第194話 世界渡りの占い師と100人の勇者たち ②

「嘆きの洞窟」


 この世界で私が入ったことのある数少ないダンジョン。


 エルフ族の三番目の町<マッチャ>と大都市<ダージール>の間にあって、最奥には<狂った水の精霊>という恐ろしいモンスターが住んでいる。


 狂った水の精霊を倒すとその先は上り坂。しばらく進むと再び大きな空洞に出る。開けてはいるけれど本来はただの通路に過ぎない。


 でも二年前。


 そこには、狂った水の精霊よりももっと恐ろしいモノがいた。


 二つの鎌を持ったその怪物は……。


 ▢▢▢


 カラムさんとヴァンクさん、それに数人のマーソー団の方々に連れられてやってきた嘆きの洞窟には、凄い人数の勇者たちが集まっていた。


 その視線が集まる先。



「ああ、どうやらもう一人の主役が到着されたようですな。それでは物語を始めましょうか」



 ギンエイさんと、私と同じようにマーソー団に守られたワアロウさんが、師匠がいた。すぐに駆け寄りたいのだけれど、我慢するように言われてしまっている。



「まずは一人目の主役のご紹介から。こちらにいらっしゃるワアロウ殿。実はワアロウとは仮の名。誠の名をナゴミヤと申します。ナゴミヤ、あるいは<なごみ家>という名前に聞き覚えのある方はいらっしゃいますかな?」



 ギンエイさんの衝撃的な言葉に、私はパソコンの前で息を呑んだ。



「だいじょぶ。大丈夫だよコヒナさん」



 隣のカラムさんとヴァンクさんに宥められて、駆け出してギンエイさんを止めたい衝動をなんとか抑え込む。


 カラムさんとヴァンクさんが言うには、ギンエイさんは師匠に取り付いた死神を退治するために何かしようとしているらしい。これはその一環なんだろう。


 でも、でも。


 こんなにたくさんの人の前で、師匠が隠していたことをバラしちゃうなんて。


 ナゴミヤ? なごみ家?


 集まった人たちの中に、ざわざわとその名前が広まっていく。


 きっとこの中にも知っている人がいる。でもそれは悪魔の名前としてだ。師匠はどんな気持ちで聞いているんだろう。



「クロ君、クロ君、『なごみ家』ってなんだい? そういえば『なごみ家事件』って聞いたことある気がするんだけど」


「シロ君、シロ君、僕も聞いた覚えがあるよ。『なごみ家事件』ってなんだっけ?」



 ざわめく観客たちの前に現れたのは二人の猫小人族の男の子。黒いシルクハットに黒いタキシードを着た白猫小人のシロ君と、白いシルクハットに白いタキシードの黒猫小人のクロ君。ギンエイ座で前座を務める漫才コンビ<E-ゴーズ>の二人だ。



「『なごみ家』はネオオデッセイという、こことは別の世界にあったギルドでございます。マスターの名はギルドの名と同じ『ナゴミヤ』。それぞれ好きなことを楽しみつつも、たまには皆で集まって一緒に遊ぶ。そんなどこにでもある、ごく普通のギルドでした」



 シロ君とクロ君の疑問にギンエイさんが答える形で、なごみ家で昔起きたことが語られていくようだ。



「ネオオデッセイはエタリリとは別のネットゲームだね」


「『なごみ家』はそのゲームの中にあるギルドだったんだ」


「ワアロウさんはそこのリーダーなんだね」


「じゃあ『なごみ家事件』はどんな事件?」


「さあ~~?」



 シロ君とクロ君は示し合わせたように首をひねる。



「ある時、平和だった<なごみ家>に一つの事件が起きました。メンバーの一人、ナゴミヤの弟子である占い師、コヒナの帽子が何者かによって盗まれてしまったので御座います」



 そう言えば事件のきっかけはあの帽子だったっけ。あの世界で私が初めて手にしたお宝。師匠がドレスと一緒に翠玉の砂エメラルドサンドで染めてくれた。もうずいぶん前のお話。凄く楽しかったな。



「帽子が盗まれちゃったんだ! 大事件だね」


「いやそれよりシロ君。占い師のコヒナさんって僕たち知ってるぞ?」


「うん。二人で見て貰ったよね」


「あ、あそこにいるのはそのコヒナさんじゃない?」


「あ、ほんとだコヒナさんだ。こんにちはー」


「僕たちコヒナさんのおかげでギンエイ座に入れたよー。あの時はありがとうございました」



 シロ君とクロ君が私に向かって手を振ってくれた。それに合わせて観客の人たちの目が一斉に私に向けられたのを感じる。どうしていいかわからず、とりあえず曖昧に笑って手を振ってみた。ほんとはそんな気分じゃなかったけど。


 コヒナさんは泣き虫の私と違って、辛い時だって笑顔でいられるのだ。



「クロ君知ってる? コヒナさんはエタリリだけじゃなくて、色んなゲームを回って占い屋さんをしているんだよ」


「クエストもレベル上げもしないで占いだけをしているなんて、とても変わっているね。もしかして何か理由があるのかな?」



 シロ君とクロ君は腕を組んでうーんと首をひねった。でもいくら捻っても答えなんて出てこないと思う。



「占い師のコヒナ殿をご存じの方はこの中にも多いでしょう。見て貰った、という方もいらっしゃるのでは。しかし彼女が何故世界を回り、占いをするのかをご存じの方は、あまりいらっしゃらないかもしれませぬな」



 多くないどころか、知っているのはカラムさんとカラムさんから話を聞いたギンエイさんくらいだろう。占いにくるお客さんが占い師の事情を気にするわけもない。


 でも私は楽しかったあの頃を、師匠を。


 過去に飛びかけた意識が、ぼぼん、と言う音でパソコンの画面に引き戻された。直ぐ近くでモンスターが発生したらしい。


 目の前に出現したモンスターを見て、リアルの私の身体が硬直する。それを受けてコヒナさんも硬直する。


 ずたぼろのローブの奥、うっすらと見えるガイコツに開いた二つの空洞と目が合った。


 私の真ん前、師匠の方を見ていたコヒナさんの目の前に現れたのは真っ黒な影。手には縁を切り裂く大きな鎌。


 まるでタロットカードに描かれる、死神のようなその姿。


 旅の終わりを暗示する私の大嫌いなモンスターは、遠くに見えていた師匠を覆いつくして、縁を切りさく大鎌を振り上げる。でもそれが振り下ろされることは無かった。鎌幽霊、正式な名前をリーパーというそのモンスターは次の瞬間にはきらきらと光るエフェクトを残して消え去ってしいく。


 私の隣にいたカラムさんが、手にした大戦斧で一撃の元に葬ってくれたのだ。


 ほうう、と私は止まっていた息を吐きだした。



「コヒナさん大丈夫?」



 カラムさんが心配して声を掛けてくれた。



「はい大丈夫です。ありがとうございます」


「あいつらにコヒナさんに手出しはさせないから、その辺は心配しないでね」



 あんまりカラムさんに心配かけたくないし、手を煩わせたくもない。でも本当はまだどきどきする。あんなのを間近で見てしまうなんて。いやなモンスターだ。師匠がすぐそばにいるというのに縁起が悪い。


 ぼん、ぼん。


 鎌幽霊はここだけじゃなく、広い空洞のあちこちに出現していた。中にはグリムリーパーという大きいサイズの鎌幽霊までいる。


 ぼん、ぼぼん。


 音と共に次々と現れる鎌幽霊たち。でも数が増えるということは無い。鎌幽霊たちは出現した直後に消滅してしまう。カラムさんがやったのと同じように、勇者たちに出てきた瞬間に駆逐されてしまうからだ。



「リーパーうぜえ」「なんでこんなとこでイベントやんだよwww」「劇場使えばいいのにね」「まあギンエイだしな」「ったくギンエイはよ」



 軽口をたたきながら、まるで邪魔な石ころくらいの感覚で、勇者たちが死神を払っていく。


 ギンエイさんもまた、鎌幽霊のことも、集まった勇者たちの軽口も全然気にしないでお話を進めていく。



「事件当時コヒナの帽子が保管されていた場所は、ギルドメンバーしか立ち入れない場所でした」


「なんだって! 名探偵僕の推理によれば、犯人はギルドの中にいる!」


「シロ君、それはみんなわかってるんだよ」



 シロ君のオーバーリアクションに呆れるクロ君に、くすくすと勇者たちの間から笑いが漏れた。片手間に恐ろしい怪物たちを退治しながら、勇者たちはギンエイさんの物語に耳を傾ける。



「窃盗の嫌疑はギルドメンバーの一人、レナルド向けられました。しかしそれはレナルドを妬んだ別の人物による狡猾な策略だったのでございます。その人物はなんと自分で帽子を盗み出し、その罪をレナルドに擦り付けようとしたので御座います」


「ひどい。なんでそんなことをするんだろう」



「本当だね。妬みってこわいね。レナルドさん可哀そう」



 レナルド君。誤解されやすい子で、私も最初は苦手だったんだっけ。でも途中からはなんだか弟が出来たみたいな気持ちになってた。あの時のレナルド君、どんな気持ちだったろうな。



「真犯人の名は……。そうですな。もう一人の主役であるコヒナ殿のタロットになぞらえて、仮に<悪魔>としましょうか。悪魔はレナルドの知り合いで、レナルドに恨み、妬みを持つ者でした。名前を変えて<なごみ家>へと潜り込み、復讐の機会を狙っていたので御座います」


「うわあ。そんな人が周りにいたらと思うとぞっとするね」


「ネットゲームの怖い所だね。レナルドさん、どうなっちゃうんだろう」



 妬みかあ。どうだったのかな。あの人がレナルド君をいじめた理由が何なのかわからない。多分考えてもわからないし、わかりたいとも思わない。



「ところが、この試みは失敗に終わりました。ギルドマスターのナゴミヤが、悪魔の企てを全て見ぬき、真犯人を見つけたのです」


「おおー、ナゴミヤさんすげー」


「ほんとの名探偵だ。シロ君とは違うね」



 ほんとは少し違う。師匠は名探偵とかじゃなくて、ただ、なんかおかしい、って言っていろんな人に話を聞きに行っただけだ。でもそれは確かに、小説に出てくる名探偵と同じくらい凄いことだったと思う。


 なるほど、ギンエイさんがやろうとしていることがわかってきた。つまりあの時師匠がギルドのみんなの前でやったのと同じことだ。


 師匠はレナルド君の物語をみんなの前で語った。半分はレナルド君自身の口からだけど、でもレナルド君がみんなの前で全部話すことが出来たのは師匠がいたから。レナルド君がそうしても大丈夫だと信じていたからだ。


 こうしてみんながレナルド君の物語を理解して、共有することでレナルド君の容疑は晴れた。


 みんな、それぞれの物語を知らないから嫌なことが起きるのだ。


 ギンエイさんはあの時師匠がレナルド君にやったみたいに、ここにいる人たちと師匠の物語を共有しようとしてるんだろう。


 でも、そんなにうまくいくだろうか。あの時はみんながレナルド君のことを知っていた。それにみんなが<なごみ家>で、事件の当事者だった。だから師匠の作戦は成功したのだと思う。本当に同じことがここでも可能なんだろうか。


 それに。


 ぼぼん、ぼぼん。


 大空洞のあちこちで、何体もの鎌幽霊や大鎌幽霊が現れては消えていく。


 何故ギンエイさんは安全な街の中ではなく、こんな危ない場所をイベントの会場に選んだんだろう。

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