第168話<月:逆位置> 《ムーンライト・リベレーション》①
月の明かりが全てをあからさまにせず、優しく曖昧なままに包むからだ。
だけど時にはそのさやかな光が、真っ暗な闇に潜んでいた怪物を浮かび上がらせることもある。
優しい月とはまた別の、嘘を、秘密を怪物を、つまびらかに暴く強い光。
タロットでは月の持つそんな一面を<月の逆位置>と表現する。
□□□
「コヒナさんの帽子を盗ったのは……レナルドさん、貴方ですよね?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
みんなの前でマッキーさんに指をさされたレナルド君の様子は犯人そのものだ。でもそれは違う。レナルド君じゃない。
「それは違うんじゃないかと~」
「レナルドではないだろう」
「それは無理があるんじゃない?」
「レナルド君じゃないよ~~?」
私だけではない。レナルド君のごめんなさいに被せるように、いくつもの否定の声が上がった。レナルド君なわけがないのは旧メンバーならよく知っている。
レナルド君は私の部屋には絶対入らない。むしろ入ることに恐怖すら感じているみたいでおいでって誘ってもかたくなに来ないくらいだ。一番大きい食虫植物を見せて自慢しようと思ったのだけど。あの時は仕方なく鉢植えを外に持ち出して見せてあげたんだっけ。
「皆さん、レナルドさんを信じたいという気持ちは私も一緒です。でもレナルドさんがコヒナさんに気があるのは明らかですし、現にコヒナさんの帽子は無くなってるわけですから……」
マッキーさんに言われてレナルド君はまたごめんなさいを始めてしまった。可愛そうに。
大体レナルド君が私のことを好きって言うのからしてマッキーさんの勘違いだ。レナルド君が好きなのはブンプクさんだよ。それこそ見てれば明らかだ。
さっきまで寂しいながらも楽しかったお別れ会は、またダーニンさんの時のような嫌な雰囲気へと変わっていく。ヴァンクさんやハクイさんとはもうすぐ会えなくなっちゃうのに。
あの人に乗せられるんじゃなかった。私の帽子の事なんか黙っていればよかった。わかっていたことなのに。後悔がざりざりと大きくなっていく。
「残念ですが、本人もこう言っています」
マッキーさんにはレナルド君のごめんなさいが「盗んだのは僕ですごめんなさい」に聞こえるんだろう。顔が見えず声も聞こえないチャットは誤解を招きやすい。私も何も知らなければきっとそう聞こえてしまうのかもしれない。
「あー、マッキーさん。それ意味が違うんだよ。ええと? 」
「前にお部屋に入ったのごめんなさい~~と、盗ったのはレナルド君じゃないよ~~って。あともう一つはね~~」
「あ、最後のは俺もわかる。ブンプクさんありがと。そうそう、マッキーさん。そういう意味なんだよ。ね? レナルドさん」
師匠がそう言うと、レナルド君はやっとごめんなさいをやめた。
現実の世界でしゃべる時だって、思っていることを言葉に変えて口に出すことは難しい。本当に伝えたい時ほど言いたいことと言わなくちゃいけないことが一度に出ようとして喧嘩するからだ。チャットになればなおさら。私ならどうしていいか分からずに黙り込んでしまう所。レナルド君のごめんなさいはそれと同じだ。
自分じゃない、信じて欲しい、だけど自分が疑われる理由もわかる。否定したいけど否定する術がない。だけど違う、自分じゃない。だからどうか追い出さないで―そういう意味だ。
「マスター、そこはレナルド君にしっかり自分の口から言わせるべきかと」
レナルド君の「ごめんなさい」を通訳した師匠にショウスケさんが控えめに指摘した。
「あ、そっか。ごめんごめん。レナルドさんどうかな。コヒナさんの帽子、盗んだ?」
「ううん。盗んでない。僕じゃない。ごめんなさい」
レナルド君が今度ははっきりとそれを言葉にした。よしよし、えらいえらい。最後のごめんなさいはまあ、ご愛敬かな。
「堂々としていろレナルド。やっていないだけでいい。自分が悪くなければ謝罪は不要だ」
おっと。リンゴお兄ちゃん……お姉ちゃん? は厳しいね。うん。でもやっぱりその方がいいと思う。
「えっ、でもナゴミヤさんは……」
あー。師匠すぐ謝るもんな。レナルド君の教育上宜しくないよね。改めて貰わないと。
「あれは悪い見本だ。マスターはいい奴だがそこは真似してはいけない」
「えっ」
「あー。なんかごめんねえ」
悪い見本だって言われてるのに何でそこで謝るかなこの人は。
「ちょっと黙っていろマスター。そういう所だぞ。マッキー、今聞いた通りだ。レナルドはやっていない。そうだな? レナルド」
「うん。僕じゃない。コヒナさんのことは好きだけど、僕は盗ってない」
お、おっとっと。
そういう意味じゃないんだってのはわかってるんだけど、お姉ちゃんとしてだってのは十分わかってるんだけど。うへへ、なんか照れちゃうな。なんかすいませんねこの緊張時に。
「そうだよね~~。好きでも帽子盗ったりしないよね~~?」
「うん。盗らない。それにナゴミヤさんに絶対勝てないし」
わああああ、何言いだすのレナルド君⁉
嘘でしょ。私そんなにわかりやすい? レナルド君にもバレちゃうくらい⁉
「そうだね~~。ナゴミヤ君は手ごわいね~~」
いやいやいや。ブンプクさんまで何を言い出すのだ。そんなこと言われたらいくら鈍感な師匠にだってバレちゃうんじゃない?
「えっ、なんで俺?」
あ、バレなかった。こんにゃろう。
「何でもないです!」
「えっ、なんでコヒナさん怒ってるの?」
「怒ってないです!」
リアルじゃなくてよかった。多分私今顔真っ赤だもん。
「待って下さい!」
マッキーさんが大きく声を上げた。なんかすいませんねこの緊張時になんか大事な時に。でももういいんじゃないかな。レナルド君は違うって言ってるし、そもそも私がレナルド君が盗ったとは露とも思ってないし。
「気持ちはわかりますが根拠がありません。この際はっきりさせましょう。レナルドさんは以前コヒナさんの部屋に侵入した前科があるんですよね? そのせいで部屋に鍵を付けることになったって」
「そりゃレナルドがコヒナの部屋を知らなかった時の話だろう」
ぼそっと、今日の主役の一人のヴァンクさんが言う。
「でもそれもレナルドさん本人の主張ですよね?」
なんとなくわかってくる。今のマッキーさんはきっと、師匠にギルドマスターの座を譲れと迫ったダーニンさんと一緒なのだ。
マッキーさんからしてみれば、この根拠のないレナルド君への信頼の方が不思議にみえるだろう。もしかしたら自分が不当に貶められてる、誰も自分の言うことを聞いてくれないなんておかしい、理不尽だ。そんな風に感じているかもしれない。
実際否定の声が上がったのはレナルド君と一緒にある程度の時間を過ごしてきた旧メンバーからだけ。新メンバーからは何も上がらない。どう反応していいかわかんないというのがほとんどなんだろうけど、マッキーさんの言葉に同意しているような感じもある。
「わかった、マッキー。根拠があればいいんだな? レナルドがコヒナの帽子を持っていないことをはっきりと示せば納得するんだな?」
リンゴさんがマッキーさんと何も言わない新メンバーを見渡しながら不愉快そうに言った。
「え、ええ。それは、まあ……」
マッキーさんが頷く。でもネオオデッセイと言うゲームの中で、所持品の全てを確認する手段はない。持っていることはアイテムを見せることで確認できるけど、持ってないことを示すというのは難しいんじゃないだろうか。
「レナルド。僕はお前を信じている。だがこの中にはそう思ってない奴もいるようだ。だから僕は全員にわかる形で示そうと思う。レナルドは僕を信じられるか?」
「うん、信じられる。ありがとうリンゴさん」
リンゴさんに即答すると、レナルド君はしゃらん、と杖を振るった。その身体を黒く蠢く光が包んでいく。
あれは、「再生」の魔法?
「……いい子だ。マスター、ドロップシステムの変更を頼む」
「はいよ。お手柔らかにねえ」
!
なるほど、それなら確かにレナルド君の無実を証明できる。できるけど……。リンゴさんがやろうとしていることは本来は凄くすごく、恐ろしいことだ。
『コヒナさん、念のためブンプクさんの側にいてくれるかな。ショウスケさんがいるから滅多なことは起こんないと思うけど』
やっと事態を飲み込んだ私に師匠からの
『わかりました!』
ブンプクさんは時々とんでもないものを持ち歩いている。そのまま対人エリアに行くことは無いので殺されて盗られたりはしないけど、ギルド内のシステムを変更した時におかしなことを考える人がいないとも限らない。
『それと……。クラウンさんから目を離さないで』
『はい! 大丈夫です!』
ずーっと、「なんか変な感じ」としか言わなかった師匠が初めて、その人の名前を口にした。
クラウンさん。
さっき私に占い師の格好をしないのかと言って、帽子がなくなっていることを気づかせた人。誰かに盗られたんじゃないか、なんて言い出した人。おサトさんの言葉を捻じ曲げて私に伝えた人で、きっと、マッキーさんやダーニンさんにも同じように何かを吹き込んだ人。
タロットカードが示した<逆位置の悪魔>。
System : Caution ‼ ギルドマスターにより、ギルド内のドロップシステムが変更されました。ギルド内での戦闘で死亡した場合、死亡者は装備品を一点、ランダムでドロップします。
警告音と共にシステムメッセージが表示される。
「さて。行くぞ、レナルド」
「うん。お願いします」
そして、とても優しい殺戮劇が始まった。
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