第196話 世界渡りの占い師と100人の勇者達 ④
「ナゴミヤの存在はかの世界から失われてしまいました。しかしそれを諦められない者がいたのです。ナゴミヤの弟子のコヒナ。この物語の、もう一人の主人公でございます」
大勢の勇者を前に、ギンエイさんが厳かに告げる。
告げながら手のひらで私の方を指し示すものだから、勇者さんたちの視線がまた一斉に私の方に向けられた。
え、ええと。どうしたらいいですかギンエイさん? 手とか振っておけばいい?
「ナゴミヤが失われた世界で、コヒナは失意の日々を送っておりました。しかしある時、占い師である彼女に神託が与えられたのです
『コヒナよ、ナゴミヤの魂は失われてはおらぬ。いずれ別の世界に、別の姿となって蘇るであろう。お前はそれを探すのだ』」
神託!
いやいや、アレは猫さんが……。猫神様ってことかな。猫さんは強いし化けるししゃべるし美少女だし、ご利益はありそうだけど。
「じゃあコヒナさんが占いをしながら世界を回っているのって!」
「どこかの世界に転生したナゴミヤさんを探す為なの⁉」
え、えええ。師匠って転生したの?
たしかにお話としてはそうなんだけど。私はいつかどこかの世界に現れる師匠を探して旅をしてきたのだけど。それだと私は転生しまくり? 名前変わってないから転位かな。転移と転生は違って、間違えると怒られるので注意しなくてはいけないらしい。
「当てのない旅の最中、占い師は一つの世界と出会います。その世界、名を<エターナルリリック>と申します」
「クロ君、エターナルリリックってなんだっけ。聞いたことある気がするんだけど」
「シロ君、流石にボケとしてもどうかと思うよ。エターナルリリックは、この世界のことじゃないか」
呆れたようなクロ君のつっこみに、ぼんぼんと出現し続ける死神を狩りながら勇者たちが笑う。ぱしゃーんと澄んだ音を立て、死神たちは光に変わる。
「エタリリを含め、占い師は多くの世界を旅しました。こうして今日までになんと二年という月日が経っておりました」
「クロ君、僕らがコヒナさんに会ったのは一年くらい前だったよね」
「シロ君、コヒナさんはそのずっと前から、ナゴミヤさんを探して旅を続けてきたんだね」
シロ君とクロ君が私を見ながら感慨深げにふんふんと頷いた。う、ううん。まあ大筋では間違ってない、のかな?ギンエイさんとしては限られた時間で全部を話すわけにもいかないし、いろいろ端折ってるんだろう。
「でもクロ君。ナゴミヤさんは本当に神託の通りに、どこかの世界に現れるのかな」
うーん、とシロ君とクロ君は腕を組んで首をひねる。
そんなシロ君に身の丈ほどもある大剣を死神に振り下ろしながら勇者の一人が言った。
おおい、シロ、後ろ、後ろ!
振り返ったシロ君は、目をまん丸にした。大きな口を開けてのけぞって、体全体でびっくり仰天。
「クロ君、クロ君。僕凄いことに気がついちゃったんだけど」
「シロ君、シロ君。そんなに慌ててどうしたの。一体何に気が付いたの?」
「さっき、座長が言ってたよね。あそこにいるワアロウさんが、ナゴミヤさんだって」
振り返ったクロ君は、シロ君とそっくりな顔をした。目をまん丸に。大きな口を開けてのけぞって、体全体でびっくり仰天。
二人の視線の先にいるのは<ワアロウ>さん。
「そうだ! ワアロウさんが、ナゴミヤさんだ!」
「それってつまり?」
「それってつまり!」
あ、煽るなあシロ君とクロ君。いや、その通りなんだけど、正にその通りのことしてきたんだけど。客観的に語られると、なんていうか、凄く恥ずかしい。
違うんですよ、勇者の皆さん。師匠と弟子って言うだけですからね。特別な関係というわけではないんですよ。勘違いしないで下さいね。いや勿論私としてはやぶさかではないんですけど。
ギンエイさんははやるシロ君とクロ君を両手をあげて宥めつつ、ぼぼん、ぼぼんと現れる死神たちの攻撃をひょいひょいとかわして物語を続け……。
え、ちょっと待って。アレ一体どうなってるの? なんで当たんないの? いやその前に、なんでしゃべりながら動いてるの?
「一方ナゴミヤは、ある日こんな噂を耳にします。
『ネットゲームの世界に、様々なゲームを渡り歩く占い師がいる』
『最も大きな町で占いをし、一月するとまた次の世界へと旅立っていく』
『その占い師の名は……』」
「コヒナさんだ!」
「コヒナさんだ!」
まあそうだよね。こんな人他にいない。占いはともかく一月ごとに世界を変えてたらとてもじゃないけどゲームについていけなくなってしまう。
「ナゴミヤはかつての弟子に会うべくエターナルリリックの世界を訪れます。しかし、ナゴミヤには魔王が最後の力で放った呪いが掛けられていたのでございました」
「クロ君クロ君、魔王の呪いって、どんなのだろう?」
「シロ君シロ君、魔王の呪いって、どんなのかな?」
首をひねるクロ君とシロ君に、死神たちの攻撃を不思議にいなしながらギンエイさんが答える。
「魔王の呪い。それはナゴミヤの名を奪うという物だったのでございます」
ぼぼんぼんぼん、ぱしゃんぱしゃん。
師匠は戻ってくると私は思った。でも戻ってこないかもなんてこと、怖くて考えられなかった私でさえ、ナゴミヤっていう名前のまんまで来るとは思ってなかった。「ナゴミヤ」には何も悪い意味なんてないのに。
確かにギンエイさんの言う所の「魔王」の呪いなのかもしれない。
「名を奪われたナゴミヤはワアロウとしてエターナルリリックの世界へと降り立とます。そこで見たのは紛れもなく弟子のコヒナでありました」
そうだった。五日前、私はワアロウさんになった師匠と会った。でもあの時師匠は何も言わずにいなくなってしまって、私はそれが苦しくて。
「しかし自分がナゴミヤだと打ち明ければ、魔王の呪いがコヒナにも及ぶやもしれません」
!
「こうして弟子の幸せを願うナゴミヤは、何も告げないことを選んだのでした」
そうだよ。師匠は私が邪魔だったから気づかない振りをしたんじゃない。優しい師匠がそんなことするわけないじゃん。何でそんな当たり前のこと気が付かなかったんだろう。
「占い師であるコヒナはワアロウを一目みて、すぐにナゴミヤだと気が付きます。しかし彼女もまた、魔王の呪いに囚われていたので御座います。それはナゴミヤが正体を明かさぬ限り、<ナゴミヤ>の名を呼ぶことが出来ないという物でした」
…………。
なるほど。
師匠は私のことを思って正体を明かさなかった。それなのに私は勝手に、師匠には私が邪魔なんだと思いこんだ。師匠でしょ、って言えなかった。
これも魔王の呪いなんだ。
「困ったよシロ君。これじゃ二人は出会えない」
「困ったねシロ君、どうしたら呪いは解けるんだろう」
ギンエイさんが何か言う度に「おー!」 とか「ええー!」 と叫んでたシロ君とクロ君も考え込んでしまう。
ううん、どうだろう。魔王の呪いはどうやったら解けるのかな。
旅の間私がずっと思い描いていたみたいに、師匠が私に「コヒナさん久しぶり」って言ってくれて、私が「お帰りなさい師匠」って当たり前に返せるには、どうしたらいいのかな。
がらーん、がらーん、がらーん。
その時、物語を妨げるように、空洞内に不吉な鐘の音が鳴り響いた。
あちこちに黒い粒子が収束していく。闇が形作るのは、右手に大鎌、左手に大きなハンドベルを持ったしわくちゃの老人。
近くに人たちは慌てて距離を取ろうとするけれど、それより早く、不吉な老人たちが左手のハンドベルを振るった。
がらーん、がらーん、がらーん。
再び鳴り響く鐘の音とともに、闇色の老人を中心に球状の闇が広がる。逃げ遅れて呑み込まれた勇者たちが、一瞬にしてばたばたと倒れた。
今のって、もしかして範囲型の即死魔法⁉
「わあああ、ファザータイムだー!」
「ああもう、今大事な所なのに!」
シロ君とクロ君もあわてて両手に曲刀を構える。
「やれやれまったく。今まさに二人が再会しようというときに、なんとも無粋な奴ら。皆様そうは思いませぬか」
こんなとこでやるからだろ。倒れた仲間を蘇生しながら勇者の一人が言った。
同じような野次はあちこちから聞こえるけれど、ギンエイさんにはそれが文句には聞こえていないみたい。ええ、ええ、そうでしょうとしたり顔で頷きながら聞き流している。
「リーパー、グリムリーパー、ダブルサイスにファザータイム。おや、不思議なことにこの場に現れるのは皆、死神を模したモンスターたちではございませぬか」
そういうシステムだからな! いいながら勇者の一人が放った矢は、二鎌死神の髑髏を貫いた。でもギンエイさんにはやっぱり何も聞こえていないらしい。
「死神、死神、でございますか。ああ、そういえばコヒナ殿。タロットの死神とは、何を暗示するのでしたかな?」
えっ、私?
ええと、タロットの死神と言えば……。
!!!
突然話を振られて戸惑ったけれど、でもやっと私にもギンエイさんのやろうとしてることがわかった。まだ師匠に話しかけちゃいけない理由も。
「タロットでは≪
≪
辛いならやめてもいい、諦めていい、もう十分頑張ったと私に優しく、私の声で囁くカード。
「これは不吉な! 無粋であるのみならず不吉さえも運ぶとは。なんとこの場に似つかわしくない者どもでありましょうか。いやもしや、これは魔王最後の悪あがき。あの死神共こそ、二人を引き裂かんとする魔王の呪いの本性! 」
大げさに、声高らかに。ギンエイさんが、死神の正体を看破する。
「皆様、そうは思いませぬか?」
タロット占いではアルカナを実際に起きる出来事の寓意としてとらえる。ギンエイさんがやろうとしているのはその逆。死神型のモンスターを死神のアルカナとして退治する。
つまり、これは「お祭り」だ。
でもそれだけじゃない。
勇者さんたちがぶつぶつと文句を言っている通り、死神たちがぼんぼんと出現するのはゲーム上の仕様らしい。おんなじ場所で狩りを続けたり、何回も同じところで死んだり、大人数が集まって行動すると出てくるのだと、そう言えば昔教えて貰った。
戦わないから忘れてたけど。
「大変だ! シロ君、早くアイツら倒さないと!」
「でも、クロ君。ファザータイムは僕たち二人じゃ倒せないよ」
とっても強いシロ君とクロ君でも、あのおじいさんは倒せないらしい。
きっとこの先、もっと恐ろしい死神たちが現れる。そのことに、集まった勇者たちは口々に文句を付けているけれど、ほんとは全部承知で楽しんでいる。一番恐ろしい死神が現れるのを心待ちにしている。
死神でなくったって、ここに現れるモノが何だって、きっと構わないのだ。ただ強くて大きい怪物でありさえすれば。
凄いよギンエイさん。これなら本当に倒せるかもしれない。師匠の心に取り付いた、形のない死神だって。
「シロ君、そんなに心配しなくてもいいんじゃない? 」
「えっ、クロ君、それはどうしてだい?」
この世界にはみんな遊びに来ている。好きなことをしに来ている。楽しむために来ている彼らに「可哀そうな私たちの物語」を語ってもしかたない。
だったら私たちの物語に来てもらえばいい。「怪物を退治した勇者達の物語」という、彼ら自身の物語にしてしまえばいい。
「だってほら見てごらんよ」
「わあ、本当だ!」
ギンエイさんはこの物語に、「世界を渡る占い師の物語」の結末に、ここにいる全員を巻き込んじゃうつもりなんだ。
物語を眺めるだけの
「「勇者たちが、こんなにたくさん!」」
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