第154話 ダーニンの乱③
私の隣からリンゴさんの姿が一瞬で書き消えて———
私はリンゴさんがダーニンさんに飛び掛かってぼこぼこにしちゃうんだろうなって思っていた。でもリンゴさんが襲い掛かったのは、ダーニンさんじゃなくて師匠の方だった。
消えた直後、師匠の背後に現れたリンゴさんは短刀を一閃。放たれたのは
師匠はあわてて
連続テレポートで逃げる師匠をリンゴさんはダガーで追撃。魔法の発動の阻害を試みる。でもテレポートの魔法は発動時間が短い。さらに師匠の魔法はてんで威力がないかわりに凄く速い。テレポートの魔法はしっかり発動し、再び開いた距離をまたリンゴさんがリープで詰める。
念のため断わっておくとリンゴさんがダーニンさんの手先になって師匠をギルドマスターから降ろそうとしているわけではない。その逆だ。
「……こりゃあ壮観じゃ」
オンジさんが呟いた。
「ったく、リンゴのヤツ。熱くなっちまって」
「こんなに激しいのは久しぶりね。どっちも本気みたい」
ヴァンクさんとハクイさんにとっては見慣れた光景らしい。でも私は始めて見た。リンゴさんが師匠をライバル視してるっていうのは聞いていた。昔々に師匠がPKのリンゴさんから逃げおおせたのが二人が仲良くなったきっかけだって。
聞いた時はしょうがないな師匠は逃げてばっかりで、くらいに思っていた。そのころは師匠のこともネオデの事もよくわかっていなかったのだ。
リンゴさんは勿論だけど——師匠ってこんなに凄かったんだ。
リンゴさんはダーニンさんとその取り巻きに師匠の「強さ」を見せつけているのだ。事実、今目の前起きている戦いは、私がネオデの中で見てきたどんなモンスターとの戦いよりも激しかった。
師匠が中級以上の魔法を発動させる時間はリンゴさんが与えてくれない。だけどリンゴさんも追加の毒を与えることが出来ないでいる。短剣で魔法の阻害をするのが精いっぱいだ。最初に
狩るものと逃げるもの。
ある意味原始的な二人の戦いに、その場にいたみんな魅了されていた。
リンゴさんに対人の心構えを聞いたことがある。一番大事なことは「PKと戦ってはならない」だ。
そもそもPKと戦う必要なんてない。逃げ切ったらこっちの勝ちなのだ。それを居間、師匠とリンゴさんが身をもって示している。
それに対人と対モンスターは全然違う。アバターのスキル構成以上にプレイヤーに要求されるスキルが違うのだ。
どんなに強いモンスターも私たちの動きを予測することはできない。どんなに強いモンスターも私たちを騙したりはしない。だけど対人ではそこがメインになる。
慣れていない人ではPKには絶対に勝てない。
刻一刻と変わっていく状況。いくつもの選択肢の中から一瞬の間に最適解を選ばないといけない。でも対人戦を得意とする人は相手に不自由な選択を迫ることに長けている。自分が最適と思って選んだ解答は、相手によって巧みに選ばされた答えなのだ。
ひっかからない、ひっかかる、引っかかったと見せかける。手の内を知り尽くした二人の戦いは読み合い、化かし合いだ。
師匠のランダムに見えて規則的な動き、からの規則を裏切る位置へのテレポート。そこで初めて今までの動きの意味を知らされる。連続テレポート自体が師匠の誘導。
私などでは何度もその姿を見失ってしまうけれど、リンゴさんはそれに再び食らいつく。二人の戦いはさらに激しさを増していく。
ぱ、ぱん、と合間に放たれる師匠の雷魔法。当然リンゴさんにはダメージなんか当たらない。
追加効果での
「ヴァンクさんや、マスターの雷はなんですじゃ?」
「ありゃ目くらましだな。リンゴの眼を焼いてんだ」
「ほ、ほっほーう!」
司会のオンジさん、解説のヴァンクさんありがとうございます。
雷魔法を受けた時に起きる画面のフラッシュ。それはリンゴさんではなく、リンゴさんの後ろでリンゴさんを操っている人への攻撃。
雷魔法の効果は一瞬。だけど激しい戦いの中ではとても貴重な一瞬。少しずつ二人の差が広がっていく。長距離転移の発動時間を確保できる距離まであと少し。
「今はどっちが優勢ですじゃ?」
「ナゴミヤ、かな。一発でも入れば逆転だけどよ」
「ふむふむ」
「……どうかしら。ナゴミヤ君のHP、そろそろまずいわよ」
解説補助のハクイさん、ありがとうございます。
師匠はどこかで
ぱん。
一撃の雷の後、師匠がしゃらしゃらと杖を振る。詠唱が長い。今の雷は詠唱時間をごまかすための目くらましか。
でもこれは、師匠の方が一瞬早い、か? 雷撃魔法のあと次もテレポートと読み違えたリンゴさん痛恨のミス?
しゃらしゃら。
あ、あれ?
師匠がまだ杖を振っている。魔法が完成していない。
なんの魔法かわからない。でもそれが何であれ完成の前にリンゴさんの疾風突がHP残り僅かな師匠を貫いてしまう。この勝負、リンゴさんの勝ちだ。
でもそこで、びたり、とリンゴさんが動きを止めた。スキルキャンセルだ。
同時に師匠が唱えていた魔法が完成する。ぶうん、と音がして空中に現れる光るオレンジ色の四角形。あれは
勝負あり。逃げ切った師匠の勝ち。
でも今の何?
何で
大人数を一気に別の場所に運ぶゲートの魔法はトラベルより長い詠唱時間を必要とする。なんで師匠はゲートを使ったんだろう。なんでリンゴさんは攻撃を止めたんだろう?
「ヴァンクさんや、最後のはどういうことですじゃ?」
「いや、俺にもわかんね」
「頼りないわね」
「お前はわかんのかよ」
「わかんないから解説して欲しかったにきまってるでしょ」
解説のヴァンクさんにも解説補助のハクイさんにもわからないなら、当のリンゴさんに解説してもらうしかないわけだけど。
「ああ、くそ。あああああくそう。ナゴミヤ、ナゴミヤああああ! ああ、もうちょっとだった。惜しかった、惜しかったぞナゴミヤ! 」
そのリンゴさんは叫び声をあげている。よっぽど悔しかったのだろうか。いつもマスターって呼ぶのにね。
「リンゴちゃん、ちょっと何があったのか解説してくれる?」
「ああ、ああ! 聞いてくれ。マスターの奴、僕を殺そうとしやがった!」
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