第138話 植物迷宮の女帝《エンプレス》⑩

 普通の人と、自分との違いは何だろう。


 ついていい嘘と、ついてはいけない嘘の違いは何だろう。


 クラスメイトのヤヒロが宇宙人と会ったことがあると言うのは凄い事なのに、怜王が妖怪とあったことがあると言うのは嘘つきだ。


 二人きりになった時に「あげる」といってサナちゃんがくれた色付きの輪ゴムは、何故か怜王が盗んだことになっていた。サナちゃんが泣きながらそう言った。


 何が違うんだろう。


 レナルドこと加藤 怜王かとう れおはずっと普通になりたいと思っていた。


 そうすれば彼らのことが分かるはずだと思っていた。


 怜王から見た普通の人達は怜王の知らない何かで通じ合っているように見えていた。お互いに電波のようなものを出し合って、怜王に聞こえない会話をしているのだ。そうでもなければ怜王だけが彼らを理解できないことの説明がつかない。



 言われた通りにやっているのに自分だけができない。


 会話がかみ合わない。


 一生懸命やったことが裏目に出る。


 分からないなら聞いてね。そのくらい自分で考えてね。


 自分だけが何故か、やってはいけないことをする。


 自分のやったことだけが何故か、やってはいけない罪として問われる。



 みんなどこかで繋がっていてお互い理解しあっている。そのつながりからどうやら自分は外れているらしい。幼い頃の怜王から見た世界と言うのはそういう物だった。


 怜王は世界が恐ろしかった。


 恐ろしさから逃げ出すために今よりもっと幼かった怜王がとれた手段はそう多くはない。怜王は嘘をついた。自分も同じ存在だと、世界を騙そうとした。その嘘を自分でも信じようとした。


 だが世界から切り離された怜王が欺けるほど世界は甘くなかった。


 すぐに怜王には噓つきのレッテルが張られた。寓話に出てくるオオカミ少年そのままに。


 こうして「学校」あるいは「子供たち」と言う閉じた世界で起きる全ての嘘は、怜王一人に背負わされることになる。


 噓つきは誰からも信じられなくなる。そして世界からつまはじきにされる。物語のとおりだ。


 確かにこれは自分を守るために怜王が重ねた罪の代償だ。


 だけど。



「怜王君はとてもいいこでしたよ」


「今日は先に遊ぶ約束してたから」


「公平にくじ引きでチーム分けな」


「オレ達シンユウだよな」


「引っかかったな。ざまあみやがれ、この悪党め!」



 世界には嘘が溢れている。皆自分を守るために嘘をついている。だがどうやら世界にはついていい嘘とついてはいけない嘘があるらしい。


 その違いが怜王には、わからなかった。


「なぜ」


 世界に問うことは許されない。それ分からないことは自分が普通でないことを意味する。


 それは母を、苦しめる。


 怜王が成長し「子供」という枠から抜け出せた時には、今いる場所が全てではないと知ることになるだろう。取るに足りないことであった、あの頃の自分がいたから今の自分がいるのだ、と振り返るのかもしれない。


 自らこの疑問に折り合いをつけることもできるようになるのかもしれないし、あるいは人一倍心という物に敏感である彼ならば、やがて答えの一つに行き当たることもあるのかもしれない。


 だが今の怜王にとっての学校は世界の全てだった。


「嘘つき」として孤独に生きる恐ろしい場所。


 それが怜王の世界の全てだった。


 だからコヒナと言う人に会った時これは運命だと思った。


 今までこんな風に優しくされたことがなかったから。今まで自分を理解してくれる人なんかいなかったから。


 嘘をついてでも手に入れなければいけない相手だと思った。


 それに自分は嘘をついてはいない。リオンが<なごみ家>に入り、リオンに誘われてレナルドが加入した。嘘ではない。


 いや、でもこれは。


 ざーーーーーー。


 後で話せばいい。まずはわかって貰わなければ。そのために、そのために。


 こうして怜王は嘘を重ねていく。それがどれだけ恐ろしいことなのかわかっていながら止められない。


 ただその日は。



「え? だって普通の人って、怖いでしょう~~?」


 コヒナと同じギルドに所属するブンプクという女侍風アバターに問われて、困ったように「レナルド」が答えた。


「はい……」


 ああ、また嘘をついてしまった。


 ほんとうは困ってなんかいなかった。怜王は嬉しかったのだ。


 怖いって、言っていいんだ。自分だけじゃないんだ。怜王は笑っていた。嬉しくてうれしくて。でもそれは許される嘘のような気がした。


「わかる~~。怖いよね~~」


 言いながらブンプクも画面の向こうできっと自分と同じように笑っているだろうから。


 レナルドは、怜王は、その日初めて「世界」とつながった。


 コヒナは「運命の人」ではなかった。ちょっと残念だが、それは仕方がないことだ。


 だって、運命の人がこんなにたくさんいるわけないもの。



「僕は間違いなく悪人だ。それもPKランキングに乗ってるくらいの極悪人だぞ」


「ちげーにゃ。猫が人間に変身してるんだにゃ」


「勘違い? してませんよ、全然。ただお話を聞きたいだけで」


「アンタ何のためにログインしたのよ」


「ちっ、お前もいたのかよ」



 今日会った人たちはみんな、嘘つきだった。


 運命の人には会えなかった。しかしぶん、と微かな音がして、レナルドの物語はその日確かに動き始めたのだ。


 ■■■



 新加入したレナルド君と共に、私たちはモグイのボス<アブダニティア>さんを討伐し意気揚々とギルド拠点である師匠のうちへと戻ってきたのであった。


「んじゃ、戦利品の仕分けだにゃあ」


 それぞれドロップしためぼしいものを一階にある大きな机の上に並べていく。


「レナルド、この杖はどうだ」


「わ、すごい」


 リンゴさんが示したのは炎属性の攻撃力がアップする長杖だった。魔法のことはからきしの私から見てもわかる、一級品のお宝だ。


「レナルド君良かったね~~」


「えっ、僕が貰っていいの?」


「当然だ。最功労者だからな」


「ありがとう!」


「こっちの腕輪カフはどう? 強いし可愛いわよ」


「ええっ」


 一応、うちのギルドでは戦利品で欲しい物が被った時にはサイコロやじゃんけんなどで所有権を決めることになっている。なってはいるんだけど。


 長くこのゲームを続けてきた先輩たちは「自分の装備」を持っている。それより強いものがドロップすることはそうそうない。だから欲しいものと言うのもあまりないのだ。


 変わったスキル構成の人が多いので被ることが少ないと言うのもある。


 なので誰かにぴったりの戦利品が出た時にはみんな嬉しい。前にファス某からドロップした大盾がショウスケさんに採用された時はお祭りみたいな大騒ぎだった。装備の完成度はショウスケさんが一番高いからね。


 みんなでこれは使えない使えるでも可愛くないとわいわいレナルド君に似合う装備品をピックアップしていく。


 レナルド君は期間は長いみたいだけれど、多分ボスを倒したのは今日が初めてなんじゃないかな。スキルはともかく装備品は改良の余地がある。これからもっともっと強くなっていくんだろう。私も負けてられないな。


 レナルド君の新装備として採用になったのはリンゴさんが発見した炎の杖とハクイさんが発見した銀細工の長腕輪カフの二つ。長腕輪カフは腕の半分くらいを覆うタイプ。レナルド君の黒いローブからちらりと見える銀の装飾はなかなかよい。中二心をくすぐられる。


 炎の杖はねじくれた木のグラフィックで単体で見るとなんだか禍々しい感じだけど、こちらも死霊術を得意とするレナルド君には良く似合っていた。


「レナルド、また一段と可愛くなったじゃないか」


「リンゴさん、これはかっこいいじゃないですか」


 出来あがったレナルド君の新たな装いについてリンゴさんとショウスケさんが議論を交わす。まあ、どっちも似合ってるとしか言ってないんだけど。


「何を言っている。その二つが両立しないわけないだろう」


「そういうものですか?」


「当然だ」


 そ、そうかな。両立するかな。確かに今だけの事言うならレナルド君の装いはかっこかわいい感じだけど。


「レナルドの装備はベースが黒だからな。それはそれでいいんだが、赤や青にしてみるのもありだと思うぞ」


「ええ~、でも死霊術師だよ」


「そうか? 赤の死霊術師というのも悪くないだろう。ノクラトスだって赤のローブじゃないか」


「ノクラトス?」


「おっとしまった。それはまた次の機会の楽しみだったな」


「えええ、なんだろノクラトスって」


 ノクラトスさんはですねえ、昔々の死霊術師でですね。ハロスのダンジョンのボスなんですが実は……。


 なんてね。早く教えてあげたい。あのダンジョンでもレナルド君の魔法は大活躍するはずだ。ノクラトスさんvs レナルド君の新旧死霊術師の夢の対決だね。


「……リンゴさんがお父さんだったら良かったのに」


 ひとしきりリンゴさんに褒められた後、レナルド君がぽつりと言った。


 レナルド君のお父さんは厳しい人なのかな。


 だからなのかもしれない。レナルド君はブンプクさんの次位にリンゴさんに懐いていた。


 よしよし。レナルド君、私のことも遠慮なくコヒナお姉ちゃんって呼んでいいですからね。


「父親か。光栄だが僕には荷が重いな……。半人前すぎる」


 いやリンゴさん、そんなガチに捉えなくても。


「ええ~~、リンゴちゃんなら大丈夫だよ~~。だって私がお母さんになるんだよ~~?」


「何を言っている。ブンプクはいいお母さんになるだろう」


 リンゴさんはちょっと真面目過ぎる気がするなあ。でもそういえば彼女さんが出来たんだった。もしかしたらリンゴさんも何か選択を迫られてたりするのかな?何なら占いますよ。


「ふふ~~、ありがと。そうだ!ねえねえ、ショウスケ。レナルド君がね、私のことお母さんみたいだって言ってくれたんだよ~~!」


 ブンプクさんがお母さんでリンゴさんがお父さんかー。


 それは楽しそう……ん?


「リンゴさん。それはどういうことでしょうか?」


「ん、何がだ? ……ってちょっと待て! ショウスケ、お前何かとんでもない勘違いをしてないか⁉」


「してませんよ、全然。ただお話を聞きたいだけで」


「怖い、怖いぞショウスケ。 僕も今初めて聞いたんだ。誤解だ。ちょっと落ち着け。冷静になれ!」


「誤解? 僕が一体どんな誤解をしているって言うんですか? 僕は初めから落ち着いてますし冷静ですよ?」


 お、おおお。ショウスケさんにこんな一面が。リンゴさんには悪いけど怖いから気が付かなかったことにしよう。


 さてと。


 私に会う装備品は出てるかな~? レナルド君用のばっかり探してたからなー。


「コヒナちゃん、炎属性の剣、いいの出てたわよ」


「ホントですかっ」


 やった~~! 待望の炎剣! おったから~、おったから~♪

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