第170話<月:逆位置> ムーンライト・リベレーション③
「そうそう。不思議って言えばさ。マッキーさんは何でその話知ってるの?」
「……え?」
急に話を振られて、ずっとバツが悪そうに黙っていたマッキーさんが戸惑う。
「レナルドさん、誰かに話した?」
「ううん。ブンプクさんとナゴミヤさんだけ」
そっか。レナルド君は私だけに教えてくれなかったんじゃなくて、誰にも言ってなかったんだ。お姉ちゃんちょっと安心。そうだよね。ギルドマスターだったって言うだけならともかく、失敗談なんてわざわざ言って回りたくない。
「俺もブンプクさんも誰にもそんな話してない。今日が初めて。なのになんで、レナルドさんがレオンさん、だっけ? その人だっていう話が広まったんだろうね」
ざわざわが大きくなっていく。師匠得意の長話が、結論へと近づいていく。
「ね? おかしいよね? レナルドさんがレオンさんだって、知ってた人がいるってことだよね?」
それはそうだ。レオンさんのことを知らなければレオンさんとレナルド君が同じだなんて話をすることはできない。
「しかもわざわざそんな話広めるって、どんな人かなってずっと考えてたんだ。もしかしたら、その人複数キャラ作ってレナルドさんにお金たかってた人と同じ人じゃないかなあって思ったんだよね」
可能性は高い。というか。それしか考えられない。これは私が考えていることなんだろうか、それとも。師匠にそう考えるように誘導されたんだろうか。
いずれにしても、だ。
「で、マッキーさん。何でそれ知ってるの?」
「……それは……」
「あともう一つ、レナルドさん、ギルドに入ったのはうちで二つ目だよね?」
「うん。自分で作ったギルドとここだけ」
レナルド君は師匠の言葉を肯定する。えっ、とマッキーさんが小さく声を上げた。
「そうなんだって。だから、別のギルドでトラブルがあって追放されたって話聞かされた人、それ全部出鱈目だよ」
「……」
マッキーさんは黙ってしまった。きっと何かレナルド君についてよくない話を聞いていたんだろう。私がおサトさんを嫌な人だと思って見ていたのと同じように。
例えば誰かの物を盗ってギルドを追放されたことがある、とか。
「あ、違うよ。マッキーさんのことは疑ってないからね。ギルドの為にって、いつも頑張ってくれてたの知ってるし。勧誘してくれた人のことも全部覚えてたもんね。凄いと思う。おかげでギルドから抜けちゃった人にも全員話聞けたし。ありがとね」
師匠はダーニンさんを含めてギルドを抜けてしまった人全員にお話を聞きに行った。その時にマッキーさんの記憶はとても頼りになったのだという。
私はほんとはギルドの人数が増えるのがちょっと嫌だった。だからマッキーさんのこともあまりよく思っていなかった。
でも。
ハクイさんとヴァンクさんはもうすぐいなくなる。リンゴさんもインが減っているし、ブンプクさんとショウスケさんもどうなるかわからない。マッキーさんがいなかったら<なごみ家>は無くなっちゃってたかもしれない。
マッキーさんのしたことはとても凄いことだったのだ。
ただそれを誰かが台無しにしてしまっただけで。
「お願い。教えてマッキーさん。今までずっと。もしかしたら今も。マッキーさんに個人チャットでおかしなこと吹き込んでいるのは、一体誰かな?」
この世界では内緒話ができる。個人チャットのやり取りで、あるいはパーティーチャットのやり取りで。そこにかくれてこそこそと、レナルド君を悪者にしようしている人。
ダーニンさんの一件で、自分のせいでギルドが傾いたとしょげていたマッキーさんに、悪いのはレナルド君だと吹き込んだ人がいる。
それは今も続いていて。
例えばレナルド君を今排除しなければ、ギルドは崩れてしまうぞ。お前はそれでいいのか? だからマッキーさんは頑張って。
他の人も同じ。同じように個人チャットで耳打ちされて、レナルド君を疑った。だけどそれを全部明らかにしてしまえば逆に、耳打ちした人への不信感に変わる。
みんな動かない。アバターを動かすことはしない。だけどその後ろにいるプレイヤーの視線は、きっと一人に集中してる。その人—クラウンさんに。
「くだらね。つきあってらんね」
長い沈黙の後、捨て台詞を残してクラウンさんが転移魔法を発動させた。
だけど当然、その魔法が完成することは無い。
「まあ、そう焦るな」
この世界でも屈指の殺人者、リンゴさんが獲物を逃がす筈がない。
「何だったら全員やっても良かったんだが、手間が省けた」
全員やってもって、全員殺ってもってコト? わあリンゴさんってば過激。私も入ってるのかな?
「安心しろクラウン。そう時間はかからない。今から僕がお前の無実を証明してやるよ」
クラウンさんは実にあっけなく崩れ落ちる。
「随分と安物の革鎧だ。まるで捨てアバターにでも着せとくような、な。潜伏には便利そうだが」
言いながらリンゴさんがクラウンさんからドロップしたであろう革鎧を投げ捨てる。
それで終わりではもちろんない。
「ハクイ!」
「はいはい」
ハクイさんの蘇生魔法で生き返されたクラウンさんに再び放たれる必殺の毒。
「武器も必要最低限。スキル構成もお粗末だ。明らかな急造アバターだな。シナリオが三流なら役者も三流。もう少し小道具にも気を遣ったらどうだ?」
言いながらリンゴさんは一本の手斧を地面へと投げ捨てた。その間にハクイさんの魔法がクラウンさんを蘇生する。そしてまた殺戮。
盾、皮の籠手、黒い革靴。リンゴさんの言う通り、確認してみれば見た目だけの低級装備の数々。
「お、よかったなあクラウン。これでおしまいだ。コヒナ、間違いはないか?」
リンゴさんがみんなにも見えるようにと叩く掲げた帽子は間違いなく私のお宝だった。
「そうです! この帽子です!」
「ありがと、リンゴさん。さてクラウンさん、そう言えばさっき『誰かに盗られたんじゃない』って言いだしたのもクラウンさんだったね。何か言うことある?」
強引に生き返らされたクラウンさんに師匠が問いかける。みんな固唾を飲んでその光景を見ていた。
暫く黙っていたクラウンさんは、やがて顔を上げて言葉を発した。
「うっざ、キモ。お前らヒトモドキが何必死になってんだたかがゲームでよwww」
タロットカードに示された逆位置の悪魔がついに、その正体を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます