第149話 野良猫ナナシ④

 ライオンのバナン、白熊のウララ、ウサギのムギ、鹿のソラ、イタチのモーニング、セントバーナードのコタロウ、チワワのぼたもち、大蛇ののんべえ、カエルのアメフラシ、猫のナナシ。


 <動物園>はいいギルドだった。


 色んなことがあって、そしていろんなことがあって、今はナナシ一人が残っている。


 きっと今後も一人なのだろう。彼らがこの世界に戻ってくるとことはないのだろう。でももしも戻って来たなら。


 そんな日が来ないことが分かっていても、自分から終わりにしてしまうことはできなかった。


 ギルドのメンバーが一人だからと言って困ることもない。ネオデはソロでも楽しめるし、ナナシはその気になれば自分一人でどのモンスターでも倒すことができる。


 まあそれでもネットゲームだ。


「猫さん、ちょっと手伝ってくれない?」


 声を掛けてくる奴がいるのはいいことだ。


 ナゴミヤはナナシを「猫」と呼ぶ。ナナシがギルド<動物園>とその思い出を大事にしていると知っているからだ。「猫」はナナシの街中での姿であると同時に、かつてのナナシのあだ名でもあった。<動物園>のメンバーは皆、何かの動物の姿を取り、互いをその動物の名前で呼んでいたのだ。


 ナゴミヤとは気が合った。リアルに旅立っていった大事な仲間たちともまた違う、この世界に取り残された自分と似た臭いをナナシはナゴミヤに感じていた。


 だからナゴミヤがギルド<なごみ家>を作りナナシにも声を掛けてきた時、少しだけ迷ったのだ。変わることを恐れるナナシは結局断ってしまったのだが。


 ギルドに入ることは断ったが、それでもナゴミヤとの関係は変わらなかった。


 ナゴミヤはいいヤツだ。


 ただ一つ。問題というわけではないのだが気になることが。


 ナナシは自分のことを男だと思っているようだった。人間の姿でいることはほとんどないとはいえ、ナナシのアバターは女なのにである。そのこと自体は構わない。寧ろ同性だと思わえていた方が気が楽なくらいだ。


 でもナゴミヤが、ナナシが実は男ではないと知ったらどんな反応を示すだろうか。裏切られたと思うのではないか。気持ち悪がられるのではないか。


 それとも。


 時々そんなことを考えた。


 怖いような、面白いような、もしかしたら何かが変わるような。


 所詮これはただの空想だ。どんなことが起きるだろうと想像してみるだけの脳内シミュレーションだ。


 ネットゲームではアバターを介して触れ合う。それが全てだ。自分のリアルの性別がナゴミヤに知れることは絶対にない。


 そんな日は絶対に来ないはずだった。ネットゲームの知り合いと顔を合わせるなんてことは、絶対にないはずだった。だから臆病なナナシでも想像してみることが出来たのだ。


 所詮想像は想像。そこから現実に何か変化が起きるにはいくつもの壁がある。


 それでも想像を現実にしてしまう者もいる。<なごみ家>のメンバーであるショウスケとブンプクはネオオデッセイの中で出会い、リアルでの交際を経て結婚すると言うのである。そんなとんでもないことをやって退けた二人に引っ張られ、ナナシはネットゲームの友人たちと現実で顔を合わせることになった。


 二人と親しくしていたとはいえ、式の招待客の中でギルドメンバーでないのは自分だけ。特別待遇だと言って差し支えないだろう。そこで疎外感を感じるのは失礼という物だ。そもそも自分一人だけが違うギルドであるという状況は今に始まったことではない。


 ナゴミヤはやはりナナシを男だと思っていたようだった。そのことでひとしきりナゴミヤを責めるのは楽しかった。


 ナゴミヤに自分が女であると言うことが知れても、何も変わることは無かった。当然であり、想像通りでもあり、ありがたいことでもある。


 ただありがたいと同時に、なんとなく拍子抜けのような気分があったのも事実だ。男だと思っていたことでナゴミヤを責めることが出来ても、何も変わらなかったことで攻めることはできまい。そもそも変化はナナシの望みではない。


 もし、現実で出会ったなら。


 その時に起きるだろういくつもの想像の中で、最も可能性が高いことが起きた。それだけのことだ。


 ありえない想像が現実になるにはいくつもの壁がある。タイミングだったり、出来事の順番だったり、その時の自分の心の状態だったり、想像した内容の楽しさや嬉しさ、あるいは面倒くささや恐ろしさの加減だったり。


 その壁を壊すことが出来るのは強い思いを持つ者だけだ。想像の中から一つを選んで願いに変え、それを叶えるために行動することができる、ショウスケやブンプクのようなとても強い人間だけだ。


 そして。


 現実で出会ったナゴミヤの側には自分では到底かなわないような、それでいて思わず応援してしまいたくなるような、そんな強い思いを持った女性ひとがいたのだった。



 ■■■



 トパーズドラコのトパコ君と子猫の猫さんが開いてくれた道を辿って、私たち十一人はダンジョンのボス、人工精霊ウモの所にたどり着いた。


 ウモさんの見た目は宙に浮く茶色の正八面体といったカンジ。表面に光る幾何学模様が描かれていて、精霊と言うより人工物の印象の方が強い。攻撃手段は石礫や地の槍のような地属性の遠距離魔法と、同じく地属性の衝撃波のような広範囲への攻撃。


 離れていては不利なので近づくと地面に潜って逃げ、別の場所に現れて魔法を放ってくる。そこでまた近づいて攻撃する。


 つまりモグラたたきだ。


 護衛として召喚するゴーレムのような見た目のアースエレメンタルも、ここまでたどり着くことが出来る冒険者にとってはそれほど恐ろしい相手ではない。


 出現するたびに寄ってたかってみんなで叩けば、ウモさんはあっというまに強い光となって空へと散っていく。


 なんだ拍子抜け、と思いきや。


 散らばっていった光は部屋の中央で再び集まりだす。今度は不定形の、黄色のもやのような姿。その内側に、ばちばちと紫色の光がはじけている。


 ウモさんの第二体型だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る