第169話 <月:逆位置> 《ムーンライト・リベレーション》②
System : Caution ‼
ギルドマスターにより、ギルド内のドロップシステムが変更されました。ギルド内での戦闘で死亡した場合、死亡者は装備品を一点、ランダムでドロップします。
警告音と共にシステムメッセージが表示される。
「さて。行くぞ、レナルド」
「うん。お願いします」
レナルド君がすっと目を閉じて、その胸にリンゴさんが刃を突き立てる。
そして、とても優しい殺戮劇が始まった。
自然界には存在しない、いくつもの毒を混ぜて作られるこの世界で最も恐ろしい毒が、みるみるうちにレナルド君のHPを奪っていく。その間にもリンゴさんは手を休めず、短剣を振るい続けてレナルド君のHPをさらに削る。レナルド君に掛けられた疑いを一刻も早く晴らすために。
終わりはすぐに来た。
断末魔をあげてレナルド君は崩れ落ちる。しかし直後、レナルド君を包む黒い光がもぞもぞと動き、レナルド君を強引に蘇生する。死霊術の最上位魔法、≪再生≫の発動だ。
「まずは炎の長杖」
リンゴさんがレナルド君からドロップした装備品をみんなに見えるように掲げて見せた。
すぐさま生き返ったばかりのレナルド君に毒の刃が突き立てられる。再びレナルド君の断末魔がスピーカーを通じて、この光景を見ているプレイヤー達の部屋の空気を震わせる。
「銀細工の
「はいはい」
再生の魔法は通常の蘇生の魔法よりずっと多くのMPと触媒を使う。そんなに何度も使える魔法じゃない。この後の蘇生は今日の主役の一人、ハクイさんに任された。
「黒のローブ。ふむ。改めてみるとかなりいい品だな」
何度も何度も、ハクイさんが蘇生するたびにリンゴさんはレナルド君を殺す。それはとても凄惨でとても美しい光景だった。
「ん、これは。暗視の花飾りじゃないか。まだ持っていたのか。この間もっといいのが出ただろう?」
「うん。でもリンゴさんに貰ったやつだから」
「……そうか」
会話しながらもリンゴさんは手を緩めない。何度も何度も、レナルド君を殺す。
「もういいよ、十分だよ。やめてあげようよ……」
凄惨な光景に呟いたのは新メンバーの一人、めりちょさんだ。だけど途中でやめてしまったら無実の証明にはならない。全員の前でレナルド君の潔白を示すために、リンゴさんはレナルド君を殺す。
やがてその時はやってきた。
「ノードロップだ。レナルドは一切の装備品を持っていない。コヒナの帽子を盗ったのはレナルドではない」
レナルド君は全ての装備品をリンゴさんに奪われた状態。ということはレナルド君は当然何も身に着けていないわけで。
「ヴァンクさんと同じになっちゃった」
最後の蘇生を終えて、レナルド君がえへへ、と笑った。
……。
なんか、なんていうか、背徳感。ごめんね、ごめんねレナルド君。
「おう、レナルド似合ってんぞ」
さっきまで半ズボンだけは履いていたヴァンクさんはいつの間にかいつも通りのパンツ一丁になっていて、レナルド君の隣に行って筋肉ポーズを決める。
「ありがとう。ヴァンクさんも似合ってるよ」
「だろ?」
ヴァンクさんの真似をしてレナルド君も筋肉ポーズを決めた。
「よしなさい。リンゴちゃん早く服返してあげて。レナルド君ヴァンクに付き合うことないんだからね」
「うん。ハクイさんもありがとう」
「どういたしまして」
リンゴさんから渡された服をレナルド君が身に着けていく。ほう。一安心。
「さてこれでレナルドの無実は証明されたな。念のため動画も取ってある。要望があればギルドのSNSにでもあげておくが?」
確かに証明された。でもそれでもマッキーさんは納得しなかった。
「しかしリンゴさん。盗った後に何処かに置いた可能性はありますよね? 例えば冒険者ギルドに預けたとか」
その様子はまるで、何とかしてレナルド君を悪者にしているように見える。
「…‥なんだと。マッキー、何かどうしてもレナルドを犯人にしたい理由でもあるのか?」
「そうではなくて! レナルドさんはレオンという名前で以前ギルドマスターをしていた時に!」
え、レナルド君ギルドマスターだったの? 凄くない?
「そうか。……お前なんだな?」
リンゴさんとマッキーさんの間に剣呑な空気が満ちる。同じだ。今のマッキーさんはこの間のダーニンさんと全く同じだ。
しかし次の瞬間。マッキーさんの姿が描き消えた。師匠の姿隠しの魔法だ。
「マスター、どういうつもりだ?」
「スト―ップ。リンゴさん、違うよ。マッキーさんじゃない」
「なんだと。それだと、他に誰かいるという意味に聞こえるぞ」
「うん、そうそう。えっとね、さっきマッキーさんが言いかけてた話。丁度俺もしようと思ってたんだ。マッキーさん、ありがと」
「え? いえ、あ、はい」
お礼を言われて返事をしたせいで姿隠しの魔法が解けて、マッキーさんの姿が再び現れた。出てきたマッキーさんに師匠が続ける。
「ごめんねえマッキーさん。俺がもっと早くお話してたらこんなことにならなかったのに。レナルドさんもごめんね。ああ、またダーニンさんに怒られちゃうなあ」
ダーニンさんのアレは怒られたとかそういうレベルじゃないと思うけど。こういう所が師匠のいい所であり悪い所だ。
「えとね、レナルドさんがギルドマスターだったって話、他にも知ってる人いると思うんだ」
えっ、そうなの?
レナルド君他の人には教えてたのか。でも私には教えてくれなかったんだな。コヒナお姉ちゃんちょっとショック。
「でね、その時に入隊してくれたらお金をあげるって言ってメンバーを勧誘したって。これも知ってる人結構いるんだよね?」
え、えええ。お友達欲しかったのかな。でも駄目だよレナルド君。
あ、そう言えば私にもお金押し付けようとしてたことあったっけ。あの頃レナルド君の事怖い人だと思ってたんだよな。
「レナルド、お前そんなことをしていたのか?」
「ごめんなさい」
リンゴさんに言われてレナルド君はしょげてしまう。
「いや、謝ることではないんだが……」
「え~~、リンゴちゃん的にも駄目なの~~? なんで~~? 」
「いや、駄目というか。それでは人は集まらないだろう?」
ブンプクさん的にはアリらしい。私としてはそれはちょっとなあ。リンゴさんに一票。同じような議論があちこちで起きている。人が入らないとか、来ても辞めちゃうよねとか、貰えるのいくらなんだろうとか、がやがやといろんな意見が聞こえるけど、基本的にはみんな否定的。
でも決定的に酷いことを言う人はいない。否定的ではあるけど、同情的でもある。きっとさっきの殺戮劇のせいだろう。
「そうそう、みんな色々な意見があると思うけど。別に迷惑かけてるわけじゃないよね。それにネットゲームやってたらみんな、なんかかんかやらかしたことあるんじゃない?」
師匠の言葉にみんなお互いに顔を見合わせる。言われてみればそれぞれ思う所があるらしい。
私もある。やらかしたことをあげて見ればキリがない。スキルも装備もなしにゴブリンさんたちに挑んでみたり、藁や石ころを大事に集めたり。
この世界のことを教えてくれた人たちを置き去りにして、逃げ出してしまったことだってある。アレは思い返しても恥ずかしい。
知らなかったと言えばそれまで。レナルド君だって、知らなかっただけだ
「俺は馬鹿だからねえ。いっぱいやらかして来たよ。例えば……。ああ、やめとこっかこの話は。なんか落ち込んできた」
なんだ、何やらかしたんだ師匠。是非聞きたい。ヴァンクさんや猫さんなら知っているかな?
「うん。まあ、色々あるよね。ネットの中でも、リアルでもさ」
「合コンで手品したりな」
「ええっ⁉ それはいいじゃん!」
いいと思います。そのせいで合コンが失敗したんだとすればなおさらいいと思います。
「ああほら、ヴァンクのせいでまた脱線しちゃった」
コホン、とわざとらしくチャットで咳払いをしてから師匠は話を続けた。
「たださ、リンゴさんも言ってたけど、いい悪いは別としてそれで人は集まらないと思う。でも、実際は結構な人数が集まったんだよね? レナルドさん」
「うん。三十人くらい」
えっ、すご。今の<なごみ家>より大人数ってことだ。やるじゃんレナルド君。
「おー、三十人はすごいね」
師匠も感心している。いくら位渡してたんだろ。凄くお金はかかりそうだけど、人数集めるって言うだけならもしかしてアリなのかな?
「凄くないんだ。一人で複数キャラ作ってお金だけ貰って行く人がいっぱいいました」
えええっ、なにそれ!
そう思ったのは私だけではない。
「酷い!」
叫んだのはめりちょさんだ。それに同調する声があちこちから上がる。レナルド君がギルドマスターだったことを知っていた人たちもこのことは知らなかったみたいだ。
「酷いね。そんな奴がいるなんて。しかも一人じゃないんだ?」
「うん。掲示板に曝されちゃって、いっぱい来た」
「……なんだと。レナルド、それは本当か?」
うわあ。リンゴさんが怒ってる。怖い。
だけど怒ってるのはリンゴさんだけじゃない。私も怒ってるし、ここにいる十九人のうちの「ほとんど」が怒っていると思う。
「そっか。災難だったねえ」
「ううん、僕が馬鹿だったんです」
「いや、ほんと酷い奴に目を付けられたと思うよ。大変だったね。あ、そうそう。不思議って言えばさ。マッキーさんは何でその話知ってるの? レナルド君が話したの、俺とブンプクさんだけのはずなんだけど」
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