第161話 魔術師対逆位置の悪魔

 丁度この頃、女性がネットゲーム内の知り合いにリアルで会って乱暴されたというニュースが世間を騒がせていた。被害に遭った人のことは気の毒に思う。リアルで会うのを楽しみにしていたんだろうな、と想像すると苦しい位だ。


 師匠から聞いたお金をだまし取られたって言う話はその後も度々話題になるし、占い屋さんでも相談を受けた。


 仲良く遊ぶ間だった相手が急にログインできなくなると言い出して、理由を聞いても答えない。貴方にそんなこと言えない。貴方にそんな風に見られたくない。貴方に嫌われたくない。


 なんとか宥めて聞き出してみれば理由は経済的なことで。ナントカコントカのためにいついつまでにどうしてもウン十万円が必要で、そのためには既に休みなく働いている所に更にナントカコントカのバイトを増やさなくてはいけなくて。


 ごめん、忘れて、聞かなかったことにして。お金にだらしないなんて友達失格だよね?


 何を言うんだ。そのくらいなら何とか出来る。心配するなよ、困った時こその友達だろう?


 ありがとう、必ず返すと言ってお金を受け取ったその人は、もう半年もログインしてこない。


 前に師匠から聞いたお話と全く同じ内容だ。誰かから聞いたなら何でそんなのに引っかかるんだろうなと思うような定番の詐欺。


 きっと騙されたことには気が付いているんだと思う。でももしかしたら、占い師に聞けば、あの人の本当の気持ちが分かるかもしれない。返したくてもここに来られない理由があって、そのことであの人は苦しんでいて。真実はそちらかもしれない。


 何より自分が疑ってしまえば二人の関係は崩れてしまう。


 相談に来たお客さんからはそんな思いがにじみ出ていて、話を聞くのも、結果を伝えるのも辛かった。


 でもタロットは時に残酷なほど正確に、物事の本質を見極めてしまう。一般に「占い師は自分のことを見ることはできない」と言われるのはこれが理由だ。誰かを途中に挟まなければ、本質を突きすぎたカードを解釈することはできない。


 あの人が立ち直ってくれたらいい。次は本当の素敵な相手を見つけられたらいいと思う。


 ニュースに出てくる以外にもそんな嫌な話がビュンビュン飛び交うものだから、世間ではネットゲームでの出会いはあまりいい印象で捉えられない。


 でもそれでネットゲームで出会った人たちを信用してはならないと言う話になるのは納得がいかない。ネットにもリアルにも信用できない人がいるだけ。どっちでも簡単に信用しすぎてはいけないだけ。


 これも師匠の受け売りだけど。


 師匠からは色んなことを学んだ。ネット上の付き合いについてもしつこい位に教えられた。うるさいなあとは思いつつも用心くらいはする。


 だから、世間を騒がせている嫌なニュースは、ちゃんと用心をしている私には無関係の話だ。



 □□□



 師匠は朝早い日と遅い日の差が激しい。次の日の朝が早い日はログインだけして落ちちゃったりもする。ログインだけでもするところは偉いと思う。


 私も時々早く出勤しなくちゃいけない日もあるんだけどその差は師匠程じゃない。師匠のお仕事のことはよく知らないけど、体のことは心配。早く寝て欲しいけど遊んでも欲しい。悩ましい所だ。


 ログインも遅い時にはとことん遅い。だから深夜の数時間はギルドの皆さんには悪いけれど、師匠を独り占めできる貴重な時間でもある。遅い時間だししょうがないよね。占い屋さんの後にログインしてくる師匠と二人きりでもやましいことなど何もない。


「師匠、今日は何しましょうか~?」


「おー、二人だし、コヒナさん強くなったし、どこでも付き合うよ。ソロ討伐とかやってみるかい?」


「そうですか? でも師匠がのんびりしたければご一緒しますよ~? このところ戦闘ばっかりだったでしょう~?」


「ん~、まあねえ。戦闘が嫌いってわけでもないんだけどね」


 嫌いじゃないんだ。知らなかった。


 師匠は新しい人たちにも人気がある。師匠と一緒だと自分が活躍できるので楽しいのだ。慣れてないボスでも倒せるし、自分が強くなった気がする。それはよくわかる。ものすごくよくわかる。師匠は人を喜ばせて喜ぶ人なので、師匠自身も楽しんでるんだろうとは思う。


 でも師匠はのんびりも好きだからね。私だけはそれも知っているのだ。私といる時には師匠が本当にやりたいことをさせてあげたい。


 貝殻とか木の実を拾ったり、薬草や珍しいお花を摘んだり、鹿やイノシシを狩ってご飯にしたり。それはそれで楽しい。ナンテー君に乗って師匠の後をついて行くのもいいし、ロッシー君に乗せてもらうのもまたいい。


「お散歩でもいいですよ~。師匠ののんびり異世界ライフに付き合えるのは私くらいですからね~」


「えええっ、これのんびり異世界ライフだったの?」


「違うんですか? じゃあなんなんです?」


「日銭を稼ぐための辛いぜ現世ライフ」


 うわあ。


 でももしかしたらNPCさんから見たらそうなのかな? 一生懸命貝殻を拾うのは大変なことなのかな? でもそれにしても酷い発言だ。辛いならやんなきゃいいのに。


「師匠、実はネオデ嫌いなんですか?」


「いや、好き////」


 知ってるけどね。


「師匠はNPCですものね」


「うん。まあね」


 何処かの異世界から見たら私たちの現実は楽しそうに見えるのかもしれない。命を落とす心配なく、お仕事してたらお金がもらえて、自分一人ならそれなりの生活ができて、明日も同じ日が続く事を信じられる。私たちの辛いぜ現世ライフはモンスターが蔓延る異世界から見たら天国なのかもしれない。


 もし師匠が言うように現実世界が神様のやっているネットゲームなんだとしたら、神様からは私たちの現実はどんな風に見えているのかな。辛い現世ライフを無双して、神様は楽しいのかな。


「仕方ないですね。NPCの師匠は私が守ってあげます」


「えええ、それはさあー」


「いいじゃないですか~。NPCなら喜ぶとこですよ~?」


「えええ、そうかなあ。恐れ多くて縮こまっちゃうんじゃない?」


 ほんとは師匠は私なんかよりずっと強い。 私に守って貰わないといけないことなんてないし、何だったら私は足手まといなくらいだ。そんなことわかってるけど。私は勇者だからな。ロールプレイってやつだ。


「ギルド落ち着きましたけど、師匠は忙しくなっちゃいましたからね~。のんびりライフもできてないでしょう~?」


 ダーニンさんとアレな仲間達がいなくなってギルドは平和になった。いろいろあったけど一安心と言ったところだろう。


「ううん。落ち着いたと言えば落ち着いたんだけどねえ」


 まだ何かあるのかな? 師匠心配性だからな。


「ダーニンさんもいなくなったし、もう心配しなくてもいいんじゃ?」


「いやあ、そもそもダーニンさんそんな悪い人じゃないし。なんか変な感じするんだよなあ」


 いや何言ってるの。ダーニンさんは悪い人だよ。言ってもこの人には通じないから言わないけどさ。


「なんか、というと~?」


「いやあ、なんかはなんかでさ……」


 また要領を得ないことを言い出したぞ。心配性ひどいな。でもこれは師匠に恩を返す貴重なチャンスかもしれない。もやもやの解決はタロットの得意とするところだ。


「じゃあ私が占ってあげます~」


「えええ、占いで……。いや、そういうのもありなのかな?」


 アリです。大アリ。ジャイアントアント。ジャイアントアントイーター。ジャイアンントアントライオン。


「所詮占いですから~。結果見てから考えたらいいと思います」


「なるほど。じゃあお願いしてみようかな」


「はあい。任せてください。じゃあ、ここに座ってくださいね~」

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