第139話 植物迷宮の女帝《エンプレス》⑪
「お~っす。なんだ今日は賑わってんな」
分配が終わったあたりでもう一人ログインしてきた。裸パンツの筋肉マン。ヴァンクさんだ。
「ヴァンクさん~、お久しぶりです。お帰りなさい~」
「ああヴァンクか……。ずいぶん遅いじゃないか」
「顔見せだけな。十分くらいで落ちる。ん、リンゴ、なんかお前疲れてるか? リアルでなんかあったか?」
「いやなんでもない。そう言うのじゃないから安心してくれ」
リンゴさんはやっとショウスケさんの誤解が溶けたようでへとへとになっていた。お疲れ様です。誰も悪いことしていなくても悲劇って起きるんだと学びました。
「そうか? ならいいが」
ヴァンクさんも優しいからなあ。本気で心配してるんだろう。
「十分で落ちるって、あんた何のためにログインしたのよ」
「なんだ、お前もいたのかよ」
すぐ落ちると言っているヴァンクさんにハクイさんが突っかかる。ああっ、再びギルドが険悪(笑)な雰囲気に。短い時間でも会えて良かったですねえ。
「は~~い。二人ともストップ~~。~~。レナルド君、この二人、喧嘩してるわけじゃないから安心してね~~」
「えっ、違うの?」
そうなんです。違うんですよレナルド君。この二人は凄く仲がいいのです。
「レナルドにはまだ早えにゃ。まあそのうち分かるにゃ」
「ナナシ、お前適当なこと言ってんなよ」
ヴァンクさんは一応反論するけれど、初対面のレナルド君の前で喧嘩するのは控えることにしたようだ。
「ヴァンク君、こちらレナルド君だよ。昨日ギルドに入ったんだって~~」
「そうか、俺はヴァンクだ。ギルドメンバーだがインは減っていてな。あんまり会うことは無いかもしれんがよろしく。何か質問はあるか?」
ムキムキ筋肉のポーズを決めながらパンツ一丁のヴァンクさんが言った。質問してくれと言わんばかりだな。
「こんにちは。レナルドです。質問はないけど……」
「ないけどなんだ? ん?」
……。
いつものヴァンクさんなんだけど。レナルド君は男の子なんだし、気にしなくてもいいんだけど。なんでかこう、止めないといけない気になってくる。
「ええと、その恰好は……」
「ん? 格好? 俺の格好に何か変なところでもあるのか?」
はい。あります。むしろ変じゃない所がない。恰好に相当するパーツが一つしかない。
「ううん。変じゃない、けど」
いや変だよ。あと一言一言発言するたびにポーズ変えるのやめて貰っていいですかヴァンクさん。
「けど、なんだ?」
ちょっと間を開けてから、ぽつりとレナルド君が言った。
「えっと、なんか、恥ずかしい」
「…………」
その時、奇跡が起きた。
言われたヴァンクさんがごぞごぞ、と身動きをして。
「嘘……」
「えっ、ヴァンク君~~?」
「にゃにゃ、マジデか」
「こんな日が来るなんて。ネットゲームは奥が深いですね……」
皆それぞれ驚きの言葉を口にする。私はもうぽかんとリアルに口を開けたまま言葉が出てこない。
「……お前らいちいち大げさなんだよ」
そういうヴァンクさんはなんと、パンツの上にズボンを履いていたのだった。
「いや、え? どうしたのヴァンク。熱でもあるの?」
「おい、ガチの心配してんじゃねえぞハクイ」
いや。だってねえ。ヴァンクさんがズボンを履いたのだ。例え履いたズボンがハーフタイプで、上半身は相変わらず裸だったとしてもこれは奇跡としか言いようがない。
「ヴァンク。いったいどういう風の吹き回しだ。お前はズボンを履いたら死ぬんじゃなかったのか?」
「俺も知らねえ設定もってくんじゃねえよリンゴ。……別になんでもないんだけどよ。……うちにもガキがいるからよ」
「なるほど。そう言うこと……なのか? 」
リンゴさんのわかったようなわかんないような微妙な反応はこの場の全員の気持ちの代弁だろう。あとなんでみんなレナルド君が子供だってわかるの?
「いずれにしてもレナルド、お前は凄い奴だ。これは今日一の成果だぞ。偉業と言っても差し支えない」
「え? え?」
再びリンゴさんに褒められてレナルド君は困惑した様子。だけどリンゴさんが言っていることは正しい。レナルド君は実にとんでもないことをやって退けたのである。これはもう英雄レベルの偉業と言って差し支えない。
ギルド拠点でみんなでやいのやいのしていると、そのちょうど真ん中に突如人影が現れた。
全くもう。いつも最後に来るんだから。
「ただいまあ~。うわあっ、なんかいっぱいいる!」
その人はただいまを言ってからわざわざチャットで驚いて見せる。いつも通りのマイペースムーブ。遅いですよ師匠。みんな待ってたんですからね。
「お帰りなさい師匠~! お仕事お疲れ様です~」
「ナゴミヤか。お疲れさん」
「ナゴミヤ君おかえり~~」
「お帰りなさいナゴミヤ君。相変わらず遅いのね」
「遅いぞマスター」
「マスター、お帰りなさい」
「なごみーてめえ今何時だと思ってんだにゃ」
大体最後に来る、家主にしてギルドマスタの我が師匠である。
「ただいまただいまただいまあー。あれえ、もしかして今日全員いる? 凄いなあ。もっと早く帰って来るんだった……ってうわあ、誰っ!?」
師匠はレナルド君に気づくと大げさに驚きの声をあげた。いや、他の人はみんな初対面ですが、師匠は前に会ってますよ。
「師匠、レナルドさんは昨日加入したリオンさんに誘われて来たんだそうです」
「あ、そうなの? ああ、そう言うことかあ。初めまして。ギルドマスターのナゴミヤです。よろしくお願いします」
いやいやいや。レナルド君も困ってるでしょう。さっきから一言もしゃべってないじゃないですか。
「師匠師匠、初めましてじゃないです。この間、ほら二人でハロスに行った日に」
「え? あれ、そうだっけ。あーハロス……? えーとはいはい。あ~~。すいません」
忘れてるな完全に。ごまかすのか諦めるのかどっちかにしてよ。
「んじゃ今日はみんなでレナルドさんと遊べた感じ?」
「うん~~。みんなでモグイのボス倒してきたよ。レナルド君強かったんだ~~」
「いいなあ。それなら大体わかってると思うけど、レナルドさん、うち変な人ばっかりなんで、合わないと思ったらいつでも抜けていいですからね」
またそんなこと言って。レナルド君も困って……。
あれ? レナルド君?
レナルド君は動かない。さっきまであんなにはしゃいでいたのに。そういえばしばらく何もしゃべっていなかった気が。あれ、いつからだ?
「ん? レナルド、どうした?」
「レナルド君~~?」
皆、レナルド君の様子がおかしいのに気が付いたみたいだ。
やがてレナルド君は一言呟いた。
「ごめんなさい」
「え?」
師匠が聞き返す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「え、何? どしたの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
師匠の問いには答えずレナルド君はごめんなさいを繰り返す。
急にどうしちゃったんだろう。なんだか、今日会った直後の、壁に向かって話し続ける「レナルドさん」を思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます