第140話 植物迷宮の女帝《エンプレス》⑫

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


「え、何? どしたの?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 師匠の問いには答えずレナルド君はごめんなさいを繰り返す。


「え、えええ。いや、だいじょぶですよ。その、合わなかったのかな? うち変人ばっかりだから、無理しないで抜けたいと思ったらいつでもぬけて貰って」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 師匠が必死になだめようとするけれど、レナルド君はより一層ひどくごめんなさいを繰り返すばかり。


「ああ~~、違うよナゴミヤ君~~。レナルド君大丈夫~~。ナゴミヤ君は優しいよ~~」


 ブンプクさんの言葉に、レナルド君のごめんなさいの連発が止まった。でもまだ動かないままだ。


「どゆこと?ブンプクさん」


「んとね、レナルド君は悪いことして、それでナゴミヤ君が怒ってるの」


「ええっ? 俺が怒ってるの? なんで?」


「さあ~~?」


 ブンプクさんの言うことは全然わからない。でもうちのギルドにはブンプクさんのスペシャリスト、ショウスケさんがいるからね。


「マスター。ブンプクが言うには、レナルドさんはマスターが怒っていると思っているそうです。多分前に会った時に何かあったんじゃないかって」


「え、何かって何?」


「わかんない~~。でね、レナルド君はね、怒ったナゴミヤ君にギルドから出て行けって言われてると思ってるの」


「え、えええ? 何で?」


 師匠は本気でわからないらしい。だけど私には心当たりがある。


『師匠師匠、レナルドさん、マディアの町で師匠にいろいろ言ってきた人です。でも』


 レナルドさんに悪気はなかったんです、と個人チャットで打ち込みかけて手が止まる。あの時のレナルドを思い出したからだ。


 ―あなたはギルドマスター失格です。あなたは彼女に迷惑を掛けている。なぜそれが分からないんですか?—


 悪気がなかったはきっと嘘だ。それは私の願望だ。多分レナルド君は子供なんだろう。何らかの勘違いはあったんだろう。でも、あの時のレナルド君には悪気があった。


 レナルド君はいい子で、優しくて、何かの勘違いで師匠の悪口を言った。


 これだって私の願望や思い込みかもしれない。あの時のレナルドさんが本当のレナルドさんで、今日のレナルド君はレナルドさんの演技なのかもしれない。


 どっちが本当なのかなんてわからない。どっちも間違っている可能性だってある。


 私も今日のレナルド君の方を信じたい。だけどもしそれが間違いだったら。


 私が言葉を続けられなくなっていると、師匠はそれで私の伝えたいことは終わったと思ったようだ。


『あっ、あ~~~、あの時の人かあ。なるほど、そう言うことかあ。完全に理解した』


 ほんとかいな。


「よくわかんないけど、ブンプクさんが言うならそうなのかな? ごめんねえ。レナルドさんそんなつもりじゃなかったんだよ」


「ね~~? レナルド君、今日楽しかったんだよね~~? だから追い出されたくなかったんだよね~~?」


 ブンプクさんの言葉に少し時間を空けて。


「うん……。はい」


 レナルド君が動かないまま返事をした。


 そっか。そんなに楽しかったんだ。それは良かったな。私も楽しかった。やっぱりレナルド君はレナルド君なのかな。でもブンプクさんがこなかったらどうなってたか。


 あまり想像したくないな。


「あー、そういう風に聞こえたのか。ごめんねレナルドさん。俺は怒ってないし追い出しもしないよ。変人ばかりのちょっと変わったギルドだけど、今後ともよろしくね」


 師匠の言葉に少し時間を空けて。


「ごめんなさい、よろしくお願いします」


 しっかりとアバターを師匠の方に向けて、レナルド君が答えた。


「わりい、なんか盛り上がってるとこすまんけど。もう落ちるわ」


 そう言ったのはヴァンクさんだった。予定の十分はもうとっくに過ぎている。きっと言い出せなかったんだろう。意外と気を使う人なのだ。実に意外だけど。


「そっか。またね、ヴァンク。……ってうわあ⁉ ヴァンク、なんでズボン履いてんの⁉」


「だからいちいち大げさなんだよ。その下りはさっきもやったんだよ」


「だってヴァンクってズボン履いたら死ぬんじゃなかったの⁉」


「お前かその設定作ったの!」


 wwwww。


 師匠とヴァンクさんのやり取りを聞いてみんな笑う。レナルド君も笑う。みんなのwwwという文字が画面を埋め尽くす。まさに大草原。


「僕ももう寝ないと」


「そうだね~~。もう遅いもんね~~。おやすみ、レナルド君~~」


「うん。おやすみなさい」


 皆口々に新しいメンバーにお休みの挨拶をいう。レナルド君は一人一人の方を向きながらお休みを返していく。最後にレナルド君は師匠の方を向いて言った。


「すごくたのしかったです。ごめんなさい。また明日きてもいいですか」


「もちろん! 俺はイン遅いからなかなか遊べないかもだけど、よろしくね」


「まあ最近はみんなイン率低いからな。僕もいない日の方が多いが、まあそのうちにな」


「あ、私とショウスケはいるよ~~。明日もよろしくね~~」


 師匠に続けて今日長い時間をレナルド君と一緒に過ごしたリンゴさんとブンプクさんが答える。


 一番長い時間を過ごした私からもちゃんと言っておかないとね。


「レナルドさん今日はありがとうございました~。楽しかったです!」


「僕も楽しかったです。みんなありがとうございました」


 アバターからは相手がどんな人なのかはわからない。結局推測するしかないのだ。ただそれはアバターだからわからないのだと言い切ってしまうのも間違いだ。今お仕事でリアルで顔を合わせる人たちより、一度しか会ったことがない<なごみ家>の人たちの方が絶対によく理解できているし、私のことも理解してくれている。


 きっとこの先、レナルド君のことももっとわかっていくんだろう。


「あっ、レナルドさんちょっとまって!」


 師匠が叫ぶ。ログアウト直前だったレナルド君が師匠の方を見た。


「忘れるところだった! レナルドさん、ギルド<なごみ家>へ、ようこそ!」


 レナルド君はにっこり笑って手を振ると、ログアウトしていった。



 □□□


 翌日。


 ネオオデッセイにログインしたレナルドはすぐにプロフィール画面を開いて確認し、安堵のため息を漏らした。


 レナルド:所属ギルド<なごみ家>


 ああ、よかった。夢じゃなかった。以前に一度入れて貰った時のようにギルドを追放されてもいない。


 だがレナルド以外はまだ誰もログインしていないようだ。ブンプクと言う人は今日もログインできると言っていた。ならばいまのうちに一人でできることを済ませておこう。


 昨日はとても楽しかった。レナルドの活躍をみんな褒めてくれた。もっと強くなったら、もっと褒めて貰えるだろうか。もっと楽しくなるだろうか。


 そう言えば、この<レナルド>の前に使っていた<レオン>の持っているアイテムや装備品の中に使えるものはなかっただろうか。


ほとんどのものは処分したりレナルドに引き継いだりしたはずだが、まだ何か残っていたかもしれない。


 嫌な思いをして以来、二度と操作するつもりのなかったアバターであったが今日のレナルドは無敵だ。過去の嫌な思い出など全く気にならなかった。


 数か月ぶりで<レオン>としてログインした。思った通り有用そうなものは残ってなかった。それでも死霊術の触媒などの消耗品や金貨をかき集めて持ってきたポーチにしまう。多少の足しにはなりそうだ。


 マディアの町にある宿屋の裏、木の根元にポーチを隠す。宿屋で<レオン>からログアウトし、<レナルド>へと変わった。この先<レオン>になることは二度とないだろう。あとで<レオン>は消してしまおう。


 レナルドはすぐに裏の木まで戻り、隠していたポーチを引っ張り出す。よかった、誰にも取られていない。大した額ではないが、これからの新しい生活にお金なんかいくらあっても困らない。


 さっそく一人で狩りに行きお金を稼ごう。そうして待っていれば誰かがログインしてくる。今日も昨日のように楽しくなるはずだ。何処にしようかな。


 レナルドは期待に胸を膨らませ、転移魔法で飛び立っていった。


 ■■■


 この世界でそれなりの時間を過ごしてきたレナルドは、フィールド上に置いたものが誰かの手により持ち去られる危険性については理解していた。

<レオン>が持っていたものが高価なものであれば、人通りのある街中でのアバター間のアイテムの受け渡しなどしなかっただろう。


 ただ、幼い彼にはまだ知らないことがあった。


 かつてそれに曝されていながらも、彼はその本質を知らなかった。


 ——悪意。


 この世界には、ただただ自分と違う物を傷つけ、貶め、晒し上げることを快楽を感じるもの達がいる。


 <レオン>としてログインした時から、レオンは潜伏スキルを持つアバターにずっと後を付けられていた。そのアバターに<レオン>が隠したものを<レナルド>が手にするところを見られていた。


 見ていたアバターの名は<イケニエ>。


 かつて<レオン>が作ったギルドに一番最初に加入した人物。


 <イケニエ>はレオンを見つけた時に心底嬉しいと感じていた。


 かつて彼はもっともっと遊べるはずだったおもちゃを、つい我慢できなくて壊してしまったのだ。あの時はとても楽しかったが、同時にとてももったいないことをした。


 だがそのおもちゃがまた戻ってきた。


 しかも名前と姿を変えて、新しい旅を始めようとしている。


 ああ、どうしてやろう。あいつでどんなふうに遊ぼう。今度はもっと長く遊ばなくては。簡単に壊してしまわないよう気を付けなくては。


 苦しめて、苦しめて、そして最後には前以上の絶望を。アバターを変えようとも人と違うお前には居場所などないと思い知らせるのだ。


 潜伏スキルを使用したまま、<レナルド>のプロフィールを確認する。



 レナルド:所属ギルド<なごみ家>



「<なごみ家>、ね……」



 そのギルドの名前はマディアの町で何度か見たことがある。さて。


 イケニエは心の底から楽しくて仕方がなかった。


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