第191話 フーリッシュ・クーリッシュ
思えばあいつは、あのワアロウという男は、始めて見た時から気に入らない奴だった。
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基本的にいつもにこにこしているコヒナだが、その笑顔には実はいくつかのパターンがある。良く動き、ころころと表情を変える「コヒナ」というアバターは、いくつもの笑顔を持っている。
普段から浮かべている声をかけやすく、相談しやすく、優しくも安心できる占い師としての笑顔。
嬉しいことが会った時や占いの内容が良いものだった時の、周りと楽しさを共有する笑顔。
褒められた時の照れ笑い、占いが当たった時の得意げな笑顔、意外な結果を伝える時のちょっと悪戯っぽい笑顔。
そしてごく稀に彼女が見せる、花が咲いたような喜びと嬉しさに満ち溢れた笑顔。
その笑顔を浮かべているのはアバターでありコヒナを動かしている「その人」自身ではない。それはわかっている。しかしアバターの向こうで「その人」も同じ表情を浮かべているのではないかという想像は悪いものではない。
この二年間、この笑顔をなんとか引き出せないものかとメルロンは色々なことを試してみた。
だがこれは非常に困難だった。基本的にコヒナは普通にゲームをしていない。この世界に欲しい物ややりたいことがあるわけではない。そんな彼女を喜ばせるというのは難しい。
結局メルロンがその笑顔を見たのは初めて出会った日のセンチャの町に着いた時を含めてほんの数回だけだ。
なのにあいつは。あのワアロウという男は。
ただ現れただけであの笑顔を引き出して、
あの笑顔のコヒナに背を向けて。
『わアロウさん~、私はあと五日間、この世界にいます~。何かございましたら~』
あの笑顔でそう告げるコヒナを振り返ることもなく、すたすたと歩き去っていったのだった。
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コヒナは一月ごとにゲームを変え、世界を渡る。
おかしなことをするとは思っていた。ただ最初の出会いからずっとおかしなこと続きであったため、違和感は他のおかしさの中に紛れてしまっていた。
だが世界を渡るのは、この「ワアロウ」に会う為だったのだという。
ワアロウとコヒナは以前からの知り合いであり、何らかの事情でいなくなったワアロウを探してコヒナは旅を続けてきた。ワアロウが見つけやすいように元の世界とできるだけ同じ姿を取って。
カラムの中にいる人物とワアロウの会話から、なんとなく事情はわかった。なごみ家という名前やそれに関連する話も随分昔にゴウあたりから聞いた気がする。
コヒナ自身が宣言したというのだからそれは事実なのだろう。
センチャの町や、ここダージールの町に着いた時、半巨人族用の大きなピアスを付けて踊っていた時、初めて緑のドレスを着た時。
コヒナのあの笑顔が全部、このワアロウという奴に近づいた時だというのならば、それはもうどうしようもない。メルロンがどう思おうが、何を考えようが、コヒナはこの男に会いたかったのだ。
そこは仕方がない。納得するしかない。
だが、そこから先の話まで納得するつもりはない。
「ちょっと待って下さい、ギンエイ先生、カラムさん。俺は納得がいかない」
ワアロウはこれからコヒナをここに呼びつけて謝罪するのだという。冗談ではない。そんなことは許さない。
ワアロウの前でコヒナがあの笑顔を浮かべている間、その後ろで「コヒナ」はどんな顔をしていたことか。
謝って済む話ではないのだ。
「おー、マジかよ。こうなるのかあ。これは予想しなかったなあ」
何を勘違いしたのかゴウがメルロンの後ろに回り、ワアロウと対峙した。ルリマキとジョダもこれに続く。
本当に困った連中だ。そういうのじゃないと、何度も言ったというのに。
そういうのじゃない。それではない。
何故ならメルロン自身がそれにしなかったのだから。
笑っていて欲しいと思う。笑わせたいと思う。それができるのが自分でないことが悔しい。それができる奴が気に入らない。
会ったこともない相手に抱いたこの感情に、名前をつけることは難しい。
出会ってから二年間、メルロンはこの感情に名前を付けることをしなかった。結局のところそれが全てだ。
もしも今、この場で慌てて名前を付けようとしたならば、きっと歪む。別のものが入り込む。別の物にその名を付けてしまうことになる。
だから、これでいいのだ。
それに、悪いことばかりというわけではない。もしも今よりも前にこの感情に名前を付けていたのなら、この選択はできなかったかもしれないのだから。
あの子の物語の中で自分が端役に過ぎないとしてもそれは一向に構わない。そのかわり、この役目だけは主人公にも譲らない。
この世界の何処かに、あの子が行きたい場所がある。そこに連れて行くのは、俺の
「俺はアンタを認めない」
コヒナがずっと会いたいと願っていた奴が、『なんで僕なんかに会いたいんだろ』なんてセリフを吐いていいわけがない。そんな奴は認めない。
あの子の旅の結末が、ごめんなさいで済まされてたまるものか。偶然会えましたで済むものか。
だってそうだろう?
コヒナの物語の終わりは、ハッピーエンドであるべきだ。
「あの子に会うって言うなら、『君を迎えに来たんだ』って、それくらいのことは言って見せろよ」
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