第183話 訳アリの勇者④
その人は大学時代のレスリング部の先輩で、名前を
レスリングの技術だけでなく私生活の面でもたくさんのことを教わった。ゲームなどもよく一緒にしたものだ。卒業後、就職先を決める時も、翔太に同じ会社で働かないかと言われれば断ることなど考えつきもしなかった。
社会人になってからも引き続き翔太には世話になった。大学の時と同様、会社内でも翔太は高い評価を得ていた。翔太に可愛がられていたというのはとても幸運なことだった。仕事もプライベートも、豊の人生が充実していたのは全て翔太のお陰と言っても決して過言ではない。
翔太には恋人がいた。彼女の名前は
二人は時折豊を食事に誘ってくれた。素晴らしい二人の仲に自分を混ぜてくれたのだ。そこで仕事の悩みをいて貰ったり、失恋の愚痴をこぼしたり。それは豊にとって大切な時間だった。二人の側にいられるということが誇らしかった。
できる人と言うのは何をやらせてもできるものだ。翔太は部活でも仕事でも優れた人間だったが遊ぶのも得意な人だった。何をやっても中の上止まりの豊などとは根本的に頭の作りが違うのだろう。エターナルリリックというゲームを始めたのも翔太からの誘いがきっかけだった。
翔太の話ではエターナルリリック、通称エタリリというゲームはネットの中で沢山の人が同じ世界を共有するのだという。たしか大学の時にもそんな話を聞いた気もするが、あれは別のゲームだったかもしれない。
「美咲も誘ってるところなんだ。お前も来いよ」
翔太にそう言われれば、断るという選択肢は豊には勿論なかった。
□□□
—この世界にあなたの魂を受け入れる為の
初めに種族を選んで下さい。
翔太と美咲は二人ともドワーフ族。別の種族を選ぶと翔太はともかくしばらくは美咲とは一緒に遊べないと言われていた。豊は迷うことなくドワーフ族を選択した。
—では最後に、あなたの分身となり、エターナルリリックの世界を旅するこのアバターに、名前を付けてください。
勇者。勇者の名前か。
身体は小さいが逞しいドワーフ族の勇者にふさわしい名前。
<ショウタ>
当然その名が浮かんだ。しかしさすがにやりすぎだろう。これでは翔太に怒られてしまう。少し変えておこうか。
<ジョダ>
名前の由来に翔太は気が付かなかったが美咲にはバレてしまい、結局翔太にも伝わってしまうことになった。
「ったくお前は」
翔太は呆れていたようだったが、最後は「しょうがねえな」と許してくれた。
「そのうちレベル上がったら色々連れてくからな。あ、ギンエイって人の動画は見とけよ?」
こうしてエターナルリリックオンラインの世界に勇者<ジョダ>が誕生した。
豊はこの世界を存分に楽しんでいたが、同じ時期に始めた美咲はさほど乗り気ではなかったらしく、ログイン頻度が少ないことに翔太は愚痴をこぼしていた。それでも一緒に遊んでいる間は美咲も楽しんでいるように豊には見えた。
<ジョダ>が生まれてから二月ほどたったころには翔太と美咲以外にも一緒に遊ぶ仲間ができた。
中でもよくつるむようになったのは廃鉱山で出会ってクエストを助けてくれたゴウとその友達のメルロンの二人だ。
メルロンは少し堅いところのある男だったがゴウとはいいコンビで、同じ時期に始めたこともありジョダは親近感を持っていた。このころのメルロンはまだエルフ三番目の町に着いたばかり。一月弱分の先輩風を吹かせつつ、メルロンのクエストを手伝ったりもした。
ある日三人で遊んでいた所、翔太から呼び出しがあった。
「美咲と一緒なんだがお前も来ないか?」
すぐに行くと答えたが、メルロンはまだドワーフの里には入ることが出来ない。豊はゴウとメルロンに断りを入れ、翔太と美咲の元へ向かうことにした。
「すんませんっす。リアルの……」
出来心と言うのだろう。リアルの先輩の彼女が、と言うつもりだったのに。自分のアバターに付けた<ジョダ>という名前に引っ張られて、つい。
「リアルの彼女がエタリリ初めたんで、ちょっと手伝いに行ってくるっす」
ジョダは小さな罪を犯した。
「へえ~、彼女さんと一緒にやるんだ。いいなあ。今度紹介してね」
他愛もない小さな嘘だ。リアルのことなどネット越しにはわからないのだし、気に留めるほどのことでもない。彼女がいると嘘をつく事なんかリアルでもよくあることじゃないか。そのうち折を見て実は嘘でしたとでもと言えば済む話だ。向こうもさほど気にしてはいないさ。
「ういっす。まあ、そのうちに!」
だがゴウにこの嘘を訂正できたのは、この日から二年も後の話になる。
■■■
そして、あの事故が起きた。
ただの交通事故だった。そんなありきたりなもので、翔太はこの世からいなくなってしまった。
そんなわけはないと、何かの間違いだと大声で喚き散らしたかった。だがそんなことをしている余裕はなかった。豊のすぐ側には、豊以上に深く傷ついている人がいたからだ。
当時の美咲はとても見ていられたものではなかった。真っ白な生気のない顔は美咲自身もまるで。もしも死相という物が本当にあるのなら、この時の美咲の顔に浮かんでいたのは正にそれだったろう。
あやうくて、あやうくて。しっかり見張っていなければ翔太の側に行ってしまうのではないか。そう感じさせるほどに儚くて。
そんなこと絶対にさせてはいけない。あってはならないことだ。それは豊にとって、翔太から託された最重要クエストだった。
やがて、一年が経った。豊と美咲は少しだけ日常を取り戻した。
「石田さんって彼氏いるのかな?」
「お前知らねえのか? あの人は……」
そうだ。石田美咲の彼氏は、前田翔太ただ一人だ。
二年が経った。美咲は時々笑うようになった。豊はそれに安心していた。頑張った。よくやった。翔太もそう言って褒めてくれるのではないだろうか。そんな気がして誇らしかった。
だが世界はゆっくりと歩き出そうとする二人を待ってはくれない。凄い早さで翔太の死を忘れていく。
「石田さんって綺麗だよな。俺、アタックしてみようかな」
「馬鹿、お前じゃ釣り合わねえよ」
当たり前だ。翔太先輩以外の誰があの人に釣り合うものか。しかし、その声はこう続けたのだ。
「営業部の白木とか、他にも狙ってるヤツ結構いるんだぞ?」
ざわり。
狙っている? 美咲さんを? あの人は翔太先輩の物なのに? そんなことは許されない。許されていいわけがない。
この時。豊の中に、何か得体のしれない、真っ赤な蛇のような物が生まれた。
生まれた? いいや、違うね。
俺はずっと前からお前の中にいたよ。他の女を好きになったふりをするお前を、翔太の物だからと諦めたお前を、甲斐甲斐しくに美咲に尽くすお前を見ていたよ。頑張ったよな。全部美咲と翔太のためだ。ちゃあんとわかってる。俺はそれを知っているよ。
だがなあ、聞いただろ? 翔太のことを知りもしないヤツが、美咲を狙っているんだぞ?
蛇は云う。「お前はそれでいいのか?」
いい訳がない。ありえない。許されない。石田美咲の隣にいていいのは、前田翔太だけだ。
蛇は云う。「だがなあ、翔太はもういないんだ」
駄目だ。誰にもそんなことさせない。許されない。許さない。
蛇が云う。「そうだお前の言う通り。その資格があるものは、この世には最早ただ一人」
美咲さんは……。
—誰にも渡さない。
翌日。真っ赤な蛇に唆されて、
「美咲さん、お話を聞いていただけませんか」
豊は大きな罪を犯した。
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