第182話 訳アリの勇者 ③
「ごめんね、ちょっと考えさせて」
そう答えて足早に立ち去る、尊敬する先輩の彼女だった人の背中に向かって、
激しい自責と自己嫌悪。そして微かな安堵感と、そこに再び訪れる自己嫌悪。だが後悔だけはすまい。こうなることを覚悟した上で、それでも伝えると決めたのだから。
□□□
急ぎでダージールに向かうためにちょっとズルをする。そう言うユダガの手伝いとして現れたアバターの名はゴウといった。レベルは現在の環境で最高の90であり、かなりのベテランと思われる。
「ゴウさん、こちらがお話したワーロウさんっす」
「うわ、ほんとだレベル1! あの時みたいだね。宜しく、ワーロウさん」
「すいません、ご面倒を」
「いえいえ、全然全然」
ゴウはこちらのレベルに嫌な顔一つなく護衛を承諾した。ユダガから事前にメッセージはいっていたのだろうが、それにしてもあっさりとした気持ちのいい男だ。
「でもワーロウさんもうちょっとだけ待ってね。あと一人来るから。あ、誤解のないように先に言っておくけど、あまりしゃべらない人だけど怒ってるとかじゃないから心配しないで。大人しいけどノリノリの人だから」
大人しいけどノリノリ。いったいどんな人物だろう。想像では自分の友人の中ではショウスケがそれに近いだろうか。
「なんかほんとにあの時みたいっすね」
「ねー。メルロンとギンエイさんも来れればよかったんだけどね」
二人の言う「あの時」のことは一緒に冒険した全員の共通の思い出になっているのだろう。誰だか知らないがありがたいことだ。ワアロウは少しだけ罪悪感が薄れるのを感じた。
よいしょ、と言いながらゴウが腰を下ろし、ユダガもその向かいに座ったのでワアロウも倣うことにする。
「ギンエイセンセ、来るって言ってくれたんすけどね。急にダメなっちゃったっす。まあ忙しい人っすから。メルロンさんお風邪の方はどうっすか?」
「一応早く寝たけど大したことないみたいだよ」
「お大事にっす。前より面子少ないし俺のレベルも低いっすけど、ヨロシクっす」
「まあ、俺とルリマキさんレベル90あるし、ダイジョブでしょ」
「ダブルサイスが出てこなければっすねw」
「アレねw ヤバかったよねwww でももうダブルサイスくらいなら平気だよ」
「マジっすか! 流石っす」
<ダブルサイス>というのは確か、フィールド上に時折見かける<リーパー>やその上位である<グリムリーパー>のさらに上位に位置するモンスターだったか。<リーパー種>と呼ばれる特殊なモンスターで、大人数が集まったり同じ場所で何度も死んだりすると現れやすくなるらしい。
レベル50程度のパーティーが遭遇すれば大変なことになるだろうが、レベルが10も違えば大人と幼児くらいの力の差が出るのがレベル制ゲームだ。
「レベル全然違うからね。ファザータイムとかタナトスはちょっと無理だけど、流石に出てこないでしょ」
「フラグやめってくださいっすw つかそんなん沸くんすかココ」
「いや<嘆きの洞窟>より沸きにくいし、わざわざ沸かそうとでもしないと沸かないからだいじょぶだよ」
「フラグ立てるなっすwwww」
「いやいや。それになんかあったら呼べってカラムさん言ってくれてるし。マーソー団の人たちと一緒に来てくれるって」
「マジっすか! 絶対大丈夫な奴じゃないっすか。なんかもういっそ出てきて欲しい位っす」
「うん。サンクタ・モルスとかラスボスとか出てこなければ絶対大丈夫」
「フラグwww」
<ファザータイム>や<タナトス>はダブルサイスよりもさらに上位のリーパー種なのだろう。死神の固有名が付けられている所を見ると、<リーパー>や<ダブルサイス>のような一般名を付けられたモンスターとは一線を画す、複数のパーティーで挑むボスの様な存在なのかもしれない。
「あ、ごめんねワーロウさん。つい話し込んじゃって」
「いえとんでもない。それに聞いてて楽しいですし」
気を使ったわけではなく本当のことだ。二人の会話はワアロウのネットゲームの記憶の中の大事な部分だけを思い出させてくれる。
「そう? ワーロウさんって……あ、来た」
何か言いかけたゴウが座ったまま彼方に向かって手を振った。
その方向から一体のアバターが凄いスピードでこちらに向かって走ってくるのが見える。青く縁どられた白色のローブ。人間族の神官職だろうか。意外にも女性アバターで遠目にも非常に美しい顔をしているのが分かる。細部までこだわって作ったのだろう。だがその顔には美しさ以上に目を引く特徴があった。
エタリリでは特に操作しなくても行動に合わせてある程度勝手に表情が出る。走っていれば走っているような表情が出るのだ。だがこちらに向かって全速力で走ってくるそのアバターは完全な無表情。まるで人形が走っているようだ。わざわざそうなるように設定をいじっているならば、これは確かに大人しいけどノリノリの人。
……しかし、あの勢いでは止まれないのではないだろうか。
ワアロウはスピードを緩めないままこちらに突っ込んでくる美しいアバターを見ながら、つい余計なことを考えてしまった。無論そんなわけはない。アバターは操作をやめれば勝手に止まる。勢いで何かにぶつかったり転んだりということはない。
ないはずだったのだが。
猛スピードで走ってきたそのアバターは、ワアロウ達三人の手前で急停止しようとして止まり切れず大きくバランスを崩す。
あ、あぶない! 支えようと咄嗟にワアロウの現実の身体が動くが、すぐに現実の光景ではないと思い至る。
かろうじて片足で踏みとどまったそのアバターはぐるぐる腕を回して体勢を立てようとふらふらしていたが結局叶わず、初めから素直に転んだ方がよかっただろうと思うような派手に転んだ。
挙句美しい容姿とは全く不釣り合いの有様で地面に転がっている。
……これはどういう反応をしたらいいのだろう。笑うべきだろうか。
ワアロウが戸惑っているとそのアバターはむくりと起き上がり、ぱんぱん体についた土を払った。当然、グラフィックで描かれたアバターは転んだからといって汚れたりはしない。
「こんにちは」
ルリマキという名のそのアバターは何事もなかったかのように、無表情のままこちらに向かって頭を下げた。
「あ、これはどうもこんにちは……?」
ワアロウは流れについていけないままよくわからない挨拶を返す。しかしルリマキはそれ以上何も言わないまま無表情で突っ立っていた。
「お久っす、ルリマキさん。芸に磨きがかかってるっすね」
「ユダガさん、お久しぶりです」
「うお⁉ ルリマキさんがしゃべったっす!」
ユダガが大げさに驚いて見せる。なるほど、無表情無口は彼女のロールプレイなのだろう。確かにゴウに言われていなければ何か怒らせるようなことをしたかと心配になってしまう人もいるかもかもしれない。
「ルリマキさんね、ユダガさん戻って来るって聞いて凄い喜んでたんだよ」
ゴウが言うとルリマキは無言のままこくこくと何度もうなずいた。
「マジっすか。めっちゃ嬉しいっす」
ゴウはしゃべらないルリマキの通訳係のようだった。おそらくは個人チャットでのやりとりがあるのだろうが、もしかするとブンプクが言っていることをショウスケだけが理解できるのと同じなのかもしれない。
無表情無口とはいってもルリマキはそれ以外の場所でしっかりと感情を表してくる。ゴウの言う通りルリマキが喜んでいるのだというのは初対面のワアロウにも伝わった。この三人は仲が良かったのだろう。
「ルリマキさん、この人がさっき話したワーロウさんね」
「すいません、お世話になります」
ワアロウが改めてルリマキに頭を下げると、ルリマキは無表情のまま任せろとでもいうように、こちらに向けてぴっと親指をあげて見せた。
ゴウはルリマキを「大人しいけどノリノリ」と表現していた。確かに無口ではあるが、ワアロウには彼女が大人しいとは思えない。なんとなく、常に何か動き回っていたかつての弟子を思い出した。
「んじゃあ揃ったことだし、そろそろ行きますか」
座ったままゴウが伸びをすると、それを真似るようにとなりでルリマキも無表情のまま伸びをした。そんな顔をしていては伸びの効果も半減しそうだ。同じ人間族でも体の大きさがずいぶん違う二人が同じ動きをしているのは見ていて微笑ましい気持ちになる。
「うっす。世話になるっす」
ユダガに続いてワアロウも立ち上がった。短い期間ではあるが楽しい旅になりそうだ。。そう思いながら立ち上がるワアロウに、ユダガはにっと笑って見せた。
「んじゃあワアロウさん、改めてヨロシクっす。俺はユダガ。二年ほど休止して復帰したばっかの、訳アリの勇者っす」
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