第165話 魔術師対逆位置の悪魔⑤

 一説によると、タロットカードの大アルカナは一人の旅人の物語を表しているとされる。


 ≪愚者フール≫という主人公=旅人が様々な≪アルカナ≫との出会いを経て、それぞれの結末である≪世界ワールド≫にたどり着くまでの物語であるとする考え方だ。


 この旅物語において、愚者が最初に出会うアルカナは≪魔術師マジシャン≫。愚者に知恵や加護を授け、旅の扉を開く人。


 魔術師は様々な物語に登場し、主人公を導く存在として描かれる。


 <ネオデ>の語源になっているオデュッセウスの冒険に登場するキルケー、アーサー王伝説のマーリン、オズの魔法使いの北の良い魔女。シンデレラ、ラプンツェル、人魚姫などの童話の魔女、千夜一夜物語の魔術師たち。


 例を挙げて行けばキリがない。物語によってその存在は正位置だったり逆位置だったりするけれど、いずれにしても愚者と魔術師が出会うことで物語は始まるのだ。


 占いとして<魔術師>のアルカナを解釈する時には0から1への変化を表していると捉えるとわかりやすい。魔術師のカードが1の番号を振られているのはそのためだ。ここから解釈を広げて、創造力、能力の開花、変化、技術、才能、新しい可能性等を意味する。


 場合によっては魔術師はこの変化を愚者主人公に授けると捉えることもできるだろう。


 部活に誘ってくれるクラスメイトだったり、曲がり角でパンを咥えてぶつかってくる女の子だったり、怪物との戦い方をレクチャーしてくれる同じ能力を持つ先達だったり、転生先を斡旋してスキルをくれる神様だったりと、物語によってさまざまに形を変えて≪魔術師≫は主人公を導く。


 現実世界で言うならわかりやすいところだと学校の「先生」とか、習い事の「師範」とか、大工さんの「親方」なんかが該当するだろうか。場合によってはもっと身近な「友人」だったり、あとは、ネットゲームの「師匠」を意味することもあるかもしれない。


 <ネオオデッセイ>の世界、ユノ=バルスムの神話に曰く。


 ここは正義が敗北し、邪悪が蔓延る世界。


 善性の化身たるボナは最期の力を使いこの世界に勇者を導く「門」ゲートとなった。それはこの世界の外にある、様々な世界の、様々な時間と場所に繋がる門。いくつもの理を超えて、世界を渡ることを可能にする「世界の門ゲートオブワールズ」。


 ユノ=バルスムの世界はフィクションで、だからボナさんのお話はフィクションの中のフィクション。でも、私は「世界の門ゲートオブワールズ」の実物を知っている。この世界の扉が開いた瞬間をはっきりと覚えているし、なんだったらその扉を開いた魔術師のリアルの顔だって知っている。背が高くて、イケメン俳優のナントカさんにちょっと似てる。


『今からゲート作るけど、絶対に入ったらだめだよ。』


 私は言われた通りにその人の作った<ゲート>には入らなかった。でもその人の魔法は確かに私を冒険へと誘った。


『今日がこの世界初めてなんでしょう? だったらそんなの、もったいないじゃん! 』


 師匠が冒険の扉を開いたのは私だけじゃない。そのことは私個人としてはちょっとだけ残念だけど、弟子としては鼻が高い。


 私の師匠はそんな≪魔術師≫みたいな人だ。攻撃魔法はからっきしだけどね。



 □□□


 日中はまだ暑い日もあるけれど朝晩は過ごしやすくなってきて、やれやれと油断していると逆に寒さで目が覚めてしまう。


 来ない来ないと思っていた秋はいつの間にか始まっていて、それもかなり深い所まで来てしまっていた。以前私の住んでいた所では葉っぱの落ちる木は少ないので、一陣の風で茶色い葉っぱが一斉に枝から外れて空高く舞い上がる風景には驚かされた。天気のいい日は空に舞う落ち葉が陽の光を受けてきらきら輝くものだから花吹雪さながらの壮観だ。


 秋はしんみりと寂しい季節として語られるけど、私は秋自体に寂しいと言うイメージを持ってはいない。熱くも寒くもなくておいしいものいっぱい。実りの秋万歳。ずっと秋だったらいいのに。まあそれはそれで風情がないのだろう。葉が青く茂る時期がなければ枯葉の季節はやってこない。


 でもこの年の秋は私にとっても寂しい季節になった。


 ヴァンクさん、ハクイさんが正式にネオオデッセイを引退するのだ。


 ヴァンクさんはお子さんと一緒の時間を増やすため、ハクイさんはお子さんとお仕事の両立のため。寂しいけれど仕方ない。リアルは大事だ。


 出来るだけ参加できる人数の多い日を選んでということで、今日送別会が開催される。みんなが集まれる日はそうそうないのでギルドの送別会は旧メンバーの揃う日を優先してもらった。双方への配慮だ。


 ヴァンクさんとハクイさんの二人は送別会が終わると明日からもう来ないというわけではなくて、課金した分が切れるまではしばらく顔を出してくれることになっている。


 この日にログインしているからと言って送別会は強制参加というわけではない。ヴァンクさんやハクイさんと話したこともないと言う人だっている。ただ、ダーニンさんの一件でヴァンクさんとハクイさんはヒーローみたいな扱いになっていた。あれだけのものを見せられれば誰だってそうなると思う。そんなわけで送別会には随分と多くの人が参加することになった。


 例によってまだ来ない師匠、ショウスケさん、ブンプクさん、リンゴさん、レナルド君といったおなじみのメンバーに加え、マッキーさん、オンジさん、シーゲルさん、ボルテックスさん、すみれさん、ラムダさん、かおりんさん、たぐちくんさん、めりちょさん、ベシャメルさん、それに、クラウンさん。


 総勢十九人。残念ながらここにいるべき人が一人いない。猫さんはログインしているけど不参加ということになっている。


 猫さん曰く「けじめ」だそうだ。ダーニンさんはいなくなっても同じように思ってる人もいるだろうということだ。ヴァンクさんとハクイさんと猫さんの三人は今日とは別にさよなら会をするということで、日程が会えば私も参加させてもらうことになっている。


 ここしばらく悪いことが色々起きて、まだ全部は解決していない。でもその全部が綺麗に解決しても<なごみ家>は元には戻らない。


 リンゴさんもインできる日が凄く減ったし、ブンプクさんはいよいよ出産日も近い。それでも来るって言ってるけど、実際はどうなるか。ブンプクさんとショウスケさんが来なくなったらレナルド君だって寂しいだろう。


 旧メンバーのログイン率は低い。この先はさらに低くなる。新しい人の割合の方が多いしログイン率も高い。私たちは優しいこの世界とは別に、辛いぜ現世ライフをおくらねばならない現実があるのだ。変わっていくのは当たり前のことなんだろう。


 今日の送別会では十八人で不死王宮ハロスのボスを退治する運びとなった。ヴァンクさんとハクイさんの無限バーサーカー砲が見たいって言うリクエストが多かったためだ。ほんとは最古竜セルペンスが良かったんだけど、あそこだと見物も命がけだからね


 ノクラトスさんをみんなで倒し、ほんとのボスである死体で作られたぶよぶよの怪物、ぶよぶよ某に無限バーサーカー砲を発動。


 ハクイさんがわざと蘇生を遅らせてヴァンクさんが死んじゃって笑いが起きる場面もあったけど、その後はみんなでとどめを刺して無事終了。今日もリッチーになったレナルド君の火力がさえわたった。実に楽しい戦いだった。


 これが最後だと思うと寂しいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る