トロポットはお人好し

イネ

第1話

 冬が始まりました。

 トロポットはやせっぽちで体も小さく、そのうえこの寒さの中を朝から山へ行って、薪を集めたものですから、すっかり凍えてしまいました。

 けれども薪なんて、秋に集めた分がすっかり納屋に積んであるのです。それなのに、トロポットはどうにも落ち着きません。

 冬は孤独な季節です。

 ひとりぼっちが嫌で、つい雪山へ飛び出してしまったけれど、友人にばったり出会えるわけでもなし、雪で湿った棒切れをいくつか拾っただけで、なんだか余計にさみしさが増してしまったような気がするのです。

「さあ、うちへ帰って暖炉に火を入れよう。それからスープを温めなおして、きのう焼いたホウレン草のパンをひたして食べるよ。僕には趣味だってたくさんあるんじゃないか。本を読んだり、星を眺めたり、魚釣りの仕掛けを作ったり。そして眠る前には、自分のためによい子のララバイを歌うんだ。ひとりきりだって、楽しくやれるさ」

 そんなことを考えて、ようやく帰ってきたのです。


 ところが暖炉の前には先客がおりました。

「おかえりトロポット。ずいぶん待ったよ」

 トロポットはおどろいて、あいさつするのも忘れて叫びました。

「誰だい」

「ぼくだよ。けやきに住むリスだよ。夏にはふたりして川へ泳ぎに行ったじゃないか」

「やあ、リスくん。けれども君、冬眠したんじゃなかったの」

「冬眠なんて、やめやめ。この寒さじゃ眠っていられないよ。さあ、ずいぶん待っていたんだから、はやく暖炉に火を入れておくれ」

 そう言ってリスが、まだ真っ暗な暖炉に向かって両手をかざすものですから、トロポットはあわてて松ヤニを取り出して、マッチをシュポッとすりました。まばゆい炎がぼおっと広がると、「ひゅう」リスはため息みたいな下手くそな口笛を吹いて言いました。

「どんどん薪をくべておくれ。冬の間、絶対に火を絶やしてはいけないよ。ぼく凍えちゃうから」

 生き物というのは冬の間、ずいぶん自分勝手になります。きびしい寒さを生きのびるのに一生懸命で、他人のものは平気で盗みますし、誰かに親切にしてもらっても、ありがとうも言いません。誰かが凍えても、自分が凍えなければそれでいいのです。

 それにトロポットは、そんなことちっとも気にしやしません。

「僕、すぐに納屋から薪を運んでこよう」

 自分の凍えた指先に「ほう」と息を吹きかけて、薪を取りに出たトロポットは、実際、ほほえんでいるのでした。春まで会えないと思っていた友人が訪ねて来てくれて、うれしくてたまらなかったのです。

「きのう焼いたホウレン草のパン、まだふたり分くらい残っているかしら」

 トロポットは両腕に薪をたくさん抱えて家の中に戻りました。すると暖炉の前ですっかりくつろいでリスは、誰かと楽しそうにおしゃべりをしております。

「おや、誰だろう」

「ぼくだよ。裏庭のハリネズミ」

「やあ、君か。君も今年は冬眠しないだなんて、にぎやかな冬になるね」

 トロポットは喜んで友人をむかえました。

 それから戸棚の中をこっそり調べてみますと、ホウレン草のパンがちょうどふたり分だけ残っていましたから、それをリスとハリネズミとに食べさせてやりました。

「トロポット、君は食べないのかい」

「僕は今夜はもう胸がいっぱいだもの」

 三人は楽しく食卓を囲んで、冬の間なにをして過ごそうかと話し合いました。名前当てクイズや、星占いや、詩の朗読や、ヒミツを打ち明けあうのも素敵です。

 ところが、食事を終えていくらもたたないうちに、リスが言いました。

「トロポット、君のまくらを借りてもいい」

 ハリネズミも言いました。

「じゃ、ぼくは毛布を借りるよ」

 そうしてふたりは暖炉の前に心地の良い寝床をこしらえると、丸まって、ぐうぐう眠りだしてしまいました。暖かい部屋でお腹も満たされると、すっかり気持ちが落ち着いて、やっぱり冬眠せずにはいられないのです。

 トロポットはがっかり。

 せっかく三人で楽しい冬が過ごせると思ったのに、星占いもクイズも詩の朗読も、みんなおあずけです。

「そうだトロポット。言い忘れていたよ」

 リスが片目を開けて言いました。

「ぼくらが寝ている間は静かにしておいておくれよ。よい子のララバイなんか歌ったら、承知しないぞ」

 外では雪が、音もなく降り続いているらしいのです。

「長い冬になるだろうか」

 トロポットはそうつぶやくと、部屋の隅へ行って小さな小さな声で、よい子のララバイを一番だけ歌いました。



【つづく】

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