第180話 訳アリの勇者

 占いをするとき、タロットカードは裏の状態で並べられる。この状態では何のカードが並んでいるかはわからない。


 そこに記されているのは未来への祝福なのかもしれないし、避けることが出来ない災いへの警告かもしれない。


 占い師といえど、開いてみるまでそれが何のカードなのかはわからないのだ。



 これはそういう物語。



 あの時燦然と輝いた<審判ジャッジメント>の、その裏側の物語。


 臆病な私の代わりに奇跡を起こしてくれた勇者たちの、私の知らない物語。



 □□□



 一度見たことのあるシーンです。


 プロローグをスキップしますか?


  はい

 →いいえ



 あなたはいつも通り布団に入って目をつぶりました。


 うとうととしたまどろみの中で、何処からともなく聞こえる声に気が付きます。


 聞こえますか

 聞こえますか


 勇者よ、私の声が聞こえますか


 不思議な声に応えますか?



 →はい

  いいえ



 勇者よ、ありがとうございます。


 私はファトナ。あなたの世界とは別の世界の女神です。


 この世界は恐るべき脅威に曝されています。


 大魔王メルズドナム。


 あの恐るべき「世界の捕食者」がこの世界を次の獲物と定めたのです。


 メルズドナムの呪いにより、この世界の全ての魂はメルズドナムとその眷属に対し抗うことが出来ません。


 メルズドナムは世界を捕食するもの。


 世界の全てを平らげ、また次の世界へと向かう邪悪なる意志。ここで食い止めなければ、更に犠牲は広がるでしょう。


 彼の者を撃ち滅ぼすには、あなたの力が必要です。


 異世界の勇者よ。汚れなく、強き魂を持つ者よ。


 どうか私の声に応え、この世界を救って下さい。



 →はい

  いいえ


 ・

 ・

 ・


 <器の間>


 この世界にあなたの魂を受け入れる為のアバターを作成します。


 <アバターの作成>


 初めにアバターの種族を選んで下さい。


 次にアバターの年齢区分を選択してください。


 アバターの外見を作成して下さい。


 職業を選択して下さい。


 能力値の振り分けを行って下さい。


 このアバターで宜しいですか?



 →はい

  いいえ



 では最後に、あなたの分身となり、エターナルリリックの世界を旅するこのアバターに、名前を付けてください。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 <ユダガ>



 この名前で宜しいですか?



 →はい

  いいえ


  はい

 →いいえ


 →はい

  いいえ



 あなたをこの世界に迎え入れる準備が整いました。


 勇者ユダガの魂よ。


 今、この仮初の器アバターに宿れ!



 □□□



「シンヤ君、チケット抽選どうだった?」


「全然ダメ。今回倍率ヤバかったもんな。仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。滝川さんは?」


「ふふふふふ。実は私、当選しちゃった!」


「くああああ、マジかよ。もうちょっと古参を優先して欲しいよね。いいなあ……。白蛇姫超見たかった……。せめて俺の分も楽しんで来てくれ」


「で、なんだけど。良かったら一緒に行かない?」


「え、いいの⁉ マジで? 行きたい!」



 閉店後のバックヤード。アルバイトの新田にった 信也しんや滝川たきがわ 愛羅あいらが盛り上がっている。


「ライブかなんかかい? わるいけど日付教えといてくれ」


 無粋とは思いつつも和矢は二人に声を掛けた。どちらも非常に優秀で頼りになるアルバイトだ。両方が居ないならその日は把握しておかなくてはいけない。


「ダイジョブですよ店長。バイト終わってから行きますから」


「あ、そなの? ってこの時間から⁉」


 店を出て直ぐに向かったとしても会場に着くのは何時のことになるやら。深夜ライブという物だろうか。


「若さだね……。学校大丈夫なの?」


 二人とも学生とはいえ、同じ頃の自分とは比べ物にならないくらいしっかりしている。和矢が心配する必要もないだろう。だがついつい口を出してしまうのもまた年を取ったということなのだろうか。


「家から行けるヤツなんで」


「あー、なるほど。配信かー」


 信也の言葉に和矢は納得した。人気のアイドルグループならばたとえ画面越しのライブでも参加したいと思う者は多いだろう。


「いや、店長。配信のチケットも抽選ってどんなグループですか」


「あれ? それもそうか。え、じゃあどういうこと?」


「店長、ネットゲームわかりますか? MMORPGとかそういうやつ」


 愛羅に突然思わぬ単語を提示されて胸に疼くような感覚が走る。楽しさとなつかしさの詰まった瓶には、触れたくない記憶で蓋がされている。


「ん、あー。昔やってたからなんとなくは」


「え~、店長ネトゲやってたんですか? なんてやつです?」


「いや、古いやつだよ。君らは知らないと思う。んで、そのネトゲがどうしたの?」


「ネトゲの中でライブやってる人がいるんですよ」


「は?」


「ストーリーの振り返りとか、誰かの体験談とかを歌ったり劇にしたりしてる人がいて。人気の演目はチケット取るの大変なんです」


「今回新作の演劇で、昔いた<白蛇姫>っていう凄いプレイヤーの、なんていうの? 武勇伝? みたいなのなんですけど」


「へえ……。そんな人がいるんだ。それは……」


 とても興味をそそられる。


「エタリリ、ギンエイで検索したらいっぱい出てくると思います」


 家に着いたナゴミヤはアルバイトの二人から聞いたキーワードを検索してみた。


 ギンエイという人物はロールプレイで<吟遊詩人>をしているらしい。ギンエイの歌う歌は皆、プレイヤー達の体験を元に作られたものなのだという。


 まさに吟遊詩人、か。


 更にギンエイは自身が歌うだけではなくゲームの世界に劇場をつくり、そこに人を集めて様々なパフォーマンスを行っているというのだから驚きだ。規模もかなり大きなものらしく、人数制限のあるチケットは常に完売状態らしい。


 信也と愛羅が言っていた<白蛇姫>はその新作であり、またギンエイ自身の視点で語られる初の物語でもあり大変注目されているようだ。


 ネットゲームには様々な人がいる。なんせ占い師がいるのだ。吟遊詩人がいてもおかしくはない。しかし。


 誰もが主人公であるネットゲームの中でギンエイと言う人はどんな思いで他人の物語を綴ったのだろう。


 ヴァンク、ナナシ、リンゴ、ハクイ、ブンプク、ショウスケ。


 他にも出会って、別れてきた何人もの勇者たち。


 それに……。



『私の師匠になって下さい!』



 <白蛇姫>の主人公<白蛇姫>はギンエイの弟子であったのだという。


 最終的には自分が壊してしまった、大切な場所。


 和矢は最後の最後までNPCだったが、彼らは皆、紛れもなくあの世界の主人公だった。


 考えたこともなかったが、もしも彼らの物語を誰かに伝えられたら。


 そこに触れようとすると、同時にやってくる後悔、不甲斐なさ、申し訳なさ、理不尽な敵意を向けられる恐怖とそこに仲間を巻き込む恐怖。


 思い出すことを避けていた。二度とネットゲームをすることはないだろうと思っていた。


 しかしつい触ってしまった瓶の蓋からは、思ったほどの苦痛を感じない。二年という時間は和矢の傷をいつの間にか癒していたようだ。


 そして蓋の微かな隙間からは、きらきらとした思い出がこちらは色あせないままに輝いて見える。


 ナゴミヤこと麻倉あさくら 和矢かずやは久しぶりに、虚構の世界へと惹かれるのを感じた。



 □□□



 <エターナルリリック>、通称<エタリリ>の魔王は「世界を食べる世界」のような物らしい。


 捕食する前段階として、魔王は世界そのものに呪いを掛ける。この呪いは魂に感染する病気のようなもので、この世界の魂の全ては一部の特別な存在を除き魔王に逆らうことが出来なくなってしまう。


 呪いに対抗するため、女神さまは別の世界から魂を召喚してアバターに宿らせることを思いついた。


 異世界からの勇者の召喚。


 何だかどこかで聞いたような話だ。ネットゲームの勇者とはそういう物なのかもしれない。虚構の世界に旅立つという感覚は和矢にはなじみ深い。


「演劇が見たい」等という理由で召喚に応じたのは勇者候補のつもりでスカウトした女神様には申し訳ないが、向こうの見る目もなかったということだ。諦めてもらうしかない。どのみちこの世界にはたくさんの勇者が召喚されているのだ。世界なら彼らが救ってくれる。


 エタリリの世界でもっともありふれた種族の人間族。かつての<ナゴミヤ>と同じ魔術師。


 最後に出来上がったアバターに名前を付けるように言われた。


 以前と同じ名前を使うわけにはいかない。<ナゴミヤ>の悪名は世界の枠を超えて広がったのだ。二年たっているとはいえ、この世界にも<ナゴミヤ>を知る者がいるかもしれない。


 だが全く関係のない名前を付けてしまうことにも抵抗がある。


 少し悩んだが同じように自分の現実の名前をいじって、そのアバターに<ワアロウ>と名を付けた。


 こうして人間族の初期町オランゲ村に<ワアロウ>という勇者とは名ばかりのNPCが生まれた。


 しかしそこで厄介なことに気が付いた。ギンエイという人物に会うには多種族が集う中央都市ダージールにたどり着かなくてはいけない。だがこの世界はレベル制。強くならなくては先に進むことはできないのだ。


 ダージールに行くにはオランゲを出て<グレプ>、<コルア>という二つの町を経由し、さらにその先にあるアンデット蔓延るダンジョン<死人の国>を超える必要がある。


 モンスターを倒しレベルを上げながら進めばいいだけの話なのだが、なんとなくそれは嫌だった。ワアロウは勇者ではない。演劇を見に行きたいだけのNPCなのだ。


 誰に迷惑をかけるわけでもない、自分だけのこだわり。自分だけが気にしなければ済む話。


 ま、行けるとこまで行ってみるか。その先は後で考えよう。


 こうして、<ワアロウ>の旅は始まった。


 ゲームシステムが違えばアバターの操作方法も当然変わってくる。ネオオデッセイでは逃げるのは得意だったがこの世界ではなかなか難しい。アイテムの使用法も違う。おかげで貴重な薬草を数個無駄にしてしまった。


 それでもなんとかグレプへとたどり着いたが、この先コルアへはさらに厳しい道のりとなるだろう。


 一応対策は考えていた。


 グレプの町の酒場には「サポートNPC」の斡旋所が設置されている。パーティーを組まなくともある程度の冒険が出来るようにするためのシステムだ。


 そこに表示されているNPC達は当然ながら自分よりもレベルが高い。


 ……。


 よし。じゃあ君たちが勇者だ。


 オランゲ村の村長から渡されたなけなしの金で、ワアロウは二人のNPCを雇った。


 さらに初期装備の魔法の杖と魔法のローブを売り払い、ただの服と長い木の棒を購入した。木の棒は戦士ならばそれなりに武器として使えるのだろうが、ワアロウにとってはただの杖だ。


 雇ったNPCよりもNPCっぽくなった自分の見た目に満足すると、ワアロウはコラルの町に向けて旅立った。


 サポートNPC達は普段は姿が見えないが戦闘が始まると現れてモンスターを退治してくれる。極力彼らに負担を掛けないようにモンスターを避けながら進んだ。


 暫くは順調だったが途中から再び難しくなってきた。


 戦闘に参加していないワアロウには経験値や金は入らない。それはいい。当然のことだ。だが、雇った二人はモンスターを倒しているのにレベルが上がらない。


 理由は、NPCだから。


 この世界の住民は皆魔王とその眷属に戦いを挑むことが出来ないよう、恐怖で心を縛られている。その上で尚モンスターに立ち向かう彼らは、それでも、勇者主人公ではないのだ。


 一つありがたかったのは雇ったNPC達に「死」という概念がなかったことだろう。彼らは致死ダメージを受けると戦闘不能となり、全滅時にはワアロウとともに直前に立ち寄った町で蘇生される。


 何度も死んでグレプまで戻されながらも、現実世界で数日の時間をかけてなんとかコラルの町にたどり着いた。


 しかしそこまでだっだ。所持金はゼロに等しい。装備品を購入することも新しくレベルの高いサポートを雇うこともできない。


 この先に進むのはどう考えても不可能だ。


 それでもまあ、一応は。


 最大の難所ダンジョン<死者の国>。


 ダンジョンに入ってすぐの所でゾンビとスケルトンの群れに襲われ、NPC達はすぐに戦闘不能となり直後にワアロウも死亡してコラルまで戻された。


 攻略情報によればレベル50は必要となっている。レベル1の自分とレベル21のNPC二人ではとても攻略などできたものではない。


 何回か、同じことを繰り返した。


 無理か。


 ダンジョンに転がる自分の死体を見ながら考える。


 諦めるか。


 ではこの先に進むこととNPCであることのどちらを諦めようか。


 ……。


 まあいいか。そもそも演劇を見たいなんて不純な動機だ。ダージールの町に着いたところでギンエイという人物に会える保証もない。チケット代の算段もない。


 なにより多大な恐怖を抱えながら、無能な雇い主の希望で絶対抜けられないダンジョンに何度も挑まされるNPCに申し訳ない。


 町に戻されたら、そこまでにしよう。


 去っていくゾンビとスケルトンの群れを眺めながらそう決めた。


 和矢の二年ぶりのネットゲームは、ワアロウの旅は、こうして終わった。


 のだが。


 突如、自分の死体が転がる真っ暗な画面が、初めて聞く荘厳な音楽エフェクトとともに、聖なる白い輝きに包まれた。


「えっ、あ、あれ?」


 ワアロウは蘇った。


「うおお、スゲエっす。レベル1じゃないっすか。どうやってここまで来たんすか? やっぱ透明薬っすか?」


 どうやら見知らぬ人に蘇生されたらしい。その事実に戸惑う。ここに来るまでプレイヤーも見かけたが一度も話をしなかった。そのせいでネットゲームであるということを半分失念していた。


「ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしましてっす」


 蘇生してくれたプレイヤーは戦士職のようだった。ワアロウと同じ人間族で、槍と盾で武装している。


「すいません貴重なアイテムを」


「いいんすよう。こういうのは使ってナンボっすから」


 他人を蘇生する薬はかなり高価であり。この辺りにいる勇者にとっては痛い出費のはずだ。


「お返ししたいのですが手持ちが……」


「まま、話は後っす。とりあえず一回出るっす。ゾンスケ戻ってきたら俺一人じゃ対処できないっす」


 自分はこれ以上先には進めないのだ。正直ありがたさよりも申し訳なさの方が大きい。だがその厚意を無碍にするわけにはいかない。


 <ユダガ>という名の酔狂なアバターに続いて、ワアロウは死者の国を脱出した。

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