第166話 魔術師対逆位置の悪魔⑥
「ただいまー。おお、今日も凄い人数」
ぶよぶよの討伐を終えて戦利品を山分けしているとやっと師匠が帰ってきた。
「お帰りなさい。今日も大変ね」
「おうナゴミヤ、おつかれ」
「切り上げて帰って来ちゃった。間に合って良かったよ」
日によってログイン時間が変わるハクイさんはともかく、いつも落ちるのが早いヴァンクさんと師匠が顔を合わせるのも久しぶりだ。師匠は本当はリアルでも友達のヴァンクさんにギルドの事相談したかったんだろうけど、引退前ということで何も言わずにいる。今日は大事な日だ。このまま何事もなく終わればいいな。
「気持ちよく送り出したいんだけどやっぱ寂しいね」
「んだよ、らしくねえな」
「あはは、ごめんねえ。つい」
ヴァンクさんと師匠は<なごみ家>をつくった最初のメンバーでリアルでも友達。長く深い付き合いであるだけに別れの寂しさもひとしおなんだろう。
「ま、お互い年食ってガキが大人になったら、また一緒に馬鹿やろうぜ」
「いいねそれ。うん。早く年取りたいと思ったの初めてかもしれない。楽しみにしているよ。ムーちゃんによろしくね」
ムーちゃんと言うのはヴァンクさんの奥さんの名前だ。師匠は奥さんのことも知っていて、そもそもヴァンクさんとムーちゃんさんの二人をくっつけたのは師匠だそうだ。ブンプクさんとショウスケさんがくっついたのにも師匠の貢献度は高いわけで、師匠凄いなキューピットかな。
「あら、私は誘ってくれないの?」
別れを惜しむ師匠とヴァンクさんの会話にハクイさんが拗ねて見せた。
「あー、ごめんごめん。もちろん一緒にやろう」
「おう。流石にネオデは無くなってるだろうけどな」
「そうね。流石にそうでしょうね……」
ヴァンクさんが子育てを終えるころとなれば二十年近く先の話だ。既にかなり古いゲームであるネオデが無くなっているのは当たり前のことだ。
「いやいや、むしろその頃にはネオデ2とか出てるかもしれないよ?」
「出るかあ?」
師匠達が十年も前からやっていて、その更に前から続いているゲームだ。続編、というのは考えにくい。
「もし出てるとしても仕様は変わっているでしょうね」
「それはそうだな」
ゲームは現実とは違う。どこか別の世界でヴァンクさんとハクイさんが出会っても、ネオデ以外では「無限バーサーカー砲」は成立しないのだ。恐らくはネオデ2の中でもできないだろう。ヴァンクさんとハクイさんの無敵コンビもここまでだ。
「おい。その時には僕も呼べよ」
「私も! 私も呼んで下さいね!」
リンゴさんに追従して同窓会に私も参加を表明した。
「ま、ネオデがなくなっちゃってたらその時には別のゲームで集まったっていいしね」
「ネオデ以外か……。服着なくていいヤツならいいぞ」
「無いわよそんなの。だいたいネオデでも着ないと駄目なのよ」
「そんなことねえだろ」
ヴァンクさんはどうしても服を着たくないらしい。ちなみに今日はレナルド君がいるので上半身は裸のままだけど下は半ズボンを履いている。レナルド君グッジョブ。
「いやあ、わかんないよ? 二十年後だからね。パンツもいらないゲームも出てるかもしれない」
「マジか未来すげえな」
「嫌よそんな未来」
そうですね。ハクイさんに一票。流石にパンツは履いててほしい。パンツは常識を守る最後の砦だ。
「ふむ。そのゲームでは殺人はできるだろうか。あとは毒の仕様だな。種類や効果が多いほどいい。ああその頃にはVRで味も再現できているといいな」
「リンゴちゃん、味って普通に食べ物の味の話よね?」
「……。無論だ」
無論嘘だ。でもVRで味を感じられるようになったらリンゴさんの好物も安全に堪能できるようになるのかな? ちょっと興味ある。
「世間の流れ的には殺人とか残酷描写の規制はもっと厳しくなってそうだけど」
「何を言うんだマスター。二十年後だぞ。当たり前のようにVRで殺人が可能になっているに違いない」
「マジかよ未来すげえな」
それはないんじゃないかな。物騒すぎますよリンゴさん。
「大丈夫だよ~~。20年後もネオデはあるよ~~。私はずっとここにいるから、ハクイちゃんもヴァンク君もちゃんと帰って来てね~~?」
「そうですね。ブンプクと一緒にここで待ってます」
ブンプクさんとショウスケさんはこの場所で出会った。きっと私たち以上にこの場所に愛着があると思う。それにずいぶん昔からあってなんだかんだ今までなくなってないゲームだからね。二十年後だってまだあるかもしれない。
「レナルド君もいるよね~~?」
「うん。待ってます」
ブンプクさんに言われてレナルド君も頷いた。ふふふ。よしよし。そーかそーか。でもレナルド君はどうなるかなあ。一区切りの突いた大人の私たちと違って、レナルド君はこれからいろいろあるからなあ。環境も変わってくだろうし、大変だと思うよ? でも離れている年が十歳くらいだとすると、その時には今の私より十歳も上の大人だ。二十年後にはそんなに変わんない感覚でお話しできるだろう。その時私は頭の中でレナルド君のことをなんって呼ぶんだろうな。
「まあそうだねえ。俺もずっといるからねえ。なんだかんだで同窓会の第一候補はここかな」
「そうだな。僕もログインは減るがやめる予定はない」
「私もいます!」
「そうかそうか。コヒナさんもかー。ふふふ、よしよし」
「なんでですか!」
何故か師匠が微笑まし気に褒めてくれた。納得がいかない。
「ヴァンクさん、ハクイさん、ほんといいもん見せて貰ったじゃ。冥途の土産が出来たわい」
オンジさんも新しいメンバーではあるけれどヴァンクさんやハクイさんとはもともとの知り合いだ。長い付き合いだったんだろう。
「おう。爺さん達者でな」
「お爺ちゃんも二十年後の同窓会くる?」
「ふおっふおっふお。二十年後は儂は生きとらんじゃろうなあ」
「いや絶対生きてるだろ」
「一番ぴんぴんしてるかもね」
「ふぉっふぉっ。その時にはお邪魔させていただくじゃ」
オンジさんはお爺ちゃんキャラだけどそれもロープレなので実際にいくつかはわかんない。なんとなくだけど私より少し上、師匠達と同じくらいを想像している。
なんだかんだ小さい頃遊んだゲームが今でも楽しかったりするんだから、二十年後にもまだあって。四十年くらいしたらネオデはオンジさんみたいな、おじいちゃんおばあちゃんの憩いの場所になっているかもしれないね。
「じゃあ、みんなで記念撮影しようかあ。ヴァンクとハクイさん真ん中にしてみんな並んでね~」
は~い。
師匠に言われてみんなぞろぞろと動き出す。できるだけ二人の側がいいなあ、という名目で。師匠の隣がいいなあ。こっそりぞろぞろ。
「コヒナさん、占い師の格好しないんですか?」
……。
声をかけてきたのはクラウンさんだった。この人には思うところがあるけれど、その提案は魅力的だ。撮影後二十年後の<なごみ家>を占って見ましょうと言ってみるのも面白いかもしれない。二十年後なんてタロットではもやっとしか見えないけど、こういう時はそれでいい。
「そうですね~。着替えてきます~」
お部屋に戻ってクローゼットにしまってある占い師用の緑のドレスを取り出した。アクセサリー類を身に着けて最後にお宝のマギハットを被ろうとして。
いつも壁に掛けてあるマギハットがないのに気が付いた。
あれ、バックに入れちゃったかな。バックを探ってみるけど入っていない。他の場所、クローゼットやタンスの中にもない。
さっきまではあったのだ。ハロスに行く前に二人占いの依頼を受けたのでそこは間違いない。その後部屋に戻って着替えてからハロスに向かった。今日は死なずに切り抜けたのでモンスターに取られたと言うはずもない。
???
…………。
私のおっちょこちょいだと思う。きっと間違ってどこかにしまっちゃっただけだと思う。大事な帽子をなくすなんて、おっちょこちょいにもほどがある。ここは深く反省すべきところだろう。私が悪い。
……でももしそうじゃなかったら。
そんな、嫌なことを考えた。
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