第174話 死神の暗示②
今日も一日お疲れさま。一日の最後、頑張ったご褒美はネオオデッセイ。
と、いっても今のギルドの状況は最悪だ。
師匠にコテンパンにやられたクラウンさんが腹いせに、なんとかの掲示板に、師匠がリアルで女の子に乱暴を働いたとでっち上げを書き込んだのだ。
これは笑い話だ。とんだお笑い草だ。負け犬もいい所だ。
ダーニンさんがギルド拠点までやってきて、「ヘマwすんなってwww言ったろwww」とこのお話を教えてくれた。猫さんを追い出したダーニンさんが平気な顔で我が家に来ることに私は納得がいかないのだけれど、そこは我慢だ。
クラウンさんが書いたという文章は酷いものだった。なんでもリアルで警察に相談すると報復を受けるのでネットの掲示板で告発するのだそうだ。どう考えてもそっちの方が報復を受けると思うんだけど。他にもツッコミどころ満載だった。
嫌な話ではある。でも師匠達によれば普通にゲームをしている人はナントカ掲示板を見に行ったりしないし、見る人もこれを真に受ける人はいないだろうとのことだった。
そもそもリンゴさんの見立てによれば、これはダーニンさんの言うようなヘマではないのだという。師匠がらしくもなくクラウンさんをあおったのは、クラウンさんが異常に執着しているレナルド君をクラウンさんから守る為だというのだ。つまり師匠お得意のヘイト管理である。
それに対し師匠は「いやあ、元々はそのつもりだったんだけど、どうなんだろね。俺もかなり怒っちゃってたし」となど言っていた。要はリンゴさんの言う通りと言うことだ。それってどうなんだ。私の師匠かっこよすぎないか。
そんなわけで全部師匠の狙い通りだった。完璧だった。
だけど不思議なことに、「世界」はクラウンさんの作り話を信じた。
最初、クラウンさんの書き込みはごく一部の信心深い人以外は誰も信じなかった。相手にしなかった。むしろ「しょうもない」という嘲笑の的になったのだ。
これをSNSで「しょうもないこと」として紹介した人がいた。それに対し、インフルエンサーのナントカさんが「そんなことない、勇気ある行動だと思う」とお気持ちを表明し、バズったのがきっかけだった。
その記事を見た沢山の優しい人が乱暴を受けた女の子に同情して、それに対して沢山の慎重な人が女の子の方にも問題があると反論した。
「絶対に許されない」「頑張った」「凄くつらかったと思う」「社会全体で真剣に受け止め、被害者をサポートする必要があるのでは」「そんな人いるんだ。信じられない」「そもそもなんでリアルで会おうと思ったんだろ?」「危ないって分からなかったのかな」「ほらよく見ておけよ男ども」「リアルでの出会いが問題を引き起こすことは稀ですが、被害者の言葉を軽視することはできません」「自分の娘でも同じように言えますか」「自分の娘だったら絶対こんな事させないけど」「被害者も少なからず自己責任」「被害者の責任等と言い出す奴は大体男」「それか男に認められたい女」「ネットにアバターの名前あげるのはモラルとしてどうなんだ」「モラルとかよくない?」「加害者を責めるより被害者に寄り添い、サポートの手を差し伸べることが大切です」「そもそもネットゲームなんてのは」
ネットゲームをしたことがない沢山の人たちがそれぞれ自分の優しさと常識を戦わせていた。どれだけ自分が優しいかを見せつけ合い、どれだけ自分が常識的かを話し合った。
ただ「乱暴を働いたヤツが悪いのは当然として」というのは双方の共通の認識だった。ネオオデッセイというゲームの中に、ナゴミヤと言う悪魔がいる。そういう
ユノ=バルスムの外に出て凄い早さで大きくなった<ナゴミヤ>の
<ナゴミヤ>って人知ってる。声を掛けられたことがある。私も狙われていたのかもしれない。
私も初対面で声を掛けられて、凄く気持ちが悪かった。
そう言えば私も。私もネオオデッセイの中で誰かに声を掛けられた。よく覚えていないけど、そう言えばそんな名前だった気がする。
私も、私も。
そんな奴は許せない。
ネオオデッセイと言うゲームの中に、<ナゴミヤ>という悪魔がいる。
それが「世界」の共通認識になった。
悪魔を退治した師匠は悪魔だったことになり、師匠と同じ名前を持つギルド<なごみ家>は悪魔集団になってしまった。
勇者による<なごみ家>狩りなるものが発生した。彼らはダンジョンを巡って<なごみ家>に所属しているものを探し、天誅を下すのだそうだ。
彼らに<なごみ家>に所属していることが知られると、まず言葉で罵倒される。狩りを邪魔され、酷い時には写真を撮られて嫌な言葉を添えてSNSに晒される。怖くてまともにゲームなんかしていられない。
もちろんそんなことをするのはごく一部の人だ。でもその人たちの声は大きくて、沢山の人の耳に届く。そしてまた新しく悪魔を憎む勇者が生まれるのだ。
被害者を守るため。勇者達が<なごみ家>を狩った。悪魔狩りの勇者の中には全てがウソであることを承知している人までいた。彼らはどっちでもいいのだ。
書き込みから二週間で半分以上がギルドを抜けた。ログインする人数は極端に減った。数日前にはついに、投げつけられた言葉に傷ついてアバターを
アバターの消去は取り返しがつかない。そんなことをすれば二度とこの世界に戻ってくることが出来なくなてしまう。不死身のはずの私たち主人公の「死」だ。
機を同じくしてショウスケさんとブンプクさんが来れなくなった。リンゴさんやオンジさん、他数人が顔を出してくれるけど、毎日いるのは私とレナルド君、それに師匠くらい。
その師匠も昨日は来なかった。私が寝てから来たかもしれないけど。でも元々お仕事が忙しい師匠はこのところ更に忙しくなったということで相当お疲れのようだ。この状況ではログインしたく無い日だってあるだろう。
かく言う私だって相当参っている。せっかくお仕事がんばってユノバルスムに来たというのに、ここでもざりざりしなくちゃいけないなんてやってられない。
でもだからこそ、明るくしてなくちゃいけないとも思う。ギルドチャットの中くらいは楽しい雰囲気を味わっていたい。
ログインした私はいつも通り、ギルドチャットに向かって元気に声を上げた。
ただいま~
しかし私の打ち込んだ文字は言葉にならず、代わりに見たこともないメッセージが表示された。
System:『エラー。あなたはギルドに所属していません』
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