第163話 魔術師対逆位置の悪魔③

 師匠に取り残されてもやもやしているとぴろん、と音がして個人チャットが入った。送り主は師匠。おサトさんの悪口を言ったから置いてかれたんじゃないんだとちょっと安心する。


『コヒナさん、転移魔法で<ジャンブ>の町に飛んで』


 ん? なになに、どういうこと? 誰かと一緒なのかな?


 言われた通りにジャンブの町に飛ぶと師匠がいた。一人だ。


「ほい、じゃあつぎはこっち」


 なんだなんだ。言われるままに師匠が作った魔法のゲートに入る。


「暑っ⁉」


 っていうか熱っ。じりじりとHPが削れる。


 ゲートの先は火の海だった。正確には溶岩の海。え、なにここ<竜巣>トイフェルじゃないの? しかもダメージ受けてるってことは第二階層。


「よし、ここなら安心」


 なにがなんだかわからない。転移魔法とゲートを乗り継いで、なんでわざわざこんなとこに。


「安心なことないですよ。ダメージ受けちゃってます」


「あ、わりわり」


 師匠が掛けてくれた魔法の効果でダメージが減少する。受けるには受けるけど放っておいても気にならないくらいになった。


「師匠、突然どうしたんですか~?」


「いやあ、こんな時間だし大丈夫だと思うんだけどね。ちょっと心配事があってさ。家の周りだと盗み聞きされてるかもしれないから」


 心配事? 盗み聞き?


「なんですかそれ。家の周りに誰か隠れてるってことですか?」


 心配性もここまで来ると私の方が心配になってくる。街中ではそんなこともあるかもしれないけどさ。マディアの町なんか見える人より潜伏してる人の方が多いって言う都市伝説もあるくらいだ。


「今いるかどうかはわかんないけどさ。ほら、さっきの占いの悪魔のこともあるし」


 占い? 悪魔? 何の話?


「個人チャットで話してもいいんだけどいきなり黙り込むのも怪しまれるし。ホラ、ここなら潜伏スキル使えないからさ」


 確かにトイフェルではずっと隠れてはいられない。何らかの手段で回復しないと死んじゃうし、アクティブな行動をとれば潜伏は解けてしまう。


「でね、本題ね。なんか変だよ。さっきの話、誰から聞いた?」


 変? さっきの話? なんだっけ。あ、おサトさんのことか。あの話を聞いたのは確か……。


「誰って、師匠からでは?」


 そうだよ。師匠がデレデレしながらうちに住みたいっていう人がいるとか言い出したんじゃん。思い出したらむかむかしてきちゃった。


「いや、俺じゃない。俺がその話しようとしたらコヒナさん急にドラゴン狩りに行きたいって言い出したじゃない」


 ……?


 あれ、そうだったっけ?


 でもそう言えば。


 私が師匠の家の中に自分の部屋を持っているのがズルいって、おサトさんが言っていたって。


 そう聞いたのは師匠からおサトさんのお話を聞く前だ。


 おサトさんって言う人が、私が師匠のおうちにお部屋を持っているのがズルいと文句を付けてたって、そう教えて貰った。でも師匠は「あそこは俺の家だから」って断わってたから安心していいよ、って言ってたって。


 それを聞いて私はつい喜んでしまった。教えてくれた人に、照れ隠しに「安心ってなんですか~」って返した記憶がある。


 なのにその翌日、師匠が「昨日うちに住みたいって人がいっぱい来ちゃってさー」なんてデレデレしながら言い出したから、私はむっとして話を遮ってしまったのだ。


「それにその話、多分ちょっと違うよ」


「え?」


「おサトさんがズルいって言ったのは本当だけど、あの時はおサトさんがコヒナさんいいなあ、ズルい、私も部屋が欲しいって言いだして。そしたら他の人も自分も自分もって言い出して、それは部屋が足りないよっていう話だったんだけど」


 え? あれ? それだけ?


 大分話が違わないか?


 おサトさんは私が師匠の家に住んでいるのが気に食わないって騒いだんじゃ、ない?


 おサトさんはもうギルドにいない。直接何かをしたわけじゃないけど、この話を「知って」からおサトさんがいなくなるまで、私はおサトさんを、嫌な人として見てしまっていた。


「ご免なさい、師匠、私……」


「いや丁度良かった。それなんだよ。ずっともやもやしてるの。コヒナさん、その話、誰から聞いた?」


「え?」


「なんかさ、そういうもやもやした話が多いんだよ。変な感じなんだ。誰から聞いたか覚えてないかな?」


 おサトさんの話以外にも同じようなことがあった?


 つまり私は勘違いしたんじゃなくて、勘違いさせられた?


 おサトさんのせいで私が持ってしまった嫌な感覚。楽しいはずの世界で持たなくてはいけなくなった嫌な気持ち。


 でもそれは誰かに書き換えられた物語だった?


 何でそんなことを……。


 嫌な気持ちが膨らむ。


 心の奥の大事な部分を直接汚されたような不快感がざりざりと音を立て、恐怖にも似た大きな感情に育っていく。


「ええと、あれは……」


 思い出そうと視線をめぐらせると、さっき占いをしたままとなりの机に置きっぱなしになっているカードが目に入った。


 並べられた三枚のカード。その一枚目は過去、あるいは問題の原因を示している。


 そこに出ているのは≪悪魔デビル、逆位置≫。


 ≪悪魔デビル、逆位置≫が暗示するのは、「隠された悪意」。




 □□□


 ナゴミヤは<アウグリウム>の町を訪れていた。そこに目的の人物を発見する。良かった。マッキーに聞いた通りだ。ここで会えなければダンジョンを回って探さなくてはいけない所だった。


「おおい、ダーニンさーん」


「ウザww」


 声をかけると相手は露骨に嫌そうな態度を取った。予想通りだ。ナゴミヤとしても申し訳ないとは思う。


「なにwwまだ何かあんのwww」


「いやあ、ごめんね。どうしても聞きたいことあってさー」


「ほんと何なのオマエwww」


 それでもこちらの呼びかけに応じるあたり、やはりダーニンは生真面目な人物なのだろう。


「ダーニンさんさ、ヴァンクとハクイさんが仲悪いって思ってたんだよね?」


「マジウザwwwwだったら何なんだよwww」


「それ、誰から聞いた?」


「ハアw?」


「他にもいるんだ。同じように思ってた人。ヴァンクがいるからハクイさんはログインしないんだって」


「だからw何wwww」


「いやね、あの二人見てたら普通そんなこと思わないんだよ。前もって勘違いしてない限りはさ」


「……何言ってんのwオマエwww」


 ダーニンには思い込みが激しい所がある。そこは否めない。だが責任感が強く、自分がいる場所を守ろうとする気持ちが強い。困っている人がいると聞けば、ダーニンはそれを何とかしようとする。


「それとさ、ダーニンさん、レナルドさんと仲悪いって言うか、レナルドさんのこと好きじゃないでしょ」


「……いやwwwだってアイツwwww」


「うん、それそれ。俺さ、知ってたんだよ。レナルドさん本人から相談されたからさ」


「ハア?www知っててほっといたのかよwww何考えてんのwww」


「いやあ、別に問題ないと思ったからねえ。それにもしかしたら俺が知ってる話と、ダーニンさんが知ってる話、少し違うかもしれないね」


「……w」


「それよりさ。レナルドさんがそのこと話したのは俺だけなんだ。ダーニンさん、何処で知ったの?」


「あ?」


「もしかして誰かから聞かなかった?」


「……」


 ダーニンが黙り込む。責めるつもりはないが聞くことは聞かなくてはならない。


「もしかして、ヴァンク達の事話してた人と一緒だったりしない?」


「どういうw意味wwww」


「うん。多分想像してる通り。ぶっちゃけていうとさ。俺、疑ってるんだよねえその人の事。他にも似たような話があってさあ。知ってるかな。ショウスケさんとブンプクさんって、夫婦なんだよ。俺二人の結婚式に立ち会ったから間違いない」


「ハア?wwww何ソレwwwwww」


「ね? やっぱり何か変な噂聞いてるでしょ?おかしいよね?」


「オマエさあwwwなんで今になってwwww」


 生真面目なダーニンから見れば、問題だらけのギルドで何もしないギルドマスターのナゴミヤはひどく歯がゆい存在に思えたことだろう。


 あるいは、ナゴミヤについても何か「思い込み」があったか。いずれにしてもあの時はこちらの話に聞く耳を持たなかった。しかし時間を置いた今なら、これからする話に聞くだけの価値があると判断してくれるはずだ。


「ごめんねえ。どうにも確証が持てないって言うか意味が分かんないって言うかでさ」


「オマエw考えてんならwwもっとww考えてるような顔してろよwww」


「考えてるような顔って……。難しいこと言うなあ」


「そうじゃwwwねえよwwwww」


「大して考えてるわけでもないけどさ。でもギルドマスターだからねえ。だれかにこんな面倒押し付ける訳にもいかないからさあ」


「wwwオマエwwマジムカつくwwww」


 皮肉に取られただろうか。だがこれは本心だ。もっとも旧メンバーは納得しないかもしれないが。いずれにしても今の状態で誰かにギルドマスターを変わって貰うことはできない。


「でさあ、大したことないなりに色々考えた結果、もしかしたら『誰か』がわざと嫌な噂広めてるんじゃないかなって思ったんだよね。色んな人の。何のつもりか知らないけどさ」


 占い師の言葉を借りるなら、今の<なごみ家>の中には<悪魔>が隠れている。ナゴミヤはそのことを半ば確信していた。


「ww『誰か』wwwwww」


 当たりだ。ダーニンは<悪魔>に心当たりがある。


「教えてくれないかな。それと他にもギルドメンバーの悪い噂、知ってたら。迷惑かけないしちゃんと自分で確認するからさ」


 ダーニンの心当たりがコヒナに誤った情報を吹き込んだ人物と同じなら、黒はほぼ確定だ。できればもっとしっかりとした確証が欲しくはあるが、たとえなくとも最終手段を躊躇うつもりはない。


「その前に聞くけどさあwww オマエ、コヒナちゃんに上納金払わせてるってホントwww?」


「上納金! そんな話になってたの⁉」


 なるほど。それはダーニンが腹を立てるわけだ。生真面目なこの男なら何が何でもナゴミヤをギルドから排除しようとするだろう。


「それはないなあ。いやあ、あの子には色々と迷惑かけてるとは思うけどさあ」


「だろうwwwwwねwwwwww」


 これはダーニンなりの誠意だろう。今までのダーニンが知っている情報より、ナゴミヤの言い分の方が正しいと判断したという意思表示。


「いいwwよwww教えるw何する気か知らんけどwオマエwヘマすんなよwwwww」


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