第171話 悪魔退治

 物語は云う。「魔法」とは、ほんの一握りの勇気なのだと。


 ほんの少しの勇気が世界を変えるのだと。


 きっとそれは本当の事なのだろう。


 占い師として世界を渡り歩くようになって、私はそれを実感として知ることになった。小さな勇気が世界を変える瞬間を、何度も目の当たりにしてきた。


 沢山の小さな魔法使いが、今日も自分の世界を変えていくんだろう。


 タロットの<魔術師>のカードが意味するのは0から1への変化。旅人が<世界>に向けて、一歩踏み出すことを意味する。ここから<魔術師>のカードは「踏み出す勇気」と解釈することもできる。


 魔法とは小さな勇気。<魔術師>が示すのは小さな勇気。


 きっとこれは正しい。


 だとすれば、悪魔を退治した偉大な魔術師の弟子が、臆病で泣き虫な私だなんていうのは、物語としては少々、お粗末すぎるだろう。


 □□□


「うっざ、キモ。お前らヒトモドキが何必死になってんだたかがゲームでよwww」「はいはい強いですね。すごいですねだから何なんだよゴミが」「頭おかしい奴らが調子に乗ってんじゃねえぞ。自己満足乙」


 師匠に正体を暴かれた<悪魔>、クラウンさんはまくしたてるように罵詈雑言を並べたてた。よくこんなに色々な言葉が出てくる。何処かに悪口のコピペ用のシートでも作ってあるのかな。小学生のバカアホマヌケをバージョンアップしただけで全く意味はないけど。


 無意味な悪口を並べ立てるクラウンさんは、はっきり言って凄く気持ち悪い。


 でも、怖くはなかった。


 リアルでこんな言葉を並べられたら私は動けなくなってしまうだろう。相手が男の人だったら怖くて怖くて泣き出してしまうかもしれない。ざりざりと心が削れて、その日のことを何日も引きずることになるかもしれない。もしも自分に向けられてない、誰か別の人が言われている言葉だったとしても辛く感じてしまうだろう。


「今まで何時間無駄にしてきたの?俺にはとても真似できねえわ。笑える。どうせお前らの現実人生はゴミクズだろうが」「もっと有意義なこと見つけられなかったの?ゲームじゃなくて人生楽しんだ方がいいんじゃない?無理?」


 でも、喚き散らすクラウンさんは気持ち悪いだけで怖くはなかった。


 きっとリアルの身体もアバターの一つなんだろう。いまここで無意味な言葉を並べてなんとか負けをごまかそうとしているアバターのクラウンさんが、クラウンさんの本当の姿なんだろう。


 この人は弱い。


 師匠なんかとは比べ物になんないし、それどころか多分、私よりも弱い。


「無駄に時間を溶かしてんのわかんないのかなわかんないんだろうな恥ずかしい」「一生底辺のごみくず無能生きてて恥ずかしくないの?生きてる価値ないんだよ」「さっさと消えろやヒトモドキが」


 ふと、子供の頃の記憶がよみがえる。


 お転婆だった私が何気なく庭の敷石を持ち上げると、小さな虫が沢山這い出てきた。その頃の私にはそれはとても怖い光景に見えた。泣きながらお兄ちゃんに抱き着いてしまった。でも今は怖くはない。今だって虫は苦手だけど、凄く嫌だけど、その虫たちが私に何もできないことを私は知っている。


 あの時は思えば可哀そうなことをしたな。突然光に照らされて、命の危険すら感じて怖くて逃げ回っていたのは虫たちの方だ。彼らはクラウンさんと違って、誰にも迷惑なんか掛けていなかったというのに。


「お前ら全員寄ってたかっても俺の方が上なんだよ理解しろよ」「騙されて底辺雑魚ヒトモドキがお前ら全員が俺の俺に騙されてアホづら叩きあってダーニン追い出したんだろがお前らで寄ってたかって」「俺が騙したんだ雑魚のお前らをよ何でくそがわかんねえかな」


 クラウンさんは何かの呪詛のようにヒトモドキ、ヒトモドキ、と聞き慣れない言葉を発し続けた。そうせずにはいられないんだろう。怖くて仕方ないんだろう。


「ん? だから、全部ダーニンさんのおかげなんだって。クラウンさんのやってたことみんなわかったの。そんな人追い出すわけないじゃん。ダーニンさんは自分のしたいことがあって出て行っただけだよ」


「うるせえよ意味わかんねえこといってんじゃねえぞヒトモドキが全部俺が考えたんだお前らは騙されたんだろうがクソが」


「騙されてないよ一人も。クラウンさんの言うこと信じてる人いるように見えてるの?」


 今この場に騙されてる人はいない。ただついさっきまではたくさんいたし、ついこの間までは私はしっかり騙されてた。


 でも「さっきまでそうだったろう」とはクラウンさんは言えないんだろうな。言ってしまえば今は違うということになる。それは師匠が勝ったってことだ。弱くて怖がりのクラウンさんには師匠の方が強いなんてことを認めることが出来ない。


「お前らはただのヒトモドキだ。わかるかヒトモドキって何だかわかるか」「お前ら知能のレベルがサル以下だろうそれがヒトモドキだってんだ」「ゲームに人世掛けてるヒトモドキがこの俺に口きいてんじゃねえぞ」「無価値のゴミのヒトモドキが」


 強い光に照らされたクラウンさんは怖くて、怖くて、怖くて仕方なくて。この状況でも自分は勝ってるって、そう主張し続けずにはいられない。


「ん~。そうでもないんじゃないかなあ。だって俺はここにいる人一人でもへったら 寂しいよ?」


「善人ぶってんじゃねえぞこのゴミクズがゴミの分際で」


「いやあ、善人ぶってるつもりもないんだけどね。ネオデも人少なくなっちゃったしねえ。賑やかな方がいいよ。それでみんな好きなことやってるのがいいよ。その方が楽しい」


 師匠は本当に善人ぶっているんじゃないのかもしれない。ただ単に、頭のネジが飛んじゃっているくらいに優しいだけなのかもしれない。その優しさはまぶしすぎて、私だって怖い位だ。クラウンさんはまともに見ることもできないだろう。


「それとクラウンさんは大きな勘違いしてるみたいだけど。俺達の中で誰もネオデに人生なんか掛けてないよ?」


「あ?うるせえなお前らが必死なんだよ何でわかんねえんだよ必死だろうが自覚しろよクソゴミが」


「違う違う。俺達みんな、ここに遊びに来てるだけだよ。大変な現実の息抜きにさ。ここは遊び場なの。だからみんな自分のやり方でおもいっきり遊んでるだけ」


 コピペを使い果たしてしまったのか、なんだか悪口の文字数が少なくなってきたクラウンさんを、淡々と師匠が追い詰めていく。


「必死じゃできないんだよ。人世掛けちゃできないんだよ。リアルじゃどうしたって自分のやりたいことなんかできない。迷惑かけちゃう時だってあるし、みんな必死で余裕なんかないからね。でもここにいる間は違う。だって遊びに来ているんだもの。足を引っ張ることを考えなくてもいいし、優しくもなれる。人のことを気にすることだってできる。ダーニンさんみたいにね。本気で最強だって目指せるし、この世界の全てを手にすることだって目指せる」


 ま、そのあたりが出来るかどうかは別としてね、と師匠は付け加えた。


 師匠の言う通りだ。リアルで最強なんか目指せない。お宝さがしにも出かけられない。リアルの私たちはNPCのように自分の役割をこなさなくてはいけない。私たちはそんなざりざりする辛いぜ現世ライフからは逃げられない。そんなざりざりを忘れるため、私たちは一時この場を訪れる。


 この世界で遊ぶために。


「この世界でもいっぱいいっぱいで必死になってるのって、むしろクラウンさんの方じゃない?」


 師匠が怒ってるんだって感じたことは今までもあった。まあごく稀にだけど。でもあれは怒ってるんじゃなかったのかもしれない。普段大人しい人を怒らせちゃいけないって本当なんだな。


「ああうるせえんだよ意味わかんねえこといってんじゃねえぞゴミがゴミがゴミを大事にしてるだけだろうがきもちわりいんだよ近づくんじゃねえよゴミが」


「まさか! クラウンさんに近づいたりしないよ。だからクラウンさんもそうしてくれないかな。正直これ以上俺の友達に関わって欲しくないんだよね」


 少しほっとする。師匠だと「クラウンさんもいい人だから」とか言い出すんじゃないかって心配していたところもあったのだけど。師匠がクラウンさんがレナルド君にやってきたことをばらした時みんな怒ってた。でも師匠はもっと前からずっと怒っていたんだ。


 クラウンさんが、師匠の友達をいじめたから。


「関わんねえよ関わってやってたんだろうが何勘違いしてんだよお前らに何か価値あると思ってんのかよ近づくわけねえだろさっさとどっか消えてくれよ」


「いやあ、ここ俺の家だからねえ。どっかに行くわけにはいかないんだよね」


「馬鹿が上から口きいてんじゃねえぞ馬鹿なゴミに付き合ってられっかこんなヒトモドキのたまり場に一秒もいたくねえわ人間はいられねえわ」


 ほんの少しでも勝った感を出したいだろうクラウンさんに、でもとても怒っている師匠は容赦しない。


「よかった。素直に謝られたりしたらどうしようかと思ったんだ。やっぱり後味悪いもんね。一応ギルドマスターだし、これだけはしっかりやっておかないと」


 ちょっと頭のネジが緩んでいるんじゃないかなってくらいに優しくて強い師匠が、その名において、怯え震える悪魔に告げる。


 誰か一人でも欠けるのは寂しい。ここにいない人も含めて全員いなくなって欲しくない。皆大事な友達だから。でも、その中にお前は含まれない。



 お前の居場所はここにはない。悪魔よ、去れ。



「クラウンさん。ギルドマスターの権限で、あなたを<なごみ家>から追放します」



 ―ああああああ下らねえんだよクソヒトモドキ下等生物共があああああ



 悪魔は言葉にならない断末魔の叫びをあげると、遠い空へと消えていったのだった。



 □□□



 暗転。


 上手より語り部登場。スポットライト。


 台詞:


 こうして悪魔は魔術師により見事退治され、<なごみ家>にもやっと、かつて平和が訪れるかのように思われました。


 しかし悪魔は散り際に魔術師に恐ろしい呪いを掛けたので御座います。


 呪いの力は凄まじく、魔術師だけではなくその名を介して彼の大切なモノにまで広がっていくのです。魔術師は大切なモノを守るため、一つの決断をするのでございました。


 語り部、一礼の後上手へ退場。


 ライト点灯。


 舞台再開。



 ■■■



 ヒトモドキのゴミどもが調子に乗りやがって立場もわきまえずこの俺にたて突きやがっていい気になってるのを想像するとはらわたが煮える視界が染まる赤い目の前が真っ赤だ頭の中が血の色だアイツらのせいだアイツのせいだ無価値な奴らが俺に逆らったこの俺にさからった俺は凄いのに無価値なごみのヒトモドキがヒトモドキじゃないおれにさからった赤い誰の血だ赤い点滅必死で俺はゴミじゃない遊びに来てるんだよヒトモドキじゃないのにヒトモドキって言った生きてて恥ずかしくないの消えろ誰もネオデに人生なんか掛けてないよあいつはヒトモドキだから私だったら耐えられないクズゴミだから迷惑なんだがヒトモドキのゴミどもが気持ち悪い社会に迷惑をかけるな自分で考えてもっと周りをよく見ろ皆大事なものを持っている持ってないのはヒトモドキだけ所詮ただの社会不適合者が全員いなくなってほしくないいなくなれいなくなれまさか近づかないよごめんなさいご免なさいって言えよネットに逃げ込んでいるだけの弱者が紛れ込んだヒトモドキが俺を馬鹿にしたここは俺の家だ何処かに行け追放だなごみ家から追放だヒトモドキを追放する罰を与える報いだ追放するのが報いだネットの闇だわからせる報いだ



 ヒトモドキのゴミどもが調子に乗りやがって。この俺に逆らった報いをくれてやらなくてはならない。思い知らせてやらなくてはいけない。自分の立場ってやつをわからせてやらなくてはならない。


 お前らとは頭の出来が違う。ヒトモドキと俺は頭の出来が違う。それをわからせる。後悔させてやる。罰だ追放だ。報いだ。


 頭を使え俺は頭がいいヒトモドキでない俺は頭がいいのはヒトモドキではないからだわからせる。きえろ自分で考えろ。


 最近ネットがらみの事件があった。頭の悪い奴らが起こした事件だ。ヒトモドキではないからこんなことも思いつく。自分で考えたんだ消えろヒトモドキ。上位の人間ならではだ。


 所詮ゲームの中での出来事だと言うのにゴミの癖に俺を寄ってたかって攻撃した本当は凄いのに世界のせいだやつらに現実を突きつけてやる。遊びだ所詮遊びだ。必死なのはあいつらだ強さとは何なのかを存分に思い知れ。お前が一体何に逆らったのかを理解してヒトモドキだと自覚させてやる。ヒトモドキでご免なさいと泣きながら謝罪させてやる自覚しろ追放だ。



 ヒトモドキのゴミが俺に逆らった罪だ。



 お前の大事な遊び場、全部ぶっこわしてやるよ。

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