第195話 世界渡りの占い師と100人の勇者たち ③

「事件の詳細はギンエイ座のSNSにリンクがございます。ご興味のある方はご覧ください。とにもかくにもギルドマスターナゴミヤの活躍により、悪魔はギルドを追放されたので御座いました」



 ぼんぼんと死神が出現し続ける大空洞の中、ギンエイさんが昔<なごみ家>で起きたことを語る。



「よかった。これでギルドにも平和が戻るね」


「めでたしめでたし、だね」



 補佐するのは猫小人族の漫才コンビ、黒いタキシードの白猫シロ君と、白いタキシードの黒猫クロ君だ。



「あれ? でもクロ君ちょっと待って。僕が知っている<なごみ家事件>って、こんな話じゃなかったような」



 シロ君の言う通り、これはなごみ家事件ではない。これは実際に起きたことだけれど、<なごみ家事件>は実際には起きなかった事件なのだから。



「<なごみ屋事件>。ご存じの方もいらっしゃるでしょう。そう、これこそなごみ家事件の発端でございました」



 この後のことはできれば思い出したくない。でもギンエイさんの目的が師匠の物語を共有することなら、避けては通れないだろう。



「悪魔はナゴミヤにより見事ギルドから追放されました。しかしその恨みと復讐の矛先を、今度はナゴミヤへと向けたので御座います」


「え~、懲りないなあ。今度は何するつもりだろう」


「ねー。でも大丈夫なんじゃない? 名探偵ナゴミヤさんならさ」



 シロ君とクロ君が呆れた、というように肩をすくめた。その通りだった。あの人がとった行動は全く呆れるしかない子供じみたやり方だった。それなのに。



「<悪魔>の力では、とてもナゴミヤに勝つことはできません。ならばどうするか。悪魔は一つの策を思いつきます。それは、世界に広がる数多の悪意を集めて、大魔王を召喚することだったので御座います」


「大魔王を召喚? どういうことだろうね」


「う~ん……。あっ!」



 クロ君と同じように首をひねっていたシロ君が突然大声をあげた。



「シロ君、どうしたの?」


「クロ君、僕思い出した。<なごみ家事件>がどんな事件だったのか」


「シロ君、それはどんな事件なの?」


「えっと、えっと、それは……それはね」



 シロ君が言い淀む。あの人が、悪魔がとったのは、優しいシロ君が口にしたくもないような、おぞましい方法だったのだ。



「なんと悪魔はナゴミヤがネットで知り合った女性に暴行を働いたという、根も葉もない話を、匿名掲示板に書き込んだので御座います」


「なんだって――!」


「ひどい、そんなのひどいよ!」



 クロ君は可愛い顔を歪ませて怒り心頭、といった様子。シロ君に至っては泣き出してしまった。



「このデマはSNSを通じて拡散され、当時はネオオデッセイを知らぬ者でも<なごみ家>の名を知っているという異常事態となりました。これが世に言う<なごみ家事件>の真相でございます」



「え、マジで」「聞いたことある」「思い出した」「何これ本当の話?」「どういうこと? よくわかんないんだけど」「知らない」「知ってる」「あったね、そう言えばそんな事件」「なごみ家ってこの話かあ」「でもあの事件って」「結局何が本当なの?」



 ぼんぼんと現れる死神を退治しながら、勇者たちが口々に呟く。


 シロ君とクロ君は本当は全部知っていてお芝居をしているのだろう。でもクロ君と同じように怒ってくれる人はいるだろうか。シロ君と同じように悲しんでくれる人はいるだろうか。


 そんな人たちが増えたなら、あるいは師匠に取り付いた死神も退治できるんだろうか。


 そんな私の微かな希望を、ぼん、とひときわ大きな出現音がかき消した。



 しゃらん。



 シロ君とクロ君の目の前に。突如現れたのはグリムリーパーよりもさらに大きな影。


 幽霊のような黒いローブ、両手に一本ずつの巨大な鎌。それがどくろの顔の上で触れ合い、しゃらんと音を立てる。あの怪物も見たことがある。かつてここと同じ場所で、六人の勇者が死闘の末に倒した、恐るべきモンスター。



「わあああー!」


「ダブルサイスだーーー!」



 怒ったり泣いたりしていたシロ君とクロ君が悲鳴を上げる。二人はその二振りの巨大な鎌の前に、なすすべもなく……。


 とは、ならなかった。


 さっきまで重力に逆らって涙を飛ばしていたシロ君が、死神が動き出すよりも早く、その脇を駆け抜けた。同じようにクロ君が反対側を駆け抜ける。二人のダッシュに一拍おくれて、二鎌幽霊の身体に幾筋もの斬撃のエフェクトが走った。死神の身体が痙攣をおこしたように激しく震える。


 駆け抜けた先、振り返るシロ君とクロ君の両手には、左右合わせて合計四本の曲刀。


 可愛くて面白いだけじゃなかった。当たり前だけど、凄く当たり前だけど、この世界にいる以上、シロ君とクロ君も勇者なんだ。しかも、ものすごく強い。


 大きなダメージを受けて硬直した二鎌幽霊を、シロ君とクロ君が再び切り刻む。飛んで、跳ねて、息ぴったりに、死神が体勢を取り戻す隙を与えない。


 ただ強いってだけじゃない。人に見られる事を意識した魅せる剣。


 突如始まったアクションシーンに、勇者たちが喝采を送る。その片手間に自分達も死神を屠りながら。


 まるでダンスを踊っているかのような息の合った二人の剣技に、二鎌の死神はあっという間に光となって消えてしまった。


 ぼん。続いて他の場所にも二鎌幽霊が現れた。でもこれも別の勇者たちによって、シロ君とクロ君ほどではないにせよいとも簡単に退治されてしまう。


 二年前に70だったレベルの上限は、アップデートにより追加されたさらなる強敵と戦うために90へと引き上げられた。つまりここにいる勇者たちのほとんどはレベル90近く。あの時の最高レベルだったゴウさんやカラムさんよりも更に20も高い。


 レベル制ゲームにおいて、20の差は大人と子供程にも違う。彼らにとっては二鎌の死神ですら脅威にはならないのだ。


 喝采に手を振ってこたえながらシロ君とクロ君は四本の刀をしまいこみ、そして何事もなかったかのように、物語が再開される。



「かくしてなごみ家の評判は地に落ち、ギルドのメンバーは謂れもない誹謗中傷に攻められることとなりました」


「ナゴミヤさんだけじゃなくって、ギルドのメンバーも被害に遭ったんだ。ネットって怖いね」


「ギルドの名前とナゴミヤさんの名前が一緒だったから、攻撃しやすかったのかも。ひどいことするね」



 あの時は本当に酷かったな。まともにゲームなんかできなくって、たくさんの人がやめてしまった。師匠が決断しなかったら、きっともっとひどいことになっていたんだろう。でも私にとってはその後に起きたことの方が。



「ナゴミヤは魔王からメンバーを守るため、一つの決断を下します。それは己の身体を代償に魔王を封印することでした」


「身体を引き換えに⁉ それってまさか!」


「ええっ、ナゴミヤさんもしかして!」


「「アバター消しちゃったってこと⁉」」



 シロ君とクロ君が、同時に悲痛な叫び声をあげた。



 ああ。なんで。おいおい。なんてことを。マジかよ。



 数多の死神にすら動揺を見せない勇者たちから、呻きが漏れた。


 この世界で私たちは、アバターを通じて他の人と触れ合い、関係を築き上げていく。だからここにいる人はみんなアバターが失われることが、どれだけ辛いことかを知っている。


 ネットゲームに於いて仲間と築き上げた絆は、何にも代えがたい至上の宝。


 アバターが失われることはその全てを失うことであり、それは世界が失われることと同義だ。



「ここに、レナルド殿が書かれた手記がございます。抜粋してお伝えいたします。


『ナゴミヤさんがネオデをやめたことに、可哀そうとか酷いとかいう人がいっぱいいます。それはちがいます。ナゴミヤさんは優しいんです。だからギルドを解散してアバターを消したんです。可哀そうじゃありません。凄いんです』


 これを書いた当時、レナルド殿は小学校五年生だったそうでございます」



 これはリンゴさんの偽犯行声明の後に、レナルド君が匿名掲示板に書き込んだやつだ。


 五年生か。そっか、そんなに小さかったんだ、レナルド君。子供だって言うのは知ってたけど、改めて言われるとびっくりする。


 レナルド君の記事にも当時いろんな「ご意見」が寄せられた。でも私たちにとっては痛快で、リンゴさんなんかべた褒めだった。これを見たダーニンさんがレナルド君の事勧誘に来たんだったっけ。


 レナルド君、元気かな。まだネオデやってるかな。



「かくしてナゴミヤの尊い犠牲の元に、魔王は封印されました。こうして世界には再び平和が訪れたので御座います」



 ギンエイさんはそう物語を締めくくった。



「ナゴミヤさんは凄いのかもしれないけど。こんなのひどいよ。あんまりだ」


「僕もそう思うよシロ君。でもどうしようもないよ。これはもう終わってしまった物語なんだから」



 泣きじゃくるシロ君をクロ君が宥める。


 シロ君の言う通り、あんまりな物語。でもクロ君の言う通り、もう取り返しがつかない物語。


 さっきまでちゃちゃを入れながらお話を聞いていた勇者たちも、黙りこくってしまった。ぼんぼんと死神が出現する音と、消える時のぱしゃんという澄んだ音だけが、大空洞に響く。


 これで師匠の物語はおしまいだ。


 本当にこれで、死神は退治できるんだろうか。


 ここにいる人たちのどのくらいが、今の話を本気で聞いてくれたんだろう。そのうちどのくらいがこの話を信じてくれるんだろう。


 この世界にはみんな遊びに来ている。好きなことをしに来ている。


 信じて共感してくれた人も多いみたいだけど、どうでもいい、と思う人も同じくらいいるんじゃないだろうか。それどころか説教臭い、鬱陶しいと感じる人だっているだろう。


 それに残念だけれど、もしもここにいる全員が信じてくれたとしても、師匠に取り付いた死神をやっつけるなんてことは難しいと思う。


 現実の世界にはここと比べ物にならないほどたくさんの人がいて、みんなそれぞれにいろんな<なごみ家事件>の真相を想像している。


 ダンジョン<ディアボ>のテレジアさんの物語と同じだ。


 いくらこれが真実だと力説したところで、別の物語を信じる人の頭の中を書き換えることはできない。


 クロ君の言うように、これは既に終わってしまった物語。今更どうしようも……。



「いえ、物語はこれで終わりではございません」



 ……え?



 しんと静まり返った空洞内に、ギンエイさんの声が響いた。



「えっ?」


「えっ?」



 リアルの私と同じように、シロ君とクロ君も驚いて顔を上げる。



「物語はこれで終わりではございません。ナゴミヤの存在は確かに、かの世界から失われてしまいました。しかしそれを諦められない者がいたのです。ナゴミヤの弟子のコヒナ。この物語の、もう一人の主人公でございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る