第164話 魔術師対逆位置の悪魔④
つまらない。
<イケニエ>は苛立っていた。
今はレナルド等と名乗っているレオンを見つけ、同じギルドに所属したまでは良かった。偶然<なごみ家>の勧誘を受けるなど、天の采配としか思えない。
新しい場所でも浮いているだろうレナルドを見物し、嗤い、最後は秘密を暴露し居場所を奪う。馬鹿を馬鹿にするのは気分がいい。自分のような「分かってる」人間だけに許されたエンターテイメントだ。
レナルドはかつてレオンと名乗り、ギルドマスターをしていた。
ギルドと言ってもメンバーはレオン一人。メンバーを集めることが出来なかったレオンが考えた策が、ギルドメンバーにゴールドを支給するという物だった。そんなことでメンバーは集まらない。誰でも思い至りそうなものだがレオンは頭が悪かった。
イケニエは複数のアバターを作り、レオンのギルドに所属させた。そしてレオンから金を受け取るとログアウトすることを繰り返した。金額自体は大したものではない。だが馬鹿が貯めたゴールドを奪ってやるのは面白い。
直ぐに気が付くだろう、その時の顔が見ものだと思っていたがレナルドはなかなか気が付かなかった。馬鹿さ加減に呆れたがこれでは面白くない。自分が嗤われていると思い知らせてやらなければつまらない。
イケニエは匿名掲示板を通じてこの遊びに参加する者を募った。自分と同じことを、複数の人間で行った。掲示板にはレオンを嘲笑する声が溢れたが、実際に遊びに参加したのは数人だった。わざわざイケニエが煽ってやっても人数は増えなかった。嗤うのは楽しいが自分では手を汚したくない。そんな奴らが多いのだろう。つまらない奴らだ。
ここに至ってもレオンは気が付かず、遊びに飽きてきた奴らもいたため、イケニエは仕方なくレオンに匿名掲示板を教えた。そこでレナルドはやっと真相に気が付いた。その顔をリアルで見ることが出来ないのは残念だったが、想像だけでも十分に楽しめた。
イメージだけで楽しむことが出来ると言うのも、イケニエのような限られた人間の特権だろう。
イケニエはその後もゴールドを要求するつもりでいた。ギルドメンバーにゴールドを支給する。これはレオンが言い出したことだ。真実に気が付いたとしても断っていいはずがない。むしろ真実を知ったと言うなら好都合。アバターを入れ替えることなく<イケニエ>だけで所属人数分を受け取ってやってもいい。文句は言えまい。しかしレオンはそれ以降ログインするのをやめてしまった。クソが。
しかしイケニエはその後、レオンが別のアバター、<レナルド>として活動していることを知る。偶然レナルドの所属するギルド<なごみ家>の勧誘を受けたイケニエは別のアバターで<なごみ家>に潜り込んだ。レオンは以前と同じように浮いているだろう。そこでレナルドの正体がレオンであることをバラし、止めを刺してやろうと思ったのだ。
だがレナルドは浮いているどころかゲームを楽しんでいた。冗談を言い話題の中心になっていることすらあった。それはイケニエにとって鳥肌が立つ様な気持ちの悪い光景だった。動物が二足歩行し言葉を話すアニメのような不気味さだ。そうじゃないだろう。お前は最下層の存在だろう。なに人間のフリしてんだよ。
身の程知らずに楽しそうにしているレナルドには罰を与えねばなるまい。
レナルドの周りにいるのはネットゲームごときを何か特別なものと勘違いしているような程度の低い奴らだ。いわばレナルドの同類。気味の悪い雑魚が群れを成していると言うだけの事。リアルでもそういう連中はいる。教室の隅でボソボソ、ビクビクと強者の視線を気にしながら生きる何の取柄もない弱者どもだ。
どうせレナルドがレオンであることを知ればすぐに手の平を返すだろう。カースト最下層の人間関係は互いを軽蔑することで成り立っている。悍ましい。自分のような上位の人間には考えられない醜さだ。
レナルドとつるんでいることが多いアバターの一人に<ブンプク>というのがいた。レナルドと親しくしているような奴にはレナルド同様にしっかりと罰を与えなければならない。
丁度いいことにブンプクは<骨董屋>の名で知られる有名プレイヤーだった。
イケニエは<骨董屋>からレアアイテムをだまし取ることにした。首尾よく手に入れれられればリアルマネーでもそこそこの値段で売れるだろう。いい小遣い稼ぎだ。
なにより、実際には存在しない「データ」に価値があるかのように勘違いしている程度の低い奴をあざ笑ってやることが出来る。データでしかないものを必死に集め、<骨董屋>などと呼ばれて調子に乗っている奴に吠え面をかかせてやるのは気分がいいだろう。
イケニエはこれまでもいくつものアバターを使って詐欺を繰り返してきた
ゴールドだのレアアイテムだのに興味はない。だが価値があると思っている連中が大事にしてきたものを少々の知恵を働かせて奪ってやるのはなかなかの娯楽だ。SNSで被害の報告など上げているのを見ると最高の気分になる。
トレードのシステムを理解せず、こちらが何を渡したのか確認もせずに取引を承認するなどというのは低能の証だ。まごまごしている奴にはさっさとしろ、急いでいる暇じゃねえんだと声を荒げれば大人しくなる。どうせならさっさとすればいいものを手間かけさせるんじゃねえよこの愚図が。
平和ボケした奴らは自分がゴミであることにも気が付かない。大切にされて守られて当然の存在だと思っている。そうではないとわからせてやらなくてはならない。程度の低い奴らに自分の身の程を「わからせる」。それが重要なのだ。
騙すのは容易そうに見えたブンプクだったが意外にも手ごわく、一度装備品を持たせて欲しいと言ってみたが断られた。この自分がわざわざ丁寧な言い方をしてやったと言うのに無礼な奴だ。しかもそれ以降はこちらに近づこうとすらしなくなった。このくそが。
腹立たしいことには自分に対してはほぼ無視のような態度を取るブンプクがあのレナルドには親し気に話しかけるのである。何が何でも同等以上の屈辱を与えてやらなければ気が済まなくない。わからせてやらなくてはいけない。
こういう時には頭を使えばいい。イケニエにはそれが可能だ。
めりちょという頭の悪そうな女に自分の代わりに借りに行かせることにした。以前頼んだら気軽に貸してくれたと言ってやったら喜んで馬車とやらを借りに行ったようだ。これでめりちょからの又貸しで晴れて馬車を手に入れられるはずだった。そのあとはレナルドに又貸ししたと伝える。これで万事うまくいく。
完璧な計画だったが上手くいかなかった。
空気の読めないめりちょなら断りにくい頼み方をするだろうと思ったが失敗してきやがったのだ。なんて使えない女だろう。腹いせに空気が読めない女だと言う噂を流しておいた。
失敗したなら別の方法を考えればいい。使えないゴミどもと違って頭のいいイケニエはいくつだって方法を考え突くことが出来る。
ギルド内での対戦でもアイテムを落とすようにシステムを書き換えるのだ。
イベントだなんだと理由を付けてドロップ条件を変えさせ、その後匿名掲示板やSNSで募集した集団で<骨董屋>を襲う。高価なものを持ち歩いているかどうかはわからないが、殺害後に蘇生するのを繰り返せば持っている装備品の全てを奪うことが出来る。一つくらいはレアアイテムを手に入れられるかもしれない。
仮に手に入れられなくてもずたずたにできる。レナルドと親しくした罪を償わせることが出来る。
なんだったら、襲撃者の一人に「レオン」と名前を付けるのもいい。こんなことを思いつくなんて、やはり自分は頭がいい。
だが変更にはギルドマスターの権限が必要だ。適当なことを言ってシステムを変えさせようとしたが上手くいかなかった。
ギルドマスターのナゴミヤはお前を馬鹿にしている奴がいるぞと教えてやってもへらへら笑っているような奴で、頭がおかしいとしか思えないがこちらの口車に乗ってこないのは厄介だ。
だがやはり方法はある。ならばもっと馬鹿で扱いやすいやつをギルドマスターにすればいい。
ギルドマスターを扱いやすい奴に挿げ替えるのは素晴らしいアイデアだ。
丁度いいことにレナルドと親しくしている奴らとそうでない奴らの間に溝ができるよう、互いの悪評を広めてきた。嘘と本当をバランスよく混ぜて広めるのがコツだ。とはいっても誰にでもできる事ではない。イケニエだからこそできたことだ。
ブンプクからアイテムをせしめた後、ギルドマスターの権限を用いてレナルドと口を利いたもの全てをギルドから追放する。その上でレナルドに今まで楽しんできたことをしっかり後悔させる。正体をバラし、メンバー全員に謝罪させ、前と同様にゴールドを支払わせよう。次は逃がさない。馬鹿なレナルドのことだ。逃げたり断ったりすれば運営や警察に通報してやるとでも言えば勝手に想像を膨らませるだろう。
だがギルドマスターに仕立て上げようとしたダーニンは思った以上に頭が悪かった。準備の整わぬうちに勝手な行動を起こし、ギルドから出て行った。せっかく育てていた反乱分子を引き連れて、だ。全くどいつもこいつも使えない奴ばかりだ。反吐が出る。
これだけ使えない奴が多いとめんどくさくなる。やはり自分で動くしかないか。最初からそうすればよかったのだ。しかしこれだけ失敗が、いや失敗ではないな。馬鹿どものせいで上手くいかないことが続けばいくらイケニエでも思いつくことが無くなってくる。そもそもレナルドごときの為にイケニエが時間を使ってやるのは筋が通らない。
手っ取り早くレナルドと親しくしている奴を仲違いさせ、その場でレナルドの正体をばらすことにするか。ダーニンのせいでギルドマスターのすげ替えは難しくなったが、レナルドを嫌悪する者達は今も大勢いる。
ブンプク以外にレナルドと親しいものと言えば……。ネカマのPKは相手にするのが面倒そうだし……。
そうだ、あの能天気そうな女がいたな。そういえば以前レナルドとあの女の間にはトラブルがあったと聞く。それを利用するか。こういうアイデアがすぐに浮かぶのがイケニエの凄い所だ。
イケニエの様に賢いものは情報を大事にする。何が役に立つかわからない。それにあの女はギルドマスターのお気に入りだ。使えないギルドマスターも今度こそ役に立つだろう。
濡れ衣を被せられ、裏切られ、ショックを受けたレナルドがゲームをやめ、アバターを消去でもしたら最高だ。
このムカつきも多少は収まるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます