第185話 世界を、時を、理を超えて

 ユダガと言う名の酔狂なプレイヤーとその二人の友人、ゴウとルリマキに助けて貰い、ワアロウはダージールの町へとたどり着いた。ボスモンスターを含めた何度かの戦闘で、レベルも16まで上がっている。


 ダージールの町は様々な種族のプレイヤー達で賑わっていた。流石は人気のオンラインゲーム<エターナルリリック>の主要都市だ。以前は<ネオオデッセイ>も同じように賑わっていたものだが……。


 いや、今のネオオデッセイについて、ワアロウは何も知らないのだった。最後にログインしたのはもう二年も前の話だ。


 おのぼりさんよろしくきょろきょろと見まわしていると、マーフォーク族の男がこちらに気が付いて手を振ってきた。


「お、ゴウ君とルリマキさんじゃないか。ではワアロウ君がジョダ君かな?」


 派手な羽飾りのついた二角帽子、金の大きなボタンの付いたベストに厚手のジャケット。腰には赤紫の布を巻き付け、ゆったりしたズボンのすそを皮のブーツにしまい込んでいる。一見派手な姿ではある物の布地は高級品—に見えるように染色されている—であり、上品にした海賊の様な風体だ。


「違うっす。俺がジョダっす。ギンエイセンセイおひさっす」


 なんとワアロウがこの世界に来る理由となった吟遊詩人のギンエイであった。


 目的のギンエイにすぐに会えてしまったことにワアロウは若干の拍子抜けを感じないではなかったが、これは幸運だったということだろう。


「おおっと、ユダガ君がジョダ君だったか。これは失礼。ワアロウ殿、ワタクシはギンエイと申します。どうぞお見知りおきを」


「あ、これはどうも……」


 そもそもワアロウはこの人物似合う為にエターナルリリックに来たのだが、それを知った三人がここまでの道中そろってギンエイのことを変人だ変人だと騒ぎ立てるので(正確にはうち一人はうんうんと頷いているだけだったが)ますます興味をそそられていた。それはかつて存在した<なごみ家>というギルドのメンバーが互いに「お前はおかしい」と罵り合うのによく似ていたのだ。


「ギンエイセンセ、聞いてくださいっす。ワーロウさん、レベル1でグレプまで来たんすよ! それで俺ら三人で護衛して来たんす」


「なんだって⁉ くそう。なんで私を呼ばないんだ。仲間外れとはひどいじゃないか」


「いや、センセ劇団の関係で行けないって言ってたじゃないっすか」


「それはそうだが! だが一声あったっていいと思う。いや、あるべきだ。そうすれば私は涙ながらに断ることが出来た!」


「だあ、相変わらずめんどくせえ!」


 無茶苦茶なことをいうギンエイにたまらずユダガが音を上げた。ユダガが何度もギンエイのことを変人だと言っていた理由もよくわかる。


「ユダガさん、すまないな。こういうヤツなんだ」


 無茶苦茶を喚くギンエイの代わりに、隣にいた筋肉隆々の巨漢がユダガに頭を下げた。名前はカラム。半巨人族という種族かと思ったがよく見れば人間族のようだ。こういうアバターを見るとつい、現実とネオオデッセイ双方の友人である孝明を思い出す。そう思ってみればカラムの顔はや体つきは孝明に似ているような気までしてくる。


「センセ、ワーロウさんはギンエイセンセに会いたくてエタリリ始めったっすよ」


「なんと。斯様な難行をされて迄ワタクシの元までいらっしゃるとは。ワーロウ殿、ワタクシに何か御用でしたかな?」


 ぶつぶつと文句を言っていたギンエイが思い出したかのように芝居がかった口調で話し出した。ユダガが主張した通りギンエイはユダガやゴウ、ルリマキ等とはかなり親しい間柄のようだ。ワアロウをワーロウと呼ぶのもユダガに合わせたのだろう。


「用と言う程ではないんです。本物の吟遊詩人がいると聞いて会ってみたくて。ただのミーハー根性です。レベル上げなかったのも大した理由じゃなくて、なんていうか俺が舞台観に来ただけの一般人だからです」


「なるほどなるほど! それでは確かにレベルを上げるわけにはまいりませぬなあ」


 ギンエイもユダガ達と同じようにワアロウの無意味なこだわりを肯定的に捉えてくれたようだ。


「参りませぬなあ、ってお前。グレプの町までレベル1ってとんでもないことだぞ?」


「そんなことはお前に言われなくてもわかってる。いいんだよ、ワーロウ殿が一般人だからだって言ってるじゃないか」


「そういう問題じゃないんだがなあ……」


 ギンエイのとなりで大男のカラムはそう言いながらぽりぽりと頭を掻いた。なんだか見た目だけでなく仕草やしゃべり方まで孝明に似ているような気がする。


「結局はたどり着けなくってユダガさん達に助けて貰ったのですけどね。まさかギンエイさんがユダガさん達のお知り合いだとは思いませんでした」


「ほほほ、縁は異なもの味なもの、と申しますな。ユダガ殿とはともに得難い冒険をした仲でございます。ああ、だというのにワタクシに声を掛けないとはユダガ君の薄情者め」


「だあ、忘れたと思ったのに!」


 ギンエイがまたねちねちと文句を言い始めた。仲のいい同士のじゃれ合いなのだろうが、ユダガには借りがある。ワアロウは助け舟がてら本来の目的を果たすことにした。


「ギンエイさん。不躾ですいませんが、会えたら聞いてみたいと思っていたんです。ギンエイさんは何故、吟遊詩人を始めたんです?」


「何故、でございますか。なるほど、これはまさに根本的な御質問でございますな」


 ギンエイは大きく頷いて話し始めた。


「私も二年前のあの日までは自分が吟遊詩人になるなどとは思ってもおりませんでした。今になって思えばなりたいと思ってはいたのでしょうが、それに気づかずに日々を送っていたので御座います」


「というと、何かきっかけが?」


「ええ。以前ワアロウ殿と同じように、レベル1のままダージールを目指そうとした方がいらっしゃいました。そこのカラムとワタクシ、それにユダガ殿、ルリマキ殿、ゴウ殿、それにもう一人とで、その方を護衛して、旅をしたので御座います」


 その話はユダガ達からも聞いた。彼ら同様、ギンエイにとっても大切な思い出だったらしい。


「その旅が吟遊詩人を始めた切っ掛けなんですか?」


「ああ、いえいえそうではございませぬ。私どもがこの町まで護衛してこられた方、実はなんと、占い師だったので御座います」


「占い師、ですか?」


 その単語に、ちり、と胸に痛みが走る。


「ええ。この世界には吟遊詩人だけでなく、占い師もいるので御座います。私はその方から吟遊詩人になれと啓示を受けたので御座いますよ」


 そう言うとギンエイはぱちりと片目をつぶって見せた。敢えてうさん臭さを全面に出すしぐさに、冗談だろうかと訝しんだがそうではないらしい。


「そっすそっす。俺が会いに来たってのもその占い師さんっすよ」


「俺もその人には世話になった」


 ユダガとカラムも声をそろえ、ルリマキが自分もだというようにうんうんと頷く。


 ちりちりちり。胸に焼けるような痛みが走る。どうしても思い出さずにはいられない。思い出と重ねずにはいられない。


 占い師。勇者を導く運命の女神のような人。かつて自分を師匠と呼んでくれた人。



「それは……。是非、俺も会ってみたいですね」




 ■■■



 海藤かいどう夢千夜ゆちよの人生の中で最も幸運だった事を上げるなら、それは間違いなく今の夫、海藤かいどう孝明たかあきと出会えたことだろう。


 夢千夜の一目惚れだった。だが浅はかだったとは思わない。むしろ今でも彼に一目惚れした当時の自分、空木うつぎ夢千夜ゆちよの幸運と慧眼に喝采を送りたいくらいだ。


 優しくて、常に家族のことを考えてくれて、頼りがいがあって、夢千夜の全部を受け止めてくれて。人付き合いが良くて近所の評判も上々。ちょっとぶっきらぼうなところは意外に照れやな孝明の照れ隠し。


 孝明のいい所を挙げていけばキリがない。しかしその逞しく美しい体はどうしても筆頭に来るだろう。ウエディングドレス姿でバージンロードを新郎に抱きかかえられて歩くなどという御伽噺のお姫様の様な経験を、一体どれだけの女性が実際に体験できるというのか。もう数年も前だが未だにあの時のことを思い浮かべるとニヤついてしまう。


 結婚した時に夢千夜は住み慣れた町を離れ、孝明の地元に住むことになった。孝明の事情を知っていた夢千夜にしてみれば当然の事であったし、一緒に来て欲しいと言われた時には思わずガッツポーズを決めたくらいであったが、孝明の方は引け目を感じていたらしい。


 田舎というものは息苦しいものだ。今まで夢千夜が暮らしてきた世界とは人と人との距離感が根本的に違う。それは人の温かさともいえるものだが、同時に人を縛る鎖でもある。


 しなくてはいけない付き合いがある。他人のことなどどうでもいいと切り捨ててしまえば生活はままならない。自分だけの話ではないのだ。


 面倒に感じることもあったが、孝明はいわばよそ者である夢千夜が窮屈な思いをしないかと常に気にかけてくれていた。夢千夜はそれで十分だった。とても幸せな結婚生活だった。


 結婚して一年が経ちお腹に孝明の子を授かった頃、二人の家に一人の客が訪れた。


「やあ。孝明、むーちゃん、お久しぶり」


 夢千夜をむーちゃんという大学時代のあだ名で呼ぶこの人物は孝明の友人であり、名前を麻倉あさくら 和矢かずやという。


 和矢のことは夢千夜自身も良く知っている。それどころか和矢には大きな恩がある。孝明と出会った当時、いずれ地元に戻ることを理由に夢千夜との交際に消極的だった孝明を説得してくれたのが和矢だった。和矢がいなければ今の幸せはなかったかもしれないのだ。


 孝明と和矢は同じゲームが好きだったことをきっかけに仲が良くなったらしい。二人はまた一緒に遊んでみるか等と盛り上がっていた。


 久しぶりに会った友人に孝明は、今の夢千夜には孝明を通じてしか世界がないのが心配だ、と打ち明けた。田舎での付き合いはやはり、元が地元出身の孝明を通じてになってしまう。孝明とは関係のない人間関係を持つべきだというのが孝明の意見だった。


 孝明自身が田舎暮らしに面倒くささを感じていたからなのだろう。自分を縛るものに夢千夜を巻き込みたくないというのは、孝明が結婚前から気にしていたことだ。



「んじゃさ、むーちゃんもネットゲームやってみたら?」


「ああ? ネオデか? それじゃ結局俺通じてじゃねえか」


「うんうん。だからさ、別のゲーム。最近は色々出てるらしいよ」


 和矢の提案は正直を言えば嬉しいものではなかった。あまり興味をそそられなかったし、孝明がなるほどと納得するのに夢千夜は突き放されたような気がしたのだ。


 しかし、物わかりのいい様を演じて始めた新しい世界と、そこで仲間たちと紡いでいく物語は、想像をはるかに超えた素晴らしいものだった。


 丁度サービスを開始したばかりのオンラインゲーム<エターナルリリック>に、孝明に似せて作った筋肉隆々のアバター。


 名前は「むーちゃん」より前に夢千夜に付けられた、ポテトチップスに因んだあだ名から取った。


 これが後の、斧使いの常識テンプレートをひっくり返したと言われるカリスマにして、何人も不可能を万人可能に引きずりおろす最強集団<ギンエイの詩集め>の特攻隊長、英雄<カラム>誕生の瞬間であった。

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