第156話 白衣の天使と不死身の狂戦士①

「一枚目は<節制テンパランス>、二枚目は<ソードの7>、三枚目には<ソードキング>が出ています」


 ギルドマスターのナゴミヤが企画した「みんなでコヒナさんに占ってもらおう!」というイベント。


「一枚目、<節制テンパランス>には杯から杯へと水を注ぐ天使が描かれています。あっ! ハクイさんにぴったりですね!」


 ギルドの新人であるコヒナはそう言ってにっこりと笑った。


 この頃のコヒナは占いの時にもいつも同様の良く言えばはきはきとした、悪く言えばガチャガチャとした騒がしいしゃべり方をしていた。


「二枚目のカードは<ソードの7>。こっそりと剣を盗み出そうとする人物が描かれたカードです」


 言われてハクイは少しどきりとする。盗もう等という気はさらさらないのだが。


「一枚目に節制テンパランス、二枚目にソードの7が出ていると、苦しい思いをしてるかもしれません」


「苦しい思い?」


 盗まれた方じゃなくて盗んでいる方が苦しい思いをしているというのはどういうことだろう。


「罪悪感、ですね。<節制テンパランス>は調和や自制を指すカード。一枚目に節制が来る人はズルとか怠けるとかいう不誠実が大嫌いなのですが、二枚目のカードはまさにそのズル、怠け、不誠実を指すカードなんです。周りからはしっかりしていて責任感があると思われているのに、自分ではズルをしていると思いこんでしまう。ハクイさんにはそんなところ、無いですか?」


「まあ、多少はね」


 ハクイは曖昧に肯定した。仕事上ではよく感じることだ。自分は少し神経質に過ぎるのかもしれない、と。だがネットゲームの中で言われれば別の意味に捉えてしまう。罪悪感なら確かにあるのだ。


「三枚目のカードは<ソードキング>。剣を持った王様です。ソードは理性を示すスート。ソードキングは理性で国を治める王様です。このカード一枚では冷静な判断や鋭い洞察力を示します」


「ズルや不誠実をするとその王様に見抜かれるってことかしらね」


「ううん、それよりも冷静でいなさいというアドバイスの意味が強そうです。他の解釈としては、キングは大人の男の人を指します。理性的で鋭い男の人との出会いとか、そういう方に頼ったり相談するといい、という解釈にもとれます。周りにイメージに合う方いますか?」


 剣の王。


 それは理性の王だという。しかし「剣の王」と聞いてハクイがイメージしたのは理性で国を治める王ではなく、むしろ逆。大剣一つで全てをねじ伏せてしまうような野性味に溢れたの姿。


「いいえ、全然いないわね」


「じゃあこれから出会うのかも!」


「そうだったらいいわね」


 この先に理性的な王が現れて自分を諭してくれるというならありがたい話だ。


「纏めますと、ハクイさんは真面目過ぎます。ハクイさんが少しズルをしても、手を抜いても問題は起きませんし、起きてもハクイさんのせいじゃないです。それでも納得できなければ理性的な男の人に相談して見て下さい。こんな内容になります」


「なあに、それw」


 思わず笑ってしまった。酷い結果だ。占いをして貰って「誰かに相談してください」などと言われるとは思わなかった。しかし、その内容は確かにハクイの心を軽くした。


「ねえ、そんな人がもしいたとして。私が頼るのはその人の負担にならないのかしら」


「あ、そういうとこですよ! 頼らないで自分を責めちゃうの。やっぱりハクイさん真面目過ぎなんですよ。二枚目のカードはズルを示しますが、もっとズルしてもいいんですよって言う意味にもとれます。見つかったら思い切り甘えちゃったらどうですか?」


 簡単に言ってくれる。きっとこの子は甘えるのが上手なのだろう。この子に甘えられる方も悪い気はしないのだろう。羨ましいことだ。


「甘えるのって難しいわよね。何処まで甘えてもいいのか、とか。向こうの負担になるかもだし」


「大丈夫です。ソードのキングはただ優しいだけの人ではないです。強く理性を持った人ですから、負担になるようならちゃんと教えてくれますよ」


 それなら安心だ。もう少しの間甘えさせて貰うのもいいのかもしれない。


「旦那にでも甘えとけばいいだろ」


「うるさいわねヴァンク。それが出来たら苦労しないのよ」


「ま、そりゃそうか。ガキもいるし大変だよな」


 ヴァンクが笑った。いつものやり取りだ。果たしてこの男は奥さんに甘えたりするのだろうか。奥さんに甘えられたりするのだろうか。


 ギルドの中で既婚者はヴァンクとハクイの二人ということになっている。だから結婚していることの悩みや育児についての愚痴などを言えるのはお互いだけだ。


 そういうことになっている。


 この日、ギルドメンバーの一人であるリンゴはログインしていなかった。そのことに安堵する。彼だけは知っているのだ。酔っていた時に偶然会ったせいで、うっかり本当のことを話してしまったから。


 ギルドメンバーの一人のヴァンクが結婚すると言い出した時、何故か華蓮のアバターのハクイの口から出た嘘を、リンゴ以外は皆今でも信じている。


 続けていたらいつの間にか自分にも子供までいることになってしまい、話を合わせるのが大変だった。知識はあると思っていたが、子供を育てたことのない人間にとって、子育てという物が如何に未知のモノなのか思い知らされた。



 ハクイこと敷島 華蓮しきしま かれんに子供はいない。夫も、いない。



 ■■■



 敷島 華蓮しきしま かれんは欠陥人間である。


 ギルド<なごみ家>のメンバーは誰一人としてそれを知らない。むしろギルドの中では常識人と思われている節がある。ブンプクなどはそう思っている代表だろう。


 だが本当の華蓮は幸せな結婚をして幸せな家庭を築いていこうとしているブンプクの相談に乗れるような人間ではないのだ。


 華蓮は一つのことにしか集中できない。何かに集中すると他のことがおろそかになってしまう。他のことは二の次に、「遊び」になってしまう。華蓮自身にその気は無くても相手にそう取られてしまえばそれは事実だ。その「遊び」が華蓮にとってどれほど大切だったとしても。


 結婚は一度した。若気の至りというヤツだ。だが自分はそういったモノには向いていなかったようだ。仕事一辺倒のハクイの元から、夫だった人は去っていった。短い結婚生活の間に子供が出来なかったのはせめてもの幸いか。あるいは当時の結婚生活を考えれば当然の結果か。


 華蓮は看護師をしている。仕事に誇りを持っている。人の命に係わるその仕事には一片のミスも許されない。仕事中に気を緩めることがあってはいけない。


 そのためには休める時には休み、気分転換だってするべきだろう。しかし休みの日に何かをするというのは難しい。何かをするには準備が必要で、この準備がまず華蓮には難しい。休みの日、不規則な仕事で生活リズムが狂っている華蓮が目を覚ます頃には、大抵の店は既に閉まっている。世界とは多くの人に合わせてできているのだ。


 むしろ携帯端末の操作一つで温かくておいしいご飯にありつけることをありがたく思うべきだろう。


 そんな華蓮の息抜きはネットゲームである。


 ネットゲームはいい。最高の遊びだ。準備がいらない。出かけなくてもいい。いつでもできる。自分のペースでのんびりと、あるいは逆にがっつりと、好きなように遊ぶことが出来る。何よりミスが許される。何をしてしまっても取り返しがつく。


 この世界では、人の死すらも取り返しがつく。


 元々は普通にゲームをやっていたが、ある日蘇生術という奇跡がある世界でそれに失敗するのがたまらなく嫌に感じてしまった。そこで関連するスキルの全てを再上限まで上げることにした。


 本気で「ゲーム」を楽しむのならばこのスタイルは不便なのかもしれない。だが忙しい仕事の息抜きとして、本気の「遊び」としてなら悪くない。


 戦闘力は殆どなく、その場で作成するゴーレムで倒せる敵としか戦わない。モンスターに殺されて霊体となってしまった者を探してダンジョンの深い階層を彷徨う。別に死んだって構いはしない。装備品を一個失うだけだ。回収できずに失われたとしても困るようなものは持ち歩かないし、そもそもそれがハクイのネオオデッセイの楽しみ方だ。


 そんなことを続けていると、ハクイはいつの間にかネオオデッセイの世界で<辻ヒーラー>あるいは<白衣の天使>という名でそこそこ知られる存在になっていた。


 しかし酷い二つ名だ。辻ヒーラーはともかく、「天使」はない。そんなモノにはなれない。華蓮もハクイもそれぞれの世界であがく人間でしかない。


 <辻ヒーラー>は誰に強制されたわけでもなく、自分が好きでやっていることだ。それでもありがとう等と言って貰えれば嬉しくもなる。ネットを通じで出来上がる仮想の世界に自分の価値を見出せる。


 だが名が知れればそんな自分の行動は当たり前のことになっていく。


「さっさと直せ」 「なんで回復してくれないの」 「蘇生遅いんだよ」


 好きでやっていることだ。こんな言葉を気にする必要はない。


「看護師なのに人の苦しみが分からないの」 「こっちは病人なんだけど」「明日旅行に行くので治らないと困るんですが」。


 自分で選んだ道だ。生き方だ。ゲームの中でも、現実でも。


 だけど。


 ネオオデッセイの世界で、知らないプレイヤーを蘇生するために無茶をして自分が死ぬのは当たり前のことだろうか。


 現実世界で他人が楽しむ為に自分の心をすり減らすのは当たり前のことだろうか。


 そこまでが当たり前のこととして。


 何故できないと罵倒されるのは、本当に当たり前のことだろうか。


 人の命は重い。何よりも重い。間違いない。だが、私の命はどうなのか。


 敷島華蓮は完璧主義者である。他人の幸せを心から願い、それに尽くすものである。


 だが残念ながら天使ではない。ただの人間だ。


 だから、仕事で疲れ切った体、気分転換のためにログインしたネットゲームの中で、幽体になって自分の死体を見下ろせば、ついそんなことを考えてしまう時もある。


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