第10話 山田太郎と未来
山田太郎は、未来の地球人で、私を殺す?
嘘とか冗談だと思いたかった。けれど、山田太郎の目は真実だと言っていた。
うるさいほど速く大きな鼓動が全身を揺らす。嫌な汗が吹き出て、唇は震えが止まらない。握られているのは手首なのに、核を掴まれている感覚がした。
もしかして私を攻撃していたのは他の生命体ではなく、山田太郎だった?
「わ、私を殺すの?」
「そのつもりなら、もうしてる」
「じゃあ捕まえて売る? それとも実験体にする? 切り刻んで食べる?」
「違うって。おい、暴れんな」
山田太郎が手首を引っ張ってくる。ち、力が強い。瞬間移動できたらすぐに逃げられたのに、地球はできないことが多すぎる。
洗脳術は失敗で地球侵略も失敗、他の生命体の攻撃も待ち構えている。その上、山田太郎も敵で逃げることすらできない。
もう終わりだ、何もかも。
「星乃、泣くなよ」
「泣いてない」
「こんなとこで見栄張んなくても。幼稚園児か」
「張ってない」
「顔ぐちゃぐちゃじゃねえか。ティッシュ、ほら」
山田太郎が私の顔にティッシュを数枚押し付けてきた。まさか、窒息死を狙っている?
「く、苦しい」
「わっ。悪い、ごめんな。泣かれるとか、対応わかんなくて」
謝りだした。なんだ、この地球人。私を殺すのか殺さないのかはっきりしてほしい。
しばらく私が顔をティッシュで拭いている間、山田太郎はキッチンで何やら作業をしていた。時折鼻をすする音とカチャカチャと食器を動かす音がするのみ。二人とも無言だった。
やがて、山田太郎が甘い匂いを放つマグカップを持ってきた。コトンと机に置く。
「星乃、落ち着いた?」
「うん」
「じゃ、ココアでも飲んで、俺の話聞いてくれる?」
「……うん」
山田太郎は優しいからずるい。ココアはちっとも苦くなくて、ひたすら甘くて温かかった。
「洗脳で歴史改ざんされてる部分もあるから、何が史実なのかよくわかってないんだけど」
山田太郎の話は、そう切り出された。
私が砂漠に放置した宇宙船の隠蔽術が、時間経過で解けたこと。そこに残してあった論文や書物がみつかったこと。それらが解読、研究されて地球の技術力が飛躍的に上昇したこと。それにともない、地球人が火星に移住できるようになったこと。
聞いていて、一つの疑問が生まれた。
「私、悪魔と言われるほど悪いことしている?」
「星乃がやったのかは知らないけど、この時代に月が消滅した」
「……あー。それは私かも」
「星乃なのかよ」
地球に降り立つ前、地球の周りをちょこまかと動いていて邪魔だったから、消そうと試みたことがある。
この私は地球の防御力が高くて消せなかったけど、別の世界線の私は消すことに成功したらしい。
そして、どうやら火星に移住した地球人は、地球から脱したことで洗脳が解け、ようやく地球が侵略されていた事実に気付いたという。
そうして数世紀経ち、異星体との交流をし始め、自らを地球人と名乗りだしたとき、地球人たちは地球に帰還してみたくなったのだとか。
「でも、地球に安全に戻るための洗脳防御装置が完成した頃には、地球はすっかり荒廃した星に成り果てて、人が住めるような土地じゃなかった」
「地球がそんなことに……」
「ってことで俺たちは、自分たちの先祖に洗脳をかけ地球を滅ぼした謎の存在を〝地球侵略の悪魔〟と呼んで忌み嫌ってるってわけだ」
な、なんと返せばいいのやら。黙ってマグカップを口につける私の髪を、山田太郎がさらりとすくい取った。
「そん中で、めちゃくちゃ悪魔嫌いに育ったのが俺。電子データで残ってる地球の画像を見る度に、時空移動資格を取ったら悪魔を絶対殺しに行く、つもりだったんだけどなぁー」
殺しに行く。
その言葉を聞いて、私は思わず振り向いた。山田太郎はまつ毛がぶつかる距離にいた。瞬きもせずに、ゆっくり髪ごと私の頬を包む。
ブラックホール、初めて遭遇した。山田太郎の黒い瞳に吸い込まれそう。私はこくりと息を呑んだ。
「星乃。地球侵略なんかやめて、俺と一緒に未来に来いよ」
その囁きはココアよりも、ひどく甘くて。
私を殺しに来た地球人が、私を殺さず未来へご招待、だと。
何を言っているんだ、この地球人。私の頭は大混乱フェスティバルだ。地球人、私の理解の範疇を超えすぎである。
「や、山田太郎、それはどういう……未来って、え?」
「星乃が砂漠に船を残した時点で技術革新が起きる未来は確定してるから、星乃が侵略してもしなくても、他惑星に旅行したり移住したり、時間旅行もできるようになってるよ」
それはさっき聞いた。私が聞きたいのは理由のほうだ。
「だから、なんで」
「星乃にとって良い話じゃね? 家族には会えなくなるけど、惑星旅行でふるさとの惑星には行けると思う。しかも奴隷にならなくて済むし、俺が毎日面倒見てやるし」
「でも、えっと、山田太郎にとっては?」
「地球は滅びない。星乃も一緒についてくる。俺は嬉しい」
山田太郎、にっこりスマイル。私はきょとんハテナになった。気でも狂ったのか、山田太郎よ。
「あなたは、私を殺したいんじゃ……」
「だから殺さねえってば。何回言わせるんだよ」
山田太郎が大きなため息をついて、私から目を逸らした。そのほっぺたはほんのり赤く、照れているように見えた。
「仕方ないだろ、好きになっちゃったんだから」
「……す、き?」
山田太郎が私を?
不意に体の体温が上がっていく。急激な体温上昇。異常事態だ、どうしよう。
私の体が病にかかるなどあり得ない。これは山田太郎からの攻撃に違いないのだ。
「や、山田太郎、攻撃、してる?」
「攻撃? あぁ、最近ドキドキするんだっけ。星乃、それは攻撃じゃなくてさ」
見上げれば、山田太郎と目が合って、私は困った。体がどくんどくんうるさい。
「星乃も、俺のこと好きってことだろ?」
そっと手を握られる。それは確かな重さと熱があって、私は地球の重力に逆らえなかった。
「そ、そうかも……」
山田太郎がフッと笑う。
やっぱり、山田太郎は良い笑顔をする。
結局、私は未来に行くことにした。
山田太郎が小型装置を取り出し、空中にパネルや映像を浮かべて操作を始めた。私の星でもこの星でも見たことがない技術だ。
私、今から未来に行くんだ。
「ねえ、未来に行ったら、私たちはどういう扱いを受ける?」
「俺はただの時空旅行者って体で帰る。星乃はどうだろ。地球侵略してないから、未来ではただの異星人だし」
「ただの異星人」
「俺が旅先で保護した時空迷子ってことにしとくか」
「時空迷子」
「身元不明だからID登録とか色々しないといけないかも」
「ID登録?」
「そのときは、ひとまず俺の家族ってことにするけど、いい?」
「う、うん」
今までに経験のない扱いを受けそうな予感がする。私、未来でやっていけるかな。私はソファーの端でうずくまった。
でも、山田太郎と家族になる、かぁ。なんだか恥ずかしくなる響きだ。
故郷の家族は元気にしているだろうか。地球侵略依頼の前払金があるから不自由はしてないと思う。未来にまで家系が続いていたら、いつかに子孫に会いに行きたい。
未来といえば、山田太郎は未来の人なのに、現代の地球でもよく名前を見かけた。
「そういえば、山田太郎って有名人なの? それとも同じ個体がたくさんいるの?」
「俺のは偽名だな。洗脳術は本名知られてはならないって習ったから」
「そうなんだ」
確か、真名を使うのは伝統的洗脳術だ。包丁が怖くて二度とやらないと決めた術でもある。私、痛いの嫌だから。
地球侵略しないなら、洗脳もしなくていっか。
私は念波を飛ばして地球にかけた洗脳を解いた。元々命令らしい命令もしてなかったから、大多数の地球人にとっては影響ないだろうけど。
山田太郎がピクッと動く。
「星乃、今、なんか飛ばした? 防御装置が変なの検知してる」
「洗脳術を解く念波を送ったの」
「詳細は……うわ、全部エラーって初めて見た」
山田太郎の見ている映像には、エラーの赤字で埋まっていた。
本来なら念波や電波の情報が事細かに出てくるらしい。私の術は複雑な組み立てをしているから解読が難しいのだろう。
それより、何度も私の洗脳念波を受けて平気でいられる山田太郎はどうなっているんだ。
「地球の技術もすごい。私の洗脳が効かないなんて」
「昔の人たちが悪魔対策のために頑張ったからな。太陽系圏内はマジで防御力高いから、俺の時代では星乃の術は基本的に使えないと思ってて」
「……ということは、念動力も使えない?」
「当たり前だろ」
「な、なんてこと。やっぱり地球って不便!」
山田太郎は「はいはい」と受け流して、準備が整ったのか私の横に座った。
私にパネルへ手をかざさせ、顔を見させる。認証完了、とアナウンスが流れた。
そして、
「覚悟はいい?」
「うん」
「じゃあ、行くぞ」
山田太郎が『時空移動開始』をタッチした。
直後、ふわんと体が浮き上がった気がする。宇宙船で離陸したあとの、軌道が不安定なときのような。
ワクワクした希望とちょっぴり残る不安が胸に広がって、私は山田太郎の手を握った。
本来の目的は果たせてないけど、まぁ、いっか。こういうの、地球の言葉でなんていうんだっけ。
ふわふわ心地と白んでいく視界と、手を繋ぐ山田太郎の確かな感触が伝わる中で、あぁ、と思い出す。
終わり良ければ全て良し、だ。
任務は失敗。たった一人に洗脳が効かなかったせいで。
しかし、結果は良好。たった一人に洗脳が効かなかったおかげで。
君にだけ洗脳が効かない 団子 @dango0223
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