第181話 訳アリの勇者②
「ユダガさん、ありがとうございました」
ワアロウを助けた<ユダガ>は人間族の戦士だった。レベルは42。ネットの攻略情報を参考にすれば「死者の国」を超えるには少々足りない。レベル1のワアロウとは強さは比べ物にならないとはいえ、つい最近始めたのだろう。
「いいんすよう。えっと、ワーロウさんっすね。ヨロシクっす」
ユダガはワアロウのことをワーロウと呼んだ。確かにワアロウという名前は母音過多だ。チャットで書く分には変わらないが口に出してみれば発音しづらいかもしれない。
「さっきの蘇生アイテムですよね? 貴重なものを使わせてしまって」
戦士職のユダガには蘇生魔法は使えない。蘇生用のアイテムはかなり高価であり、自分と同じ時期に始めたであろうユダガにとってはかなりの出費になるはずだ。
「いやいや、気にしないでくださいっす。友達と待ち合わせがてらモンスター狩ってたんすが、何回も来ては死に、来ては死にしてるの見て気になってたんす。余計な手出しかなあとも思ったんすがレベル見てつい」
しばらく前から見られていたらしい。死体になってから町に戻るまでは画面から目を離していたので気が付かなかった。
「しかしワーロウさん凄いっすね。よくここまで来れたっすねえ」
「いや、全然凄くはないんですが……」
レベルの違いからか、助けて貰ったことへの気後れか。久しぶりのチャットはまるでリアルのように話しづらい。だがユダガは人懐っこい性格のようでさして気にする様子もなく話をつづけた
「いやいや、スゲエっすよ。前にも一人見たことあるんすけどね。とても真似できねえっす。もしかしてこの先もこのまま行くつもりっすか?」
「まあ、その。恥ずかしながら」
全く凄くもないし、真似する必要もないことだ。ただの独りよがりであり、そこを褒められるのはむしろ気まずい。
「ナルホド訳アリっすね。イイっすね。俺そう言うの好きっす」
ワアロウの偏屈なこだわりだったが、ユダガは好意的な解釈をしてくれたようだ。この人物であれば<なごみ家>のメンバーとも……。
ああ、もうあの場所はないのだったか。
「訳アリってほど大したワケがあるわけでもないんですが。ギンエイって人に会ってみたくて」
「ギンエイ? ギンエイ先生っすか?」
「先生?」
「あ、実は俺……。じゃないな。俺の友達がギンエイセンセの弟子なんすよ。だから俺も弟子みたいなもんっす」
弟子。そうか、ギンエイには弟子がいるのか。
「弟子……」
劇団を作ってしまう程の人物だ。きっとギンエイは良い師匠なのだろう。
ちりり、と胸の奥に痛みが走る。かつてはワアロウにも弟子がいた。だが彼女には何もしてあげられないままで。それどころか最後にはとんでもない迷惑をかけることになった。
「あ、信じてないっすね? 妄想とかじゃないっす。ホントっすよ? 何言ってんだコイツとか思わないで欲しいっす。」
「いや、別に疑っているわけでは」
有名プレイヤーの中身だって普通の人間だということはワアロウはよく知っている。<辻ヒーラー>も<骨董屋>も<毒使い>も、ワアロウほどの凡人ではないにせよ、ワアロウと同じく現実世界を生きる人間だ。
だがついワアロウが黙ってしまったのをユダガは何か勘違いしたらしい。
「証拠もあるっす。ほらこれ、見て下さいっす。俺の家宝っすよ!」
ユダガが取り出して見せたのはリュートという楽器だった。
「製作者の名前見て下さいっす。ギンエイの銘はいってるっすよ」
ユダガの言う通りリュートは「製作者:ギンエイ」となっている。
「ギンエイさん、やっぱりすごい人なんですね」
「いや、変人っすよ」
「はあ」
「でもすげえ人っす」
「はあ……」
落とすのか褒めるのかどっちかにして欲しいところだ。だがユダガがギンエイに相当入れ込んでいるのは間違いないだろう。なにせ銘入りの楽器を家宝扱いにするくらいだ。
「ワーロウさんは何でギンエイセンセに会いたいっすか?」
「会いたいというか、どんな人なのかなと。僕は別のゲームやってたんですが、偶然吟遊詩人ギンエイの噂を聞いて」
「吟遊詩人? ああ~、そっちっすか。最近だとそっちの方が有名っすもんね。流石と言うか、変人と言うか。まああれも凄いんすけど、俺が好きなのはもっと昔のギンエイセンセっすね。めっちゃ凄かったんすよ。攻略動画やってて再生数とかもパなかったんす」
ユダガはまくしたてるようにギンエイについて語りだした。
「そうそう、あんときもマジで凄かったっす。実は前にね、ワーロウさんと同じようにレベル1のまま、エルフ族的にココ的なダンジョン超えようとしてた人がいたんすよ」
ネオオデッセイでは種族ごとに冒険のスタート地点が異なる。そしてそれぞれの種族の抱える問題を解決しながらレベルを上げ、中央都市ダージールを目指す。エルフ族で始めても<死者の国>同じようなダンジョンを超えなくてはならないのだろう。
「それはまた……。酔狂と言うかなんというか」
おかしなことを考えるプレイヤーもいたものだ。
「その通りっすけど、ワアロウさんが言うのはどうかと思うっす」
「ごもっとも」
「その人も一人で三つ目の町まで来たっすよ。そこまでの道中めちゃくちゃ死んだらしいっす」
それはそうだろう。レベルを上げて進んだ方が絶対に早いし楽しいはずだ。
「何でそこまでして……」
「おまいう、っす」
「ごもっとも」
ユダガのつっこみはいちいちもっともではあるのだが、ワアロウには前のゲームの自分というアイデンティティがある。他に一体どんな理由があればそんなことをしようと思いつくのだろうか。
「ギンエイセンセと俺達とでその人を護衛してダージールまで連れてったんす。いやあ、センセマジで凄かったっすよ。俺まで勇者な気分になっちゃって。あんときは燃えたっすねー」
勇者の気分。しかし護衛されたレベル1のアバターからすればきっと。
「それは気分じゃないでしょう。間違いなく勇者だ」
「おおっ、言うっすね、ワーロウさん。まあ、ネトゲっすからね。誰もが勇者なんすけどね。でもなんつうか、すげー楽しい旅だったっす」
つい口を突いて出た恥ずかしい言葉を、ユダガは照れながらも笑わなかった。
どんな事情があったのかわからないが、レベル1でダンジョンを抜けようとした人物にとってユダガとその友人たちは間違いなく勇者であり、そのことはユダガ自身のなかでも大事な思い出になっているのだろう。
「そうそう、俺その時のレベル1の人に会いたくってダージールにいくとこなんすよ。友達が言うには後一週間くらいはいるらしいんすけど」
「その後は別の町に行ってしまうのですか?」
「そっすそっす。でも別の町って言うか、別の世界に行くっす」
「は?」
「一月ごとに別のゲームをやってるっす。なんでエタリリには後一週間しかいないんす」
「別のゲーム? なんでまた……」
ユダガ達に手伝ってもらったとはいえ、ダージールまでの旅はその人物にとってもかなり困難な道のりだったはずだ。それなのに一月でこの世界を去るというのか。いったいどんな事情なのだろう。少々興味が沸く。
「なんなんすかね? ギンエイセンセ以上の変わり者なのかもしれないっすね。でも凄くいい子っすよ。面白い子っす。んなワケで俺、ちょっとズルして友達に手伝ってもらってダージール行くとこなんすよ。ワアロウさんも一緒にどうっすか?」
「それはありがたいですが……」
遠慮しようとして思いとどまる。きっとユダガは初めからそのつもりで先ほどの話をしたのだと気が付いた。
「気にしなくていいっすよ。手伝いに来てくれるの、さっきの話の勇者一行のうちの二人っすから」
話を聞く限り、どうやらユダガはレベル通りの初心者というわけではないらしい。甘えてしまってもいい物だろうか。
「それに、このダンジョンボスいるっすよ。倒さないと進めないっす」
「あー、ボスか。そりゃいますよね……」
道中に強敵を配置するのはゲームの定番。むしろ醍醐味だ。だがワアロウでは決してボスに勝つことはできない。
それに。
自分以外に勇者がいるのなら、それについて行くというのは悪くない。しっかりレベルを上げて共をしたかったと思うくらいだ。
ワアロウは、和矢は自分をNPCだと考える。現実世界にも
だからこそ和矢は、主人公の隣にいる重要な脇役に憧れるのだ。
「じゃあ、お願いしちゃってもいいでしょうか」
「了解っす! 実はもう来てくれる仲間には話通してあるっす。ダージールついたらギンエイセンセにも紹介するっすよ。あ、丁度ひとり来たっすね」
ユダガの言う通り、転移魔法で一人のアバターが飛んできた。
「おいーっす。ジョ……。じゃなかった、ユダガさん。久しぶりー」
「名前出てるのに何で間違うっすかw 」
「いやー、ごめん。なんか懐かしくてさあ」
人間族。騎士だろうか、黄金色の鎧と大きな盾で武装している。レベルは90。確か現状のこの世界での最大レベルだったはずだ。
現れた騎士がユダガの名前を間違えたことに、ワアロウは好感を持った。名前が画面に表示される世界。それでも名前を間違えるというのは一見ただのおっちょこちょいに見えてそうではない。彼は心の中でユダガを別の名前で呼んでいるのだ。
かつてレベル1の冒険者をダージールまで連れて行ったことがあるというユダガは見かけ通りの初心者ではない。ユダガにはもう一つの姿があって、この騎士はその姿の方をよく知っている。そういうことなのだろう。
「ゴウさん、お久しっす。ご無沙汰してたっす」
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