第157話 白衣の天使と不死身の狂戦士②
初めて<ナゴミヤ>と<ヴァンク>という二人に出会ったのは<竜巣トイフェル>の奥深く。幽霊状態だった二人の蘇生をしたのがきっかけだった。
「蘇生ありがとうございます! ハクイさんですね。お一人ですか? 良かったら一緒に遊びません?」
生き返るなり話しかけてきた<ナゴミヤ>は奇妙な身なりをしていた。魔法使い系らしく杖を持ってはいるものの、町にいるNPCのような恰好だ。恰好が奇妙なら言うことも奇妙だ。ダンジョンを回って蘇生をしていれば礼を言われることはあるが、一緒に遊ぼうなどと言われたのは初めてだった。
「またお前は誰彼構わず……。あんた、もし暇だったら付き合ってくれ。こいつ攻撃力なくてしんどいんだ」
その日は少々疲れていたのだろう。もともと自分のプレイスタイルが他人と違うことに引け目があったハクイは、もう一人の大剣を持った方、<ヴァンク>の言い草に思わずカチンときてしまった。
「攻撃力がなくたってべつにいいでしょ。蘇生して貰っておいてその言い方なんなの?」
「ん?」
「えっ?」
言い返されると思っていなかったのか、二人は困惑したようだった。
「私に戦闘力ないからってあなたに迷惑かけたかしら?」
「おい落ち着けって。べつに無理に付き合ってくれって言ってるわけじゃないんだ。暇だったらってだけで」
「はあっ? 暇? 暇じゃなかったら蘇生しちゃいけないわけ? モンスターを退治するのは大事だけど、蘇生は暇人のすることだってわけ? ほっときなさいよ。貴方たちだって遊んでるだけでしょう!」
蘇生して貰っておいて突然難癖をつけてきた。ハクイはその時そう思ったのだ。
「え、えええ? 違う、違うよ⁉ 戦闘力がないのは俺」
「はあっ?」
「あー、あんた<辻ヒーラー>か。知ってるよ。わりい、こいつのこと言ったんだ。人のプレイスタイルにケチは付けるつもりはねえよ。俺も大概だからな」
大剣でナゴミヤを指しながらヴァンクが言った。ログを確認すると確かに戦闘力がないと言われたのは自分ではない。
「いやあ、俺攻撃力なくてさあ。一人だとモンスター退治できないんだよね」
「……」
へらへらと笑うナゴミヤの言葉が嘘でないなら、何故トイフェルの奥まで来られたのか。大剣の方、ヴァンクという男は相当な手練れということだろうか。だとすれば、わざわざ足手まといを連れてくるのは何故なのか。
実際ヴァンクはこれまでの間に何度もモンスターに殺され、その度に装備品をはぎ取られてしまったのだろう。今は大きな剣以外何も装備していない。
「あなた、それでいいの?」
余計なこととは思いつつ、つい聞いてしまった。
「嫌ならこんな馬鹿とつるまねえよ。俺も自力で回復できねえしな」
「はあっ⁉ あなた達一体どんなスキル構成してるの⁉」
「別にいいだろ、好きでやってんだ」
そう言われてしまえば返す言葉もない。自分のプレイスタイルも大概だ。
「んじゃ、話もまとまったことだし行こうかあ。ハクイさんよろしくね」
なぜ今の流れで話がまとまったことになるのか。しかもそれを言い出すのは足手まといのナゴミヤの方だ。
いや、そうではないのかもしれない。この二人はいいコンビなのかもしれない。
なんだか、言い返す言葉を考えるのも馬鹿らしくなってきた。
いや、ちがう。
なんだか少し、このコンビに混ざることが。
そもそもさほど悩むことでもない。初めて顔を合わせたもの同士でパーティーを組んで遊ぶのは、ネオオデッセイの醍醐味ではなかったか。
「わかったわよ。よろしく。とりあえずヴァンクさんの装備品を取り返すところからね。相手は何? 」
「ん?」
「えっ? あなた装備盗られたのでしょう?」
「あー、違うんだよハクイさん。ヴァンクはね、装備品落としたんじゃなくて、それで全部なんだ」
「は?」
全部とは。
「失礼なこといってんじゃねえよ。替えの剣は何本も持ち歩いてるぞ」
替えの剣?
「え……、じゃあ鎧は?」
「ねえよそんなもん。鎧なんか来たら剣が鈍るだろが」
ネオオデッセイにそんな設定はない。鎧を着なければ当然受けるダメージは大きくなり、不利にしかならない。
「はあああああっ⁉ あんた何考えてんの? ここ、トイフェルの第三階層よ⁉」
「いいんだよ着てなくて。俺は<狂戦士>だからな」
「狂戦士ってそういう意味じゃないでしょう⁉」
「いや、そういう意味で言ってねえよ⁉」
「だいじょぶだいじょぶ。ヴァンク強いから」
そういう問題ではない。だが言い返すのも疲れる。やはりそこに少しだけ混じる別の感情。
「……まあいいわ。私も蘇生と回復しかできませんからね。その代わり何回死んでも生き返らせてあげるわ」
しかしそのおよそ三十分後。ダンジョントイフェルに<辻ヒーラー>ハクイの絶叫が響き渡ることになる。
「あなた達、一体何回死ねば気が済むのよ!」
自分で言う通り攻撃力のないナゴミヤはひらひらとテレポートで飛び回っては竜たちを挑発し、その後ろからヴァンクが切りかかる。攻撃に特化したヴァンクは自分から切りかかれば強いが、攻撃を受ければ一撃で死んでしまう。その直後、竜をさばききれなくなったナゴミヤも死んでしまい二人そろって自分の元にやってくる。
「いやー。ハクイさんがいると思うとつい」
何度も全滅しそうになりながらの無茶苦茶な戦闘。
無数の竜たちとの戦闘の中で、ハクイはその日二人を何回蘇生したか覚えていない。うんざりだ。うんざりしつつも。
だからそのことに気が付いたのは、二人と別れてログアウトした後だった。
二人は何度も死んでハクイに蘇生されていた。本当にうんざりするほど蘇生した。しかし、あれだけの数の竜と戦ったというのに。
その日、ハクイ自身は一度も死んでいなかったのである。
■■■
数日後、ハクイは再びダンジョン<トイフェル>へとやってきた。
トイフェルは最も攻略難易度の高いダンジョンであり、ハクイが活躍する機会も多い。自然足が向くことも多くなるのだが。
この日の行先にトイフェルを選んだのは「もしかしたら」という期待があったのかもしれない。
トイフェルの第三階層。トイフェルは階層の数こそ少ないが非常に広く入り組んでいる。死人が発生しやすいルートを歩いているとしばらくしてアバターの死体を見つけた。会ったことがない相手だ。しかし肝心のアバターの本体、死体を残してうろついているはずの幽霊の姿がない。
周辺を回ってみるとおびただしい数のを発見した。トイフェルは攻略難易度が高いダンジョンであり死亡率も高いがこれは異常だ。
死体が増えて行く方向に進んでいくと一体の幽霊に会った。この状況について何か知っているかもしれない。蘇生すると名前の表記が<プレイヤーズゴースト>からアバターの名へと変わる。
名前と、その姿には見覚えがある。
「おう、<辻ヒーラー>じゃねえか。助かったぜ」
「あなた!」
大剣と下着だけを身に着けた<狂戦士>、ヴァンクであった。
「この死体の数、一体何があったの?」
「それが、ヴェルミスが巣から出ちまったみたいでよ」
「はあっ⁉」
<地竜ヴェルミス>はトイフェルでも最古竜セルペンスに次ぐナンバー2の存在。他のダンジョンのボスに匹敵する強さを誇るモンスターだ。
「しかもよりによって出口塞いでやがる」
「はあっ!!⁉」
「俺に文句付けんじゃねえよ」
「別につけてないわよ!」
ヴェルミスの出現場所は固定であり、通常広いスペースを持つ自分の「巣」から出てくることは無い。そもそもヴェルミスを討伐するにはその広さが必要なのだ。爪と牙をかいくぐり、空いた長い胴を横から攻撃しなくてはならない。
何かの間違いでヴェルミスが狭い通路に出てきてしまえば討伐難易度はセルペンスを上回る。
「アンタ<狂戦士>なんでしょ。倒せないの? 蘇生なら何回でもしてあげるけど」
「無茶言うんじゃねえよ」
自ら<狂戦士>を名乗るヴァンクにわずかな期待を込めて言ってみたが即座に否定されてしまった。当たり前か。そんな馬鹿なスキル構成のアバターがいるわけがないのだ。
となればヴェルミスが気分を変えて自分の巣に戻るのを待つか。最悪出口から少し離れてくれれば脱出は可能か。どちらかがおとりになればヴェルミスを引きはがすことが出来るかもしれない。
それは自分の仕事だろう。折角蘇生したヴァンクに死なれては困るし、死んで回収できなくなったとしても困るものは持って来ていない。
その提案をしかけた時、<狂戦士>が聞いてきた。
「なあ、あんた<辻ヒーラー>なんだよな?」
どくん。もしかして、この<狂戦士>はできるのか。
「ええ、そう呼ばれてるわね」
どくん。もしかして、この確認は先ほどの自分の問いと同じ意味か。
「ひょっとしてなんだけどよ。あんた、<無限バーサーカー砲>、出来たりするか?」
どくん、どくん、どくん。
それはネオオデッセイの中で語られる一つの伝説。<バーサーカー>のスキルの仕様と<蘇生>の処理の際に生じるラグを利用した「理論上は」可能とされる無敵の必殺技。
人は恐怖からくる心臓の高鳴りを、別の感情に勘違いする場合があるのだと言う。おそらくこの時華蓮の身体に起きたのは同じような現象だったのだろう。
つまりは、好きなゲームの中でやってみたかったことが出来るかもしれないと期待している、ただそれだけのこと。
「ええもちろん。あなたができるのならね」
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