第158話 白衣の天使と不死身の狂戦士③
お姫様を狙って館に多数の族が侵入した。これを忠義の騎士が迎え撃つ。
騎士の腕は確かなものだったが多勢に無勢。賊が手にした刃が卑劣にも背後から騎士の身体を貫いた。しかし騎士は倒れない。体に刃を埋め込まれたまま、逆に賊の首を一刀のもとに切り落とす。
ずぶり。今度は槍が腹を貫いた。騎士は言葉にならない雄たけびを上げると槍を腹から引き抜き投げ返す。恐ろしい力で放たれた槍は賊数人をまとめて串刺しにする。
剣が、槍が、無数の矢が、騎士の身体を蹂躙する。
しかし、彼の動きを止めることはできない。最初の一撃で、あるいはその後のどこかで、騎士は既に死んでいるのだ。殺すことなどできるわけがない。
やがて全ての賊を切り伏せた後、役目を終えてやっと自分の死に気づき、騎士はお姫様の腕の中で安らかな終わりを迎える。
これはマディアの図書館の本に書かれている物語。似たようなお話は
現実世界でこれらのお話の真偽を検証する術はないけれど、ネオオデッセイの騎士とお姫様のお話は本当だろう。私達はこの時騎士を動かし続けたのと同じ力を、「スキル」として扱えるのだから。
だから、図書館の本に書かれているお話はこれで終わりなんだけど、きっと本には書かれていない続きがあって、
それはハッピーエンドに違いないのだ。
□□□
「では双方、準備は宜しいですじゃ?」
ギルドマスターである師匠に対して反旗を翻したダーニンさん一味の七人と、師匠の代理でそれを迎え撃つヴァンクさんハクイさんペアの戦いが、今まさに始まろうとしている。
この戦いに勝った方がギルドマスターを選ぶということになっているのだ。
オンジさんは中立的な立ち位置と言うことで自分から審判役を買って出てくれた。<なごみ家>には来たばかりの人だけど、以前から師匠達ともお友達だったし私も良くお話していた人なので私的には「こっち側」だと思っている。
ダーニンさんについているのは六人。ツルサギさん、ぬーばさん、シーゲルさん、めりちょさん、おサトさん、ボルテックスさん。あまり話したこともない人たちだけど、好きにはなれない。ツルサギさんとぬーばさんはダーニンさんの後ろで「w」って打ってるだけの人たちだし、めりちょさんなんかブンプクさんが馬車貸してくれないって師匠に泣きついた人だし。おサトさんは……。
……私が師匠の家に部屋を持ってるのがズルいと騒いだ人だ。
「ワシがコインを投げますじゃ。コインが落ちたら戦闘開始ですじゃ」
「いつでもどうぞ」
ハクイさんの前には正装であるパンツ一丁のヴァンクさん。二人しかいないからね。単純ではあるけれど、これは二人の必殺の布陣だ。
「いいwwwよwwwww」
対するダーニンさん達は適当に纏まっている。ダーニンさん達のスキル構成はよく知らないんだけど、あの陣形見てるだけでもお二人が出るまでもないんじゃないかなって気もするんだよね。正直私でも勝てそう。
いやほんと。七人は無理だけど、ダーニンさんとタイマンならいけるんじゃないかな。これでもリンゴさんに色々仕込まれているのだ。
「では、行きますじゃ」
ぴん、とオンジさんがコインをはじく
<system: <オンジ>がコイントスを行いました>
・
・
・
<system:<オンジ>のコイントスの結果:裏>
ごおおおおおおおおおう!
開幕の瞬間、ヴァンクさんが雄たけびを上げ、その身体が赤く染まる。スキル
ダーニンさん達は一瞬身構えたけど、様子見にとどめるようだ。まあ、好きにすればいい。もう何しても無駄だし。
「どうした? 来ないのか?」
「wwwwwオマエwwwバカだろwwwwオレらこのまま近づかなかったらwwオマエww死ぬじゃんww」
ダーニンさんの言葉にぱらぱらと続く「w」の文字。嘲笑のつもりなんだろう。
バーサーク状態ではHPが低いほど攻撃力と攻撃速度が増していく。そして発動中は勝手にHPが減っていく。確かにそのままでいれば死ぬだろうけど。
「そうか。どっちでも構わないんだがな」
ヴァンクさんはそのままバーサーカーの雄たけびを上げ続ける。当然HPも減り続ける。
ごおおお、おおおおおおおおおう。
半分になって、三分の一になって。
ダーニン様ご一行は笑いながらその様子をみていた。あのHPなら一撃で倒せるんじゃね? 見てようぜ。面白いから。
精々笑っていればいい。直ぐに引き攣ることになるんだから。
HPが残りほんのわずかになってやっと、ヴァンクさんはダーニンさん達に向かってゆっくり歩き始めた。
ごおおおお、ごおおおおおおおう。
その後ろで、ハクイさんが魔法の詠唱を始める。蘇生の魔法。でもこの魔法はヴァンクさんを「生き返らせる」ための魔法ではない。
さらにHPは減っていく。残り、5。
4……
3……
2……
1……。
そして、ヴァンクさんのHPは、静かにゼロに———。
そこに合わせてハクイさんが魔法を完成させる。真っ赤に染まる狂戦士の身体を、白い聖なる光が覆う。
どん。
瞬間。ヴァンクさんは一度だけ剣を振るった。前方を広く攻撃する技、<薙ぎ払い>。
おお……。期待はしてたけど凄い威力。その一撃はダーニンさん達七人全員の命を一瞬で奪い去った。
あああ、ご、ああああごあああああ。
剣を振るい終えたヴァンクさんは狂戦士の雄たけびと同時に苦し気な断末魔の叫びを挙げながら崩れ落ち、息絶える。
それでおしまい。
戦いに参加した二チーム九人のうち、生きているのはハクイさんだけ。
「今のは、バーサーカー砲……?」
「審判の爺さん。気持ちはわかるがまずは仕事を頼む」
「おおう、失礼したじゃ。それまでじゃ。勝者、ヴァンク・ハクイチーム!」
リンゴさんに急かされて我に返ったオンジさんが高らかに宣言する。解説と審判いっぺんにやるのは大変ですね。
「思った以上につまらない戦いだったな。ハクイの出番がほとんどなかったじゃないか」
「私のせいじゃないわよ」
仕方ないのだ。勝負はついてしまったのだから。本当はここからが二人の凄い所なんだけど、相手が弱すぎたんだよね。
「知らないヤツも多いだろうからな。今ヴァンクがやったことを僕が説明しておこう。今爺さんも言っていたが、ヴァンクが最後に放った攻撃。あれは俗にバーサーカー砲と呼ばれるものだ」
一つ目は一見デメリット。使うとだんだんとHPが減っていく。死霊術の<リッチー化>よりは緩やかだけどそれでも長時間使うことはできない。何処かで≪狂戦士化≫《バーサーク》を解くか回復するかしないと死んでしまう。
二つ目、HPが減るごとに攻撃力と攻撃速度が上がっていく。
三つ目。HPがゼロになった後、一瞬だけまだ動けること。
一秒にも満たない時間だけど、バーサーク状態のままHPがゼロになるとそのあとほんの少しの間、動くことが出来るのだ。ただし動けるとは言えほんの極わずかな時間なのでスキルを使ったりは無理。通常攻撃が一度できるかどうかという所。
さてここで問題。
このHPがゼロになった瞬間、
哲学みたいで答えを出すのは難しい。そして面白いことに、システム上でもこの答えは明確にされていないのである。
HPゼロになった瞬間に回復魔法をかけても死んでいるとみなされ、回復を受け付けないのだ。
ならば蘇生魔法ならどうなるのか。
実は蘇生をすることもできない。ここでは死んでいないとみなされるのだ。実際に蘇生を行った時に、不思議な現象が起きる。生きても死んでもいない状態に蘇生魔法が重なると、HPがゼロのまま動ける状態が、ほんの一瞬から数秒間に延長されるのである。
ネオデは古いゲームであちこちにバグが放置されている。だからこれもバグなんじゃないかなんて噂もあったそうだ。でも私はそうは思わない。運営からは仕様であると見解が出ているし、そもそもこんなことを言ってる人たちはマディアの図書館に行ったことないんだと思う。
さて、ここで第二問。
その答えがヴァンクさんがやったこと。HPがゼロで放つ攻撃は、HPが1の時に放つ攻撃とは雲泥の差になるのだ。範囲攻撃一つでアバター七体を吹き飛ばせるくらいに。
この攻撃は躱すこともできない。HPゼロの時の狂戦士は攻撃力だけじゃなくって攻撃速度もとんでもないのだ。
防御するのも難しい。薙ぎ払いのような本来のダメージが少ない技ならともかく、単体向けの大ダメージ技を放てば防御越しにぺちゃんこだ。ショウスケさんでも一発耐えるのがやっとらしい。パンツ一丁は伊達じゃないのだ。
だからもし二人が戦った場合……。あれ? どうなるんだ? 一発耐えればその後ヴァンクさんは死んじゃうからショウスケさんの勝ちかな? でもハクイさんとペアならヴァンクさんの……。いやまてよ、それだとショウスケさんの後ろにはラスボスのブンプクさんがいることになるな。これは難しい問題だぞ?
おっと、話を戻そう。
この狂戦士が死ぬ間際に蘇生魔法を受けつつ放つ一撃は俗に「バーサーカー砲」と呼ばれている。私的にはこの技名のセンスには納得がいかないのだけど、そう言われているのだ。仕方がない。
「バーサーカー砲」はバーサーカーアニキ達の間では浪漫技なのだけど、相棒がいないとできないし、相棒が蘇生魔法の詠唱に失敗しても成立しない。それに一発撃ったらおしまいだ。その後は今のヴァンクさんみたいに死んでしまう。死んだあと蘇生して撃ちなおすことはできるけど、蘇生魔法を二回使う計算になるので効率は良くない。死んだときに剣とか鎧とか外れてたりするし。まあヴァンクさんから鎧が外れることは無いけどさ。
でもバーサーカー砲がいくら凄いって言ったって対人戦で一撃打って終わりにはならないだろうけどね。ヴァンクさんとハクイさんが凄いのはここからなんだけど、相手が弱すぎたんだよね。
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