、まるで興味を持ちませんでした。

「トロポット、君、ゆうべもよい子のララバイを歌ったろう」

「それも一番だけでなく、二番まで」

 ふたりはそう怒鳴って、またすぐに眠ってしまいました。

 ウサギやタヌキもときどき目を覚ましては

パンやスープを食べ、おいしいとか、まあまあだとか言って、春先のタンポポのサラダが待ち遠しいだの、夜中にどこからか下手くそな歌が聞こえるだの、暖炉の火がまぶしいだのと言いました。

 山男はずいぶんと遠慮がちでしたけれど、それでも目が覚めるたびに、切り株ほどの大きなパンと、イチゴジャムを一瓶と、大根のおでんをお鍋ひとつ分ペロリと平らげました。

 熊は、死んだように眠ったままです。

 そうしてトロポットは朝から晩までみんなのお世話をしてやり、空いた時間を見つけると、ひとりでトランプをしたり、星を眺めたり、自分にも聞こえないくらいの小さな小さな声で、よい子のララバイを歌ったりしました。


 ある朝、トロポットが薪を取りに外へ出てみると、やわらかな朝日と一緒に鐘の音が、

「パンパカパーン!」

 と近付いてくるのがわかりました。

 その音が触れるごとに大地はふるえ、氷がはじけ、草木が芽吹きます。

 パンパカパーン!

 パンパカパーン!

 パンパカパンパンパーン!

 トロポットにも、そしてみんなにもわかりました。

「トロポット、春が来たのかい」

 家の中で声がしました。

 大きなあくびも聞こえました。熊かもしれません。

「ねえ、トロポット。みんながいっぺんに目を覚ましちゃったら、パンが足りないんじゃないのかい。熊や山男なんて、人の何倍も食べるんだぜ」

 リスが文句を言いました。

「君たちは先にお食べ。僕すぐに大きいパンを焼くよ。スープも温めるよ」

 トロポットは暖炉に最後の薪をくべると、急いで台所に立ちました。

「まさか、またホウレン草のパンじゃないだろうね。ぼく、あきちゃった」

「トロポット、ブルーベリーのパイはないのかい。タンポポのサラダは」

「トロポット、食事の前にお風呂をわかしておくれ。毛並みを整えなくっちゃ」

「だめだめ、トロポット。よい子のララバイだなんて、本当によい子はそんなのは歌わないものさ」

「トロポット、ぼくの靴下がかたいっぽないよ。どうして手袋は3つもあるの」

「ああ、腹がへった。トロポットでもなんでもいいから丸飲みしたい気分だよ」

 春先の生き物たちときたら、なんてワガママなんでしょう。

「ねえ、トロポット」

「おーい、トロポット」

「トロポットったら!」

 トロポットはてんてこ舞い。「ひゃあ」と小さく叫び声をあげると、顔を真っ赤にしてふり向き、ついに怒鳴りました。

「みんないっぺんに冬眠から目覚めるんだもの、春ってなんて素晴らしいんだろう!」

 トロポットは本当にお人好しなんです。



【トロポットはお人好し・完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トロポットはお人好し イネ @ine-bymyself

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る