第197話 世界渡りの占い師と100人の勇者達 ⑤

「コヒナさんの護衛、任せたぞ」


「うっす!」


「了解っす、リーダー!」



 お爺さん死神の範囲型即死魔法の効果が終わった瞬間を狙って、私の隣にいたごつごつ筋肉の斧戦士が飛び出した。念のために言っておくけどパンイチではない。ブレストプレートでしっかり武装している。


 ずがーんと地面をも震わせるカラムさん一撃は、死神おじいさんのHPバーをがっつりと削り取った。



「ああっ、その斧はまさしく、白霊金剛の大戦斧!」


「ではあなたはもしや、伝説の斧使い、カラム!」



 おお、伝説! シロ君とクロ君てば盛り上げ上手。


「……やめろ。ギンエイに何か仕込まれてるのか?」



 あ、カラムさんはちょっと迷惑そう。目立つの嫌いなのかな?



「カラム?」「 本物か?」「 カラムって誰? 」「お前知らないのか、斧つかってるくせに! 」「カラムとギンエイって仲悪いんじゃなかったの?」「<詩集め>ってそれで解散したんでしょ?」



 ぴろりんぴろりんとあちこちでチャットが変わられる。


 カラムさんも有名人だ。私がこの世界にくる以前にはギンエイさんと一緒にブイブイ言わせてたらしい。斧という武器の常識を覆したんだという話も聞いたことがある。


 それにしてもカラムさんとギンエイさんの仲が悪いかあ。 あの二人が?ってかんじだけど。


 さてはギンエイさんがカラムさんと話す時だけ素になるのを知らないな? それにギンエイさんとカラムさんはお互い「お前」って呼ぶけど、私の知ってる限りそれはお互いを呼ぶときだけだ。


 これもまた、知らないから生まれる偽物の物語なんだろう。


 カラムさんの登場で勇者たちも勢いを取り戻し、集団でお爺さん狩りを始める。なかなか良くない絵面だ。



「蘇生します、求護衛 座標D2」「千年人参薬売10個800k」「ぼったくり!」「買った!二つくれ!」「パーティー組みませんか、騎士即死耐性アリ」「蘇生薬売って10k出す」「G8 範囲バフ掛けます近くの人どうぞ」「即死耐性装備売ります」「今北産業」「死神を倒すとコヒナさんが嬉しい」「えっ、俺の嫁が?」「K2ジジのベルがトリデでシンフォニー求吟、森」「A6死者多数応援お願いします」



 ばしいぃいいいっ。



 ぴろぴろと勇者たちのチャットが飛び交う中、また聞いたことのない大きな音がした。新しい死神の登場だ。


 空間にできた裂け目から、のそりと現れたのはバケツみたいな兜をかぶったフルプレートの巨漢。手にはお決まりの鎌ではなく、先の方が重く太くなっている処刑人の首切り剣。


 真っ黒なオーラをまき散らしており、お爺さんよりもはるかにレベルが高い敵だというのが一目でわかる。



 <タナトス>



 そう表示されたモンスターの、鎧の中身は空っぽのがらんどうで真っ暗……。違う。今中で何か動いた。バケツみたいな兜に十字に刻まれたスリットの向こうに、幾つもの目とそれを持つ黒くて小さい何かがびっしり……。


 うわああ、うわあああああ! なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ!


 虫だ。赤い目をした虫が詰まった鎧だ。よく見ると手とか顔とかにもしゃわしゃわ這いだしてきている。


 うわあああ。見ちゃった。ぞぞぞぞぞ。なんでこのゲームの虫はこんなにリアルなの? みんなアレ平気なの? ほんとに? 死神で虫とか絶対無理! 生理的に無理!



 ぢきぢきぢき。



 うわあ、うわああああ! 鳴き声? も気持ち悪い!


 大空洞の中央、裂け目から這い出してきた虫鎧が狙いを定めたのは、マーフォーク族の吟遊詩人。ギンエイさんだった。


 でもギンエイさんは逃げるでもなく、構えるでもなく、唯いたずらににやにやと、虫鎧のお化けが掲げた大剣を見上げる。



 ぢきぢきぢきぃ!!



 雄叫びなのか鳴き声なのか、動くと勝手に出る音なのか。とにかく大きな音をだしながら、虫鎧の怪物が首切り剣を振り下ろす。それでもギンエイさんは身動き一つしようとしない。



 がっきーんと、金属同士が凄い力でぶつかり合う音が響いた。



 ギンエイさんは同じ姿勢のまま微動だにしていない。虫鎧の首切り剣はギンエイさんの前に現れた真っ白なアバターの真っ白な大盾で、完全に完璧に受け止められていた。


 凄っ。ショウスケさんみたい。誰だろあの人。 人? 人でいいのかな? 多分リザードマン族の女の人。でもその姿はまるで、人とかリザードマンって言うよりも、真っ白な二足歩行のドラゴンみたい。


 鎧も、盾も、剣も、その肌さえも、真珠の様に輝く白。正確には肌じゃない。鱗だ。凄く綺麗。もう綺麗通り越して、神秘的ですらある。



「先生、躱そうっていう意思を見せてよ。間に合わなかったらどうするつもりだったの」


「それは考えなかったなあ。画面の端に君の姿が見えたからね」


「私、二年ブランクあるんだけど?」


「ああ、タナトス程度、準備運動にはちょうどいいんだろう?」


「相変わらず、弟子遣いが、荒い!」



 白竜の様なアバターが、大盾で首切り剣を跳ね上げる。虫鎧の怪物はたまらずたたらを踏んだ。



「カガチ!」「白竜の騎士!」「え、なんで?」「カガチだ!」「白蛇姫!」「え、キティさんでしょ?」「いや違う」「本物だ」「結婚して!」「本物の白蛇姫だ!」



 ぴろりんぴろりんぴろぴろりん。


 カラムさん登場の時以上のチャットと熱気が大空洞を覆う。白蛇姫というのは確かギンエイさんがやっている演劇のタイトルだったはずだ。じゃあこの人がそのお話の主人公の「白蛇姫」?



「死神の群れを排除せんと駆け付けましたのは、なんと皆様ご存じ『白蛇姫』、カガチ。さあて皆様、タナトスの攻撃は全てこのカガチが捌いて御覧に入れる。どうぞ皆様ご安心の上、離れて攻撃されるのが宜しいでしょう」



 ええっ、この人そんなに凄い人なの? さすが主人公なだけある。



「ちょっと先生、無茶言わないでよ。そもそも私のレベル70しかないのよ。ブランクだってあるし、ジンジャーも居ないんだから」


「ああ、それなら問題ない。代わりの人を呼んであるからね」



 だだだだ、と凄い勢いで駆け込んできたアバターがギンエイさんとカガチさんの前でぴたりと止まる。そして何の表情も浮かばない顔と操り人形を思わせる動きで、カガチさんにぴっと敬礼した。


 あっ、ルリマキさんだ! おーいルリマキさーん!



「あら。ずいぶん可愛いジンジャーだこと」


「見た目だけじゃない。腕の方も同等を期待していいぞ」


「えっ、本当? 貴方凄いのね」



 白蛇姫さんに言われたルリマキさんは両手を空中であわあわと動かす。多分凄い人から褒められて焦ってるんだと思うけど、無表情だから阿波踊りか何かを踊ってるみたい。阿波踊りがどういう表情で踊るべきなのか知らないけど。



「ああ。<歌集め>の動画を何回も見てくれているからな。それにその人は恐らく、私とよく似た目を持っている」


「ええっ⁉」



 よく似た目ってなんだろ。ギンエイさんとルリマキさんは石化魔法とか使えたりするのかな。


 白蛇のカガチさんは随分驚いたみたいだけど、ルリマキさんはもっと驚いたみたい。両手を顔の前でぶんぶんぶんと必死に振っている。多分石化魔法は使えません、って言ってるんだけど、ちゃんと伝わってるのかな、あれ。



「そう、それは……。ちょっと焼けちゃうわね。よろしく、ルリマキさん」



 カガチさんが改めて虫鎧の怪物と対峙する。



「カガチさん、大ファンです。よろしくお願いします」



 その後ろにルリマキさんが……うわあ、ルリマキさんがしゃべった!



 ルリマキさんの援護を受けたカガチさんに抑え込まれた虫鎧に、勇者たちの放つ幾つもの魔法や飛び道具が襲い掛かった。

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