第176話 愚かな旅立ち
「ナゴミヤってやつ、ネオデやめたんだってな。お前らすげえよ。脳みそついてんのかよ。俺もクズだけどお前らには勝てねえわ。いや俺じゃねえよ。やったのお前らだからな?寄ってたかって、プレイヤー一人追い出したんだもんな。騙した奴がわるい、騙されたんだから仕方ないって平気な顔でゲームして、飯くって寝てんだろ? 知らなかったんです、ってな。知らねえ話で良く盛り上がれたな。楽しかったか? ちょっと真似できねえわ。マジ最高。さて今度は誰にすっかな。ログインして最初に会った奴でいいか。んじゃお前ら、次もよろしくな」
※この書き込みは通報により削除されました。
***
ざり、ざり、ざり。
「猫さん~、こんにちは~」
「おっす、お帰りだにゃ。こっひ~」
師匠がいなくなってから一月ほどが経った。
状況は大分マシになった。<なごみ家>が無くなって、勇者たちは大義名分をなくしておおっぴらに私達を叩くことが出来なくなった。師匠の狙い通り、というわけだ。
「勇気ある女の人」がナントカ掲示板に書いたことになっている「犯行声明」と、それに対しての元ギルドメンバーの返事も大きい。
師匠のおうちはいつの間にか私名義になっていた。広間のテーブルには私宛のお手紙が残っていて、家は好きに使って、でも縛られないで、好きなことをしてというようなことが書いてあった。そんなわけで今や私は一国一城の主である。言うまでもなく、一部屋のほうがずっとよかった。
ブンプクさんとショウスケさんはかなりイン率は減ったけど、時々顔を出してくれる。
師匠がいなくなって一番落ち込んでいたのはリンゴさんじゃないかと思う。勿論私を除けばだけど。リンゴさんは師匠のこと大好きだった。だからあんな書き込みをしたんだろう。どうしても勇者たちに一言言ってやりたかったんだと思う。頭のネジが外れている師匠はこういうの好きじゃないかもしれないけど、私はすっきりした。そのリンゴさんも師匠がいなくなって、リアル事情もあって、あまりログインしなくなってしまった。
レナルド君はなんとダーニンさんの作った新しいギルドに入った。楽しいです、と言ってはいたけど、なごみ家があったらそっちの方が楽しいです、とも言っていた。思ったこと全部を口に出してはいけないよと教えてあげた。
<黒翼>に身を寄せた人もいるし、オンジさんみたいにギルドに入らずソロでの活動にした人もいる。元なごみ家のメンバーは散り散りになった。でも一番多いのはログインしなくなってしまった人たちだ。師匠がギルドを解散しなかったら、ネオデ自体をやめてしまった人はもっと増えていたかもしれない。
それは私にもわかるのだ。
ざり、ざり、ざり。
「こっひーは今日はどうするんだにゃ?」
「いつも通りです~。もしかしたら師匠帰って来るかもしれませんし~」
師匠が戻ってくるとしたらここ、マディアの町だろう。アバターを消してしまった師匠だけど、もし別のアバターでログインしてきて私を見かけたら声をかけてくれるかもしれない。そう思うと他の場所に行く気にはならない。
「あのな、こっひー。ちょっとキツいこと言うにゃ。聞きたくねえと思うけど聞けにゃ」
……。
「ネトゲに別れは付き物だにゃ」
猫さんは前置きの通り、きつくて聞きたくない話を始めた。
「戻ってくるかもしんねえにゃ。待っててもいいとは思うにゃ。でもなんちゅうか、あんまりこう、捕らわれるんじゃねえにゃ。オレが言っても説得力ねえのはわかってるけど、今のこっひーは見てて辛いにゃ」
猫さんはいつもマディアの町にいる。裁縫屋さんの看板の上で、猫さんのギルドの人たちが帰って来るのを待っているのだ。いまはきっとその中に師匠も加わったと思う。
「戻ってこねえかもしんねえけど、戻ってくるかもしれねえにゃ。待っててもいいとは思うにゃ。でも好きなことしながら待ってればいいにゃ。ただ待ってるのは辛い……って、これも説得力ねえにゃあ」
「いえ、そんなことないです」
説得力はある。
長くこの世界にいる猫さんは何度も別れを繰り返してきたのだろう。そしてそれに少し慣れているのだろう。だって慣れるしかない。猫さんにはきっと私が、別れに慣れていない頃の猫さんと同じように見えているんだろう。
説得力のない言葉ではない。ただ慣れていない私が受け入れられないだけだ。
「待つにしても楽しく待てにゃ。その方が戻ってきた時にアイツも喜ぶだろうし、長く待ってられるかもしんねえにゃ」
「そうかもしれませんが~。でも何かをやるっていう気にならなくて~」
「……それもわかるにゃあ」
猫さんの言ってることはいちいち正しい。でも今の私にはやりたいこともあまりないのだ。
ざり、ざり、ざり。
やりたいことだらけでどうしようと思っていたネオデも、師匠がいなくなると全部つまらなくなってしまった。
マディアの町にいると言っても占い屋さんを開くことはできない。今の私の服装はバルキリーでも占い師でもない、「唯の服」である。師匠と初めて会った日に師匠が作ってくれた服だ。
数日前、占い師用の服を着ていたら「犯行声明」を見たという人に<なごみ家>のことを誤解していました、申し訳ありませんでしたと謝られた。
私は何もしていないのですが、誤解していたことだけどうしても謝りたくて。
ああそうですか、とだけ返した。どうしても謝りたいその人は、謝ることが出来てすっきりしただろうか。あの皮肉たっぷりの「犯行声明」を書いたのが<なごみ家>のメンバーだとわかったら、今度は誰に謝りに行くんだろうな。
「占い師」は目立つ。<ナゴミヤ>というアバターが「占い師」と一緒にいたことを覚えている人は他にもいるだろう。そのほとんどは師匠や私に好意的な見方をしてくれる。でもそうでない人もいる。
大分マシになったと言ってもやっぱり怖い。場合によってはお客さんにも迷惑をかけてしまうかもしれない。
師匠と一緒に過ごした時間は全部素敵な思い出なのに、私たちはそれに縋ることも許されない。酷い話だ。
ざり、ざり、ざり。
だから、私はここで何もせずに師匠を待つ。師匠は猫さんと同じように、「一番したいことをすればいいよ」というだろう。でも私がこの世界で一番したいことはマディアの町で師匠を待つことだ。
ざり、ざり、ざり。
師匠、師匠。
どうしてアバター消しちゃったんですか。どうして帰って来てくれないんですか。いつか帰って来てくれますか。それはいつですか。やめないよって言ったじゃないですか。お家もアイテムもそのままで、ブンプクさんにもらった大事な<水差し>までそのままで。私の部屋に飾っちゃいますよ。それでもいいんですか。お部屋の中で飼いなさいって言われた食虫植物で、おうち埋め尽くしちゃいますよ。来てくれないと、ほんとにそうなっちゃいますよ。
師匠、師匠。会いたいです。
あなたのいないこの世界は、リアルよりもざりざりします。
「こっひー。ブーメラン承知で言うけどにゃ。辛いなら無理にここにいることはねえにゃ」
「いえ~。他に行く当てもありませんし~」
「そうじゃねえにゃ。無理にログインすることはねえって事にゃ。アイツが来たらすぐオレが教えてやるにゃ」
……。
気遣って貰っているのはわかる。でもネオデまで無くなってしまったらどうしていいかわからない。来てもざりざりするだけだとしてもここに来ることでかろうじて立っていられる。
「でも、私一人暮らしですし、他にやることもなくて……」
「だったら別のゲームはじめたらどうだにゃ?」
「別の……ゲーム……?」
「<動物園>でも別のゲームに行った奴は多いにゃ。新しく仲間作って楽しくやってるんだろうにゃあ」
「別のゲーム……」
あれ、なんだっけ。何時だったかそんな話を。
「案外あいつもネオデにログインできなくて何か始めてるかもしれねえにゃ。あの馬鹿はネトゲ馬鹿だからにゃ」
!
猫さんの言葉に、いつかの師匠との会話が鮮明にフラッシュバックした。
『もしこの世界が無くなってしまったら、師匠はどうするんですか?』
『ん~~、ど~~すっかなあ。ネットゲームやめるのは無理だと思うからなあ。その時はあきらめて別のゲームする、のかな?』
ざり、ざり、ざり、……ぴたり。
「猫さん、私、別のゲームに行きます!」
「お、おう? 急だにゃ? でもまあ……」
「そこで師匠を探します!」
「う、うにゃ? お、おう。新しい師匠ってことかにゃ? それは、なんだ。まあ……」
「いえ! 師匠です。師匠、きっとそこにいるんです!」
そうだ、そうだよ! 何で忘れてたんだろう。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。
師匠はこの世界に来ることはできなくなってしまった。でもいなくなっちゃったわけじゃない。きっとどこかの世界にいるんだ。そこに行けば会えるんだ!
「お、おい。こっひー、おめー何言ってるんだにゃ?」
「前に師匠言ってたんです。もしこの世界が無くなっちゃったら、別のゲームをするって。だからきっと、師匠はそこにいるんです!」
今はまだいないかもしれない。傷ついて何処にも行けないかもしれない。でも傷が治った師匠はまたネットゲームを始める。それはネオオデッセイではないかもしれない。でもきっと何かのネットゲームを始める。
だって師匠、ネットゲーム大好きだもの。そう言ってたもの。
「お、おう……? いや、別のゲームは始めるかもしれねえけどにゃ。でも何始めるかわかんねえし、同じゲームをしたからって会えるってもんでも……」
「はい! だから全部です!」
「にゃあ!?」
「全部の世界を回って、その世界の一番大きな町で師匠を待つんです!」
傷が治った時、師匠はきっとどこかの世界に現れる。だから順番に全部の世界を渡り歩けば、いつか必ず師匠に会える。
その時の師匠は同じ名前ではないだろう。服装だって違うだろうし、私からは師匠を見つけることはできない。
だけど私が同じ名前で、同じ服装で、マディアと同じような賑やかな町で占い師をしていたら、優しい師匠はきっと私を見つけてくれる。
そうだ、そうだ、そうにちがいない。なんてすばらしい思い付きだろう。
私は世界を渡ろう。あなたがいずれ現れる、その世界の全てであなたを待とう。
その世界の主人公ではなく、あなたと同じ、NPCとして!
「ったく、敵わねえにゃあ」
私の凄い思い付きを聞いた猫さんはやれやれと肩をすくめた。
「まあ、元気になったらなによりだな。おし。あの馬鹿のことはこっひーに任すにゃ。見つけたら首に縄付けて引っ張ってこいにゃ。オレからもガツンと言ってやるにゃ」
「はい、任せてください!」
ネオデに師匠が戻ってきた時には猫さんが教えてくれるということで、私たちはSNSのアドレスを交換した。もちろん私が師匠を見つけた時には猫さんにしっかり怒ってもらうのだ。
いつかどこかで会う師匠は、どんな世界で、どんな服装で。どんな名前でその世界を旅しているんだろう。<ナゴミヤ>の名前を使うことはできないだろうけど、師匠のことだから案外わかりやすい名前かもしれないぞ。
ああ、その時が楽しみだ。
いつかの日、どこかの世界のどこかの町。占い屋を出す私の元にあなたはやってくる。
私を見つけて、その偶然に驚いたあなたはこういうのだ。
「コヒナさん、久しぶりだね」
あなたのことだから、「覚えてる?」なんて仕方のないことを言うかもしれない。私はそれにとても嬉しそうに答えよう。
「お久しぶりです、師匠! 忘れるわけがないじゃないですか~」
その後師匠はこういうだろう。
「コヒナさん、占い屋さんは楽しいかい?」
それに私は満面の笑顔でこう返そう。
「はい。勿論です。とても楽しいですよ! 全部師匠のお陰です!」
その答えに師匠は、「それは良かった」と笑って。
そこから、そこから。
そこからもう一度、全てを始めるのだ。
■■■
凄いことをするのだと思った。なにせいくつもの世界を渡って師匠を探すのだ。勇気ある旅立ちだと勘違いした。意義のある行動だと思い込んだ。
私はまた間違ったのだ。
それは本当は旅でも何でもなくて、ただ足踏みをしているだけで。苦痛から逃れたくて身をよじっているだけで。
幸運待っているだけか、それ以下のひどくあさましいモノだと気付いた頃には、旅を―旅だと思っていたこと始めてから既に、随分と長い時間が経ってしまっていた。
□□□
台詞:
さてこうして世界を渡る旅を始めた占い師は、ある時一つの世界と出会います。
そこはネオオデッセイの舞台であるユノ=バルスムとよく似た世界。
ゲームシステムやグラフィック等は異なっておりますが自由度が高く、プレイヤー同士のコミュニケーションとそのための手段が豊富な世界。
多くのプレイヤー達が集い、それぞれの織り成す物語が絡み合い、延々と尽きることなく新たな物語が紡がれていく世界。
占い師がつい、もしかしたらここなのではないか、と感じてしまうようなそんな世界。
ただ、その世界には一つ大きな問題がございました。
この世界ではキャラクターたちは皆、それぞれの種族の初期町に生まれ、レベルを上げ、ストーリーと謎を追って次の町に向かって行くのでございますが……。
おや皆様、なにやら覚えがありそうですな?
左様、皆様にとってはおなじみのこのシステムではございますが、「モンスターと戦わない」「勇者ではなくNPCになる」との誓いを立てた占い師にとっては大変に厄介なシステムだったのでございました。
さて占い師が辿り着きましたこの世界、実はその名を<
ええ、そうですその通り。偶然の一致では御座いませぬ。
正しく。
皆様がいらっしゃいます「この世界」のことで御座います。
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