第141話 一番楽しいこと①
ネオオデッセイの舞台となるユノ=バルスム。そこは正義が敗北し、邪悪が蔓延る世界。
ユノ=バルスムは過去に何度も終わりの危機を迎え、その度にかろうじて終わりを回避してきた。
終わりの残滓は隙あらば世界を浸食しようとくすぶり続けている。
世界の終わりに対抗するため、善性の化身たるボナは最期の力を使い、異世界から邪悪を払う勇者を召喚することを決意した。
ボナに召喚された勇者たちは世界の終わりの残滓である迷宮に赴き、モンスターを退治することで世界を守っている。
世界の終わりは確かに邪悪なものだろう。善性の化身であるボナさんや私たち勇者がこれと戦うのは当然だ。
だけど。
<月光洞イブリズ>は世界に安定したエネルギーを届ける事を夢見た科学者たちの失敗によってできたのだという。
<大氷結孔ウモ>の人工精霊ウモさんはいずれ力を失ってしまうボナさんの負担を軽減しようとして作られた。
<竜巣トイフェル>が世界の終わりのきっかけになったのは人が住処を広げようとして神にも等しい最古の竜を怒らせたからだ。
<不死王宮ハロス>のノクラトスさんは人の蘇生を夢見る研究者だった。
<枯渇浸森モグイ>のアブダニティアさんは娘さんの幸せを願って傷ついてしまった神様だ。
<魔封殿ディアボ>のテレジアさんについては謎が多いけど、彼女自身が世界を守った勇者だという伝説まである。
何処かで誰かが間違えたことで世界の終わりは引き起こされた。はじまった世界の終わりは回避しなくてはならない。
でも世界の終わりは、そのきっかけは本当に邪悪だったんだろうか。
善性の化身であるボナさんは世界の終わりを回避するために私たち勇者を召喚したのだという。
これは本当に善なることだろうか。私たちはボナさんが求めた善なるものだろうか。
召喚された私たちは強力で、残滓とはいえ世界の終わりを一人で退ける事すら可能だ。
もしかつての世界の終わりのように、ボナさんが間違えていたとしたら。ボナさんが信じた勇者たちが善なるものでなかったとしたら。
次に起きる世界の終わりは、一体誰に止められると言うんだろうか。
■■■
『ただいま~』
お仕事から帰ってきた私は早速ネオオデッセイの世界にログインした。
『お帰りなさい』
ギルドチャットには返事が一つだけ帰ってくる。
『あ、レナルドさん。ただいまです~』
『さっきまでブンプクさんとショウスケさんいました』
『そうなんですね~。入れ違いになっちゃっちゃいました~』
『うん』
レナルド君は最近またインの増えたブンプクさんとショウスケさんに懐いていてよく三人でお出かけしている。私も時々同行させて貰う。
レナルド君はなんだかんだでギルドになじんでしまった。私としても大事な後輩だ。
最初に会った時はほんとどうなるのかと思ったけど。最初っていうかうちで私の部屋にレナルド君がいた時。あの時はほんとびっくりした。びっくりっていうか、レナルド君には悪いけどとても怖かった。
お部屋の件については私から直接言うと良くないかな、ということでブンプクさん経由で遠回しに伝えて貰った。ただブンプクさんなので遠回しにはならなくってレナルド君がまた「ごめんなさいごめんなさい」モードに入ってしまったりもしたけど。
ごめんなさいモードのレナルド君をブンプクさんに宥めて貰いつつ聞いたところによると、レナルド君はギルドハウスを探検していたのだそうだ。で、たまたま私の部屋にいる時に私がログインしたのだ。
レナルド君にしてみれば「ここがギルドハウスですよ」と紹介されたところを探検していたら入っちゃいけない部屋があったなんてびっくり仰天だったろう。可愛そうなことをしてしまった。
悲劇を繰り返さぬようにということで。なんと私の部屋のドアには鍵が付けられた。家主である師匠は別として、このドアを開けられるのは私だけである。
何という特別感。
ちなみにギルドメンバーと猫さん以外は入ることが出来ない玄関の仕様とは違い、カギがかかっているだけなのでドアを開けてしまえば他の人も入れる。食虫植物たちで綺麗に飾ったお部屋をギルドの人たちに見て貰うこともできるわけだ。
レナルド君の前にギルドに加入した「リオンさん」は一向にログインしてこなくなった。ただ、師匠によるとあれはレナルドさんだろうとのこどだ。
「そうなんですか?」
「うん。うちに入りたいなんていう人そうそういないだろうからさあ。もともとコヒナさんのファンだろうとは思ってたんだよね」
「私のファンですか? ブンプクさんじゃなくて?」
ブンプクさんのファンだと言うなら納得がいく。ベテランだし、優しいし、レナルド君も良く懐いている。それに実は<骨董屋>として知られる有名プレイヤーだ。でも私なんぞ歴一年のぺーぺーである。
「ブンプクさんあんま町行かないからねえ。占いやってたコヒナさん目当てだったんじゃない? ギルド選びのきっかけなんて些細なもんだからね。ネオデも暇してる人多いし面白そうなことやってる人には近づいてみたくなるもんだよ」
そういうものかな? 本当だったら嬉しい。私だけじゃなくブンプクさんやリンゴさんの縁にもつながったということだ。
リオンさんに加入したいと言われた時、最初師匠はリンゴさんに恨みを持つ人じゃないかと疑ったのだそうだ。リンゴさんは
ゲームのシステム上人殺しが出来るエリアは限られているので、殺されるのが嫌ならそこに近づかなければいい。
逆恨みも甚だしいと思うけど、それは私がPKに恨みを抱くより先にリンゴさんに会っていたからかもしれない。PKに殺されたことないしね。一人で対人エリアなんか行かないし、リンゴさんと一緒だと潜伏状態を解いて現れたPKさんが愛想よく声をかけてくれたりする。
なので私から見たPKさんたちのイメージは強面の上級生だけど実はお兄ちゃんの友達、みたいな感覚だ。それにPKさんのなかにはPKであることに誇りと言うか職業意識を持っている人も多くてお話を聞いてみるとなかなか面白い。お化け屋敷のお化けみたいな感覚なのかな? 後日占いのお客さんとして来てくれた人もいる。
もちろん全部のPKさんがリンゴさんの友達と言うわけではないから対人エリアに行くときは十分気を付けなくちゃいけない。対人エリアで殺された時には装備品を一つ取られてしまうのだ。コヒナソードや真・バルキリーコヒナの鎧を取られてしまってはショックどころの騒ぎではない。
その気になればリンゴさんを通じて「裏ルート」から買戻しをすることもできるみたいだけど、その時はとんでもないお値段になってしまうからね。
なおギルドのメンバーは対人エリア以外でも殺害可能だけど、殺された時には死んでしまうこと自体以外に特にデメリットはない。ただこれは設定によって変えることもできるらしい。対人エリアで殺された時と同じように、死亡時に装備品を一つ奪われてしまう設定にもできるのだそうだ。
昔はこのシステムを悪用してギルドに入会した後に殺害、蘇生を繰り返して装備品をはぎ取ると言う悪質行為も横行していたという。今はギルド加入時に警告メッセージが出る仕様にはなっている。それでも確認しないで加入してしまったとか、確認はしたけど大丈夫だと思ったなどの理由で時々被害があるとか。気を付けないとね。
ちなみにリンゴさんに復讐するためにギルドに潜入した人は、潜入には成功したもののリンゴさんにこてんぱんにやられて捨て台詞を履きながら脱退していったそうだ。さもありなん。
尚、この人の潜入の成功についても師匠は初めからうすうす気が付いていたらしい。その上で加入を認めた。なんでかというとリンゴさんを殺してあげたかったからである。その逆恨みさんでは全然役者が足りなかったけど。
この話はリンゴさん本人からも聞いたことがある。
殺人者であるリンゴさんにはいつか正義の味方に討伐されるという夢があるのだそうだ。さすがリンゴさん、考えることが人と違う。全然痺れない憧れない。
この夢叶うかどうかというと、今のネオオデッセイの環境では難しいと言わざるを得ない。対人用のスキル構成ではモンスターを倒すのが大変だし、そもそも退治すべきPK自体が少ないのだ。対人専門の正義の味方なんて成り立たない。もしいるとすればそれはPKさん。つまりリンゴさんそのものだ。
そんなリンゴさんもモンスター相手だと普通に死ぬけどね。一人なら死なないのかもだけど。危なくなったら逃げちゃえばいいし、わざわざ死ぬような所に行かなくてもいいし。
でもいくらリンゴさんが強くて殺されたい願望を持っていたとしても、ギルドに殺人犯が混じるのはちょっと怖いなあ。
リオンさんがレナルド君を加入させたというのも考えてみれば怖い。リオンさんがレナルド君で、レナルド君がいい子だったから良かったけど、いつの間にか怖い人が入っていたらと思うとぞっとする。
「でもなんだかんだみんな強いからねえ。リンゴさんクラスの人ならともかく、にわかのギルドPKなんか案外勝っちゃうんじゃない? 俺以外はだけどさ」
まあたしかに師匠はにわかPKには勝てないだろうな。ダメージ当てられないからね。
でも実は我がギルドにおいて、リンゴさんクラスの本物のPKに一人で「勝て」ちゃうのはリンゴさん以外では師匠くらいのものなのである。えへん。本物のPKからは逃げ切ればこっちの勝ちだからね。PKに襲われて逃げ切れる人って、ユノ=バルスム広しといえどそんなにはいないらしいよ! えへん!
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